天底ノ箱庭 療養所

Life up+α

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1章 入院

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2.
だいぶ体が軽くなった気がする。数日前に久しぶりに母が俺に食事を用意してくれて、嬉しかったんだっけ…その後目が回って呼吸もできなくなって…っての考えると見た目ではわからなかったが、俺の食えないものが入っていたんだろうなって容易に想像ついた。
俺は重度のアレルギー持ちだ。それも一つ二つならまだよかったんだが食えないもの触れないもの、気を付けないといけないものが自分でもうんざりするくらい多かった。俺自身が嫌になるんだから、きっと他人からしたら相当うっとおしいし気も使うだろうなって思う。
俺が母って呼ぶ人はただの遠い親戚。どういう経緯があったのかは知らないけど、幼い頃に両親を失った俺の面倒を見てくれてる。
ただアレルギーの多い俺の食事は用意するのが大変だから、母はそれをやりたがらない。
食事だけじゃない。ハウスダストでくしゃみが止まらなくなって持病の喘息まで引き起こすとか、煙草なんてもってのほかだし一緒にいるだけで色々気を遣わせるんだろうなって思う。
俺もそんな家族に気を使って一人で外食したり散歩と称して当てもなく街をふらついたりって事は珍しくなかった。
「あー…またガスマスク心配…するような奴でもねえか、あいつマイペースだしなあ…」
大きな欠伸をしながら、まだだるさの残る体を起こす。
ぼんやりする視界がだんだんはっきりするにつれ俺の中に一つの疑問が思い浮かぶことになる。
「………え、何処ここ?」
確か俺は入院してていつもなら集団部屋のところなぜか個室でラッキー!的なことは思ってたけどここ病室じゃないね!?何で??ついに夢遊病まで患ったの?でもご丁寧に医療機器もばっちり備わってるんだけどなにこれ!!!
部屋を見渡すが内装はごく普通の白い壁とフローリングの7畳程度の部屋だ。窓はあるけど、雨戸が締め切られていて外の様子は分からない。
必要な医療機器は丁寧にベッド脇に並べられていて、傍にある椅子の上にはジャージとバスタオルが畳んで置かれている。
「だ、誰かいるー…?」
ワンチャン病院かもしれない。俺が寝てる間に転院したとか…あるかもしれない!
病院なら看護師がいると思う。ナースコールっぽい物は見当たらなかったけど近くに人とか…そう思って俺は恐る恐る声を発する。
その声を聞いたのか、突如ドアをコンコンとノックする音が部屋に響く。
「…入っていい?」
少し高めだが、男性の声がドアの向こうからする。
「はひぃっ!?」
全く人の気配がなかったのに、俺の囁くような呼びかけに対して瞬時に返ってきた返事に心臓が縮み上がった。驚きのあまり裏返った声で返事を返すと、ドアが静かに開かれる。
ドアの向こうから出てきたのは胸よりも長い前髪をこさえた同い年くらいの男で、ロングTシャツにサルエルパンツを履いたゆるい格好は間違いなく看護師ではない。後ろ髪に至って腰よりも長い。
「体調大丈夫?」
「えっ…あ、だいぶ良くなったかな、まだちょっとだるいけど…」
困惑しながら彼に言葉を返す。なにこの人??最近の看護師ってこうなの?いや絶対そうじゃないよね??
「そっか、よかった。僕は君の遠い親戚にあたるんだけど…宮間要っていうんだ。君の喘息が良くなるようしばらくここで預かることになってる」
ジョロジョロと長い髪を揺らしながら傍の椅子に置いてあるジャージとバスタオルを手に取り、代わりに彼はそこに座る。看護師よりはDJっぽいと思ったが、やっぱり看護師ではなかったらしい。
「喘息…ああー…なるほど」
たしかに俺たちが暮らすシェルターには医療シェルターなる区画が存在しており、一般シェルターと分けることで空気を清潔に保つとか磁気のなんちゃらがどうとか…まあいろいろと体にいいらしい。
でもその分医療シェルター内に入院とか家を借りるってなると結構なお金がかかるもんだけど…彼は元々ここに住んでて、ついでで俺を預かってるのだろうか?
そもそもここって本当に医療シェルターなのか?『宮間』なんて親戚は聞いたこともない。
「ちなみに…ここって何番シェルターなん?親戚って言うけど…そんなに近しくもないのによく俺みたいなのと…」
「9番シェルターだよ。先日倒れた時に、君から日光アレルギー…人口のやつも強い光に対するアレルギー反応もあるって診断が出たから、外を見せてあげられないんだけど」
彼はまるで動かない表情で淡々と話す。黒い髪の隙間から見える深い紫の目でこちらを見つめる。
「君は覚えていないだろうけど、会ったことがあるよ。僕は懐かしいから引き受けただけ」
9番ってことは間違いなく医療シェルターだな…俺が倒れた日、確かに飯を食う前はいつものごとく散歩してたし…俺って年々アレルギーが増えてるからあり得るな…。
母が俺の事を良く思ってないのは知ってはいたが、流石にわざとアレルギーを引き起こすような食事を作るような人だとは思いたくない。
「そっか…ごめん全然覚えてねえけど…ありがと」
彼は愛想笑いなどをするわけでもなく小さく首を振る。
「大丈夫だよ。君のお母さんから覚えてないって聞いてたから」
静かに立ち上がると、彼は俺に持っていたジャージとタオルを手渡す。
「体調がいいならお風呂に入ったらどうかな。痒みが残ってたりするなら、蒸しタオル持ってくるけど」
「あー。肌の方は大丈夫っぽいし、じゃお言葉に甘えて風呂借りようかな」
ベッドから立ち上がると、彼は心配しているのかつかず離れずの距離を保ってついてくる。
風呂場を案内される流れで見かけた隣の部屋にはパソコンやシュレッダー、ソファベッドが適当な配置で並べられていて、辛うじてキッチンの前にはギリギリ2人が食事出来そうな小さなテーブルと椅子が2つある。椅子は種類が揃っておらず、買ったメーカーが違うのは考えなくても分かった。
いかにも一人暮らししている所に無理やりもう1人分を追加したような家具の数だ。
「…ここって、かな…宮間さんの家?」
歳が近そうなのでうっかり名前で呼びかけるが一応俺はお世話になってる身だし馴れ馴れしすぎてもどうなんだと思い、慌てて言い直す。
「…要でいいよ」
そう言いながら、彼は脱衣場のドアを開ける。本当に何も気にしていないような声色だ。
「僕の家だけど、部屋を余らせていたからスペースの有効活用じゃないかな」
「なんかわりいな…ほんとによかったの?俺と住むのってその…いろいろ面倒かけると思うんだけど…」
家族と住んでたころは何というか圧を感じるって言うか…何か言われるわけじゃないんだけど。めんどくさそうにテラスでタバコ吸う父親とか、献立考えながらため息つく母親とか…弟がハムスター飼いたいって言ったときも俺がいるから飼えなかったんだよな。
要はさっきまで眉ひとつ動かさなかったのに、口ごもる俺を見て微かに目を開いて驚いたような顔をした。
「そんなに面倒なことかな?」
「え…いやー…面倒だと思うよ」
「君のアレルギーを知らない人間に食事を任せる君の方が大変だろうし、僕は何も困らないよ。僕もまだよく分からないことが多いと思うから、もし僕も君に面倒をかけたらごめんね」
淡々と話す要の口調はあまり嘘を言っているようには聞こえない。
俺の知らないうちに始まった要との生活はまだほんの数時間程度。そりゃまあまだ不便さとかめんどくささとかは見えてこないよね…なんて思った。
一緒に暮らしてた家族も最初のうちは優しかったんだよなあ…。
「…ん、ありがと。俺もなるべく面倒かけないようにするから…まあ、よろしく…要」
「こちらこそ」
そこまで要は返事をしてから無表情のまま小首を傾げる。
「角田くん…?黄金くん…?」
「黄金でいいよ、歳近いだろうし…俺は今年で18…って知ってるのかな」
「うん、高校三年生だって聞いてる。僕は19歳だから、同じようなものだね」
彼は少しだけ目を細める。僅かに笑っているようにも見えなくはなかったが、気のせいかも分からない程度だ。

今更な自己紹介を終えると俺は脱衣所の扉を閉める。ダイニングと同じくここにもあまり物がなく、備え付けの棚は洗剤とか歯ブラシなどがあるだけ殆どスッカスカだ。
服を脱ぐとアレルギーの所為なのか汗でもかいたのかところどころ赤い点々が残っている。
浴室にはごく普通の市販のシャンプーとボディソープが置かれている。それを手に取り裏の成分表とにらめっこ。俺の手慣れた癖だ。
「あー…これ硫酸Naって書いてあるな…後で買ってこねえと…」
シャンプーなどの石鹸類も手に入りやすい市販の物だとアレルギー関連で使えないものが多い。刺激の少ない無添加とかオーガニックって部類の奴じゃないと大抵かゆくなったり酷いとただれることもある。
「たけーんだよな…シャンプー」
確か財布に入ってる金はそんなに残ってなかったからおろさないと…その前に外出出来ればいいけどな…長袖着たら意外といけないかな…。
そんなことを考えながらシャワーだけでガシガシと頭を洗う。肌弱いくせに金髪になんてしてるから髪がキシキシと手触りが悪く手櫛もまともに通らない。
ドライヤーで乾かした後も酷い有様だ…シャンプー買わなきゃ…。
「風呂サンキュ…あのさ…買い物行きたいんだけど、外出るの不味いかな?夜のほうがいい?…あれ、今昼だよね?」
さっき起きたから体感的に昼だと思っていたが雨戸が締め切ってあるので実際の所よくわかってはいなかった。
パソコンに向かっていた要が俺の声に振り返る。
「まだ酷いアレルギーを起こして数日しか経っていないから、夜出歩かせるのも怖いかな。欲しいものあれば僕が買ってくるよ」
「ああ…えーっと…」
いきなり「アレルギーに触れるから高級シャンプー買ってこい、ボーディーソープもな!」なんて言えるわけもなく俺は言葉に詰まる。
「あの…シャンプーとか…」
俺がそこまで言うと、要は唯一見えてる片目を分かりやすく丸くすると「ああ」と手を叩いた。
「ごめんね、黄金くんが起きたら出そうと思ってたのに忘れてた」
要はパソコンの前から立ち上がり、俺と入れ替わるように脱衣場に向かう。脱衣場に設置された洗面台の上にある棚を開く。中からボトルを6本ほど取り出すと、それを小さなダイニングテーブルに並べた。
「アレルギーあるだろうと思って用意したんだけど、候補は多い方がいいと思って…使えるものある?」
「えっ…ろ、6本も?」
彼の予想外の行動に困惑しつつも、言われるままにボトルに目を向ける。
どれも「無添加」とか「オーガニック」と表記されたいわゆるお高いシャンプーやボディソープだ。
「えっと…これとこれと…これもいける」
ボトルの中から俺に使えるものを選んで抜き取る。というかこんなに買ってもらったのに、エキスの関係で使えないものとかあるのすげえ申し訳なくて辛いわ…。
「使える物があって良かった」
要は俺に選ばれなかったシャンプーを避けてから、不意に俺のゴワゴワの髪を触って首を傾げた。
「…もしかしてお湯だけで洗わせてしまったかな。良かったらもう一度入る?」
「あっ…」
夜にもう一回入ると言いかけて自分の髪を触り俺は静かに「…うん」と答えた。

「あれ…そういやスマホは?」
ジャージのポケットに手を突っ込むといつも当然のようにそこにあるはずのスマホがない。
カバンの中かもと思ったが入院用に持ってきてあった、着替えや財布とウォークマンだけ。
目が覚めたらここにいたくらいだし…荷物持ってきてくれたのって要なのかな…彼なら知っているだろうか。
「あの…要。俺のスマホ知ってたり…しないよね?」
ソファベッドでひっくり返って本を読んでいた要に声をかけると、彼はのそりと起き上がる。
「ああ、カバンの中に入ってなかったかな。黄金くんのお母さんがまとめてくれた荷物をそのまま持って来ただけなんだ」
「じゃあ家に忘れてきたんかな、まあ…そのうち取りに行くか…」
俺が呑気してる間にこんなにしてくれただけで十分ありがたいじゃないか。
別に連絡取り合うような友達も居ないしなくたって困らないだろうが…ガスマスクのことはちょっと気がかりだな。
何度か急な入院して…ってことはあったけど長くて2週間くらいだった。それにあいつ俺がLINE交換しないかって聞いたら「親がスマホを持たせてくれない」って2年くらいの付き合いなのに連絡先も知らないんだよな。心配してっかな…あんましてなそー…。
てか、よくよく考えたら2年も友達やってたのに本名どころか素顔も知らないって中々変だよね?
なんかあいつってあれがデフォ過ぎてもはや気にしたこともなかったけど変だよね…?
そんなことを考えていたが、考えても仕方ないと気づいたのでやめた。ガスマスクにはまた、帰ってから報告すりゃーいい。あいつはいつだってあの店で待っててくれる、大丈夫だ。

要は表情や考えていることが分かりずらいが、特段揉めたりすることもなく時間が過ぎた。
この家にはテレビがなくて、唯一外界と繋がりがあるだろうパソコンはなんとネット回線が繋がっていないときた。
データで映画が何本か入っているから暇ならどうかって提案されて、適当な映画を見て時間を潰した。
「…黄金くん」
突然、気配も音もなく肩を指で叩かれる。
ちょうどホラー系映画に見入ってた俺はそりゃあもうびびった。
「うわぁああ!?!なにっ!?」
「ご飯作るけど、食材見てもらえる?」
驚く俺を要はまるで気にもとめずに淡々と要件を伝えてくる。
「あ、ああ…」と声を漏らす事しかできない俺を、彼はキッチンに誘導し台に並べた食材を見せる。
「えーっと…卵と牛乳はダメで…これは小麦粉入ってるから…ベーコンは大丈夫…」
ほとんどの食材を避ける度に心が痛む。めんどくさいとか…こんなに食えないものばっかでどうやって飯を作れって言うんだとか言われそうだ。
「ごめんやっぱ俺、飯は自分で…」
隣の要を見ると、要は顎に手を当てて真剣に残された食材を見つめていた。
「お肉は思ってるより食べられるんだね」
「え…まあ…肉は好きかな…」
「じゃあ粉物を使わない肉料理でも作ろうか。卵を繋ぎに使わなくても代用できる献立はあるし。野菜は大丈夫?肉ばかりだと悪玉菌が体内で増えすぎてしまう」
予想外の返答に俺はぽかんと口を開けてしまう。
勘弁してくれよとあれは食えないのかこれはダメなのかと聞かれることは多々あったが、俺の栄養バランスとか気にしてくれるのは初めてかも…。
「…野菜なら葉物はだいたい食えるよ。芋類とかウリ系はダメなのあるけど」
要は俺が指摘した材料だけで嫌な顔ひとつせずに飯を作り始めた。手際よく、調理を進める手つきはかなり料理をし慣れているように見える。
「出来たよ」
市販のタレが小麦粉を含んでいたのでわざわざ味付けにも気を使ってくれた。タレを1から作るのってめんどくせーのにな…。
「すげ…普通の飯だ…」
母なんて最近はまともに俺の分の飯なんて作らなかった。
飯と味噌汁があって主菜のハンバーグにはちゃんと卵とかは抜いてあるし、野菜のあえ物もついてる。
「普通のご飯じゃないと身体に悪いからね」
静かに彼は両手を合わせて正した姿勢でご飯に箸をつける。
「ハンバーグなんていつぶりだろ…ウマくて泣きそう…俺が作る飯ってどんぶりのご飯に肉焼いたの乗せて塩コショウかけたやつだもん…」
出来たてのハンバーグのウマさにかなり興奮気味な俺は早口に喋る。
「それでは台所は任せられそうにないな」
早口に喋る俺の言葉を聞きながら、たまに要は相槌程度の返答を返す。無口だが、一応会話しようとはしているみたいだった。
ハンバーグがうますぎて初日からご飯おかわりしてしまった…。
要は嫌な顔とかしないけど母親からちゃんとお金とか貰ってんのかな…。
食べ終わった食器を流しに持っていく要に八ッとして俺は声をかける。
「あ!後片付けくらいやるよ!…ゴム手袋とかあれば…できるから…!」
要は俺に振り返ると、キッチンのシンクの下の戸棚に手をかける。
「じゃあ、お願いしようかな。ゴム手袋…」
ガサガサと彼は戸棚に上半身を突っ込んで中を漁るが、ふと動きを止め、静かに上半身を抜いて速やかに戸棚を閉めた。
「…ゴム手袋は汚れてるから、明日から頼もうかな」
「汚れてる…?ああ…そうなん…?じゃあ明日からは俺が片付けするな!」
要が申し訳なさそうにしてるのか、そうでも無いのかよく分からなかったけどとりあえず彼の肩をポンポンと叩く。
要は読めない表情のまま頷くと「明日はよろしくね」と呟いた。
「今日は夜、仕事があるんだ。お留守番頼んでもいいかな?」
シンクに向かい、スポンジにつけた洗剤を泡立てながら要が尋ねる。
「それは全然いいけど…何の仕事してるん?」
何となくミステリアスな彼がなんの仕事をしているのか興味が沸いて、軽い気持ちで聞いてみた。
「…音楽関係…なのかな?」
何故か疑問形で答えが返ってくる。
「音楽…?バンド?もしかしてミュージシャン!?ライブとかやるかんじ!?」
音楽には実はかなり興味がある。ギターとかドラムとか、本当はやってみたいしライブとかも行きたいけど肩身が肩身でウォークマンで聞くのが関の山…。
彼がギターとかドラムとか出来るんならぜひ話し聞きたい!!
食い気味に質問を重ねると、彼はちょっと驚いたように目を開いてから少し沈黙する。
「…僕は音楽できないんだ。そういう人たちのお手伝いみたいな…」
「あっ、そうなんだ。じゃあ機器のメンテナンスとか機材チェックとかか!?俺バンドとかライブとかすげー憧れるからそういう仕事してるのすげー尊敬!今度話し聞かせてよ!」
興奮のあまりに彼に数歩近づくとちょっとだけ彼は身を引いた。
「そう…だね。話せる範囲でなら」
「っしゃー!!すげー楽しみにしてる!留守は任せろ、仕事頑張れよ!!」
食器を洗う要の背中をばしばしと叩く。彼は淡々と食器を洗っていて何の反応もないのが、ちょっとだけガスマスクを思い出させた。
彼は食器を片付けると、玄関脇のウォークインクローゼットからギターケースを引っ張り出し、それを背中に背負って靴を履く。
「あれ?そのギターって要の?」
「預かり物。僕は荷物持ちなんだ」
靴を履き終えると、彼は傍のハンガーにかかったロングコートを羽織った。
「じゃあ、留守番よろしくね。体調もまだ安定していないから、外に出たり窓を開けたりしてはダメだよ」
「はいよー、行ってらっしゃい」
俺が手を振ると、要も控えめに手を振る。マンションのドアを彼がくぐると、すぐにオートロックがかかる音がした。
「意外とセキュリティつえーな、金持ちなんかなあいつ」
要は俺を知ってるらしいけど俺は初対面みたいなもんなのに、そんな俺を面倒見るって言い出すくらいだもんな…あれ?押し付けられた可能性もあんのかな…だとしたら申し訳ねえなぁ…。
でも何となく強いられてやってるって感じはしないんだよな、ポーカーフェイスなだけかもしれないけど。
ウォークマンを起動すると時刻は午後9時を回っていた。と、いっても電波が入らないタイプなのでズレている可能性もあるが…。
最初に寝ていたベッドに戻り横になる。傍らには症状が重くなった時に必要な医療機器まで置かれて、一般家庭とはとてもかけ離れているように思えた。
「謎だらけだな…ガスマスクみてえ」
仮にもこれから一緒に暮らしていくわけだし、表情がわかる分ガスマスクよりは謎めいてはないのかなんて思う。
「なんか急に色々ありすぎて疲れたな」
ウトウトと重くなる瞼に身を任せるとそのまま俺は眠ってしまった。
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