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1章

4 一度目のさよなら

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4.
広場に出ると、そこには地獄のような光景が広がっていた。
あちこちに散らばる死体。鉄のような生臭さが充満し、地面は真っ赤に染まっている。落ちている死体はほとんど身体の一部が千切れ飛んでいて、まるで絵具がぐちゃぐちゃにまざったパレットのように内臓が散らばっている。
その広場の中央でイディオットとアマネが戦っている。もはや広場に立っているのはその二人だけだ。イディオットはいつも首から下げている十字架のような短剣と聖書を手に、アマネの斧をしのいでいる。
こみ上げる胃酸を飲み込むと、胸が傷んだ。口の中に残る酸っぱさに気付かなかったふりをして僕は傘を構えた。
これは傘じゃなくて、ライフルだ。動き回るアマネに狙いを定め、引き金を思い描く。
僕があると思えば、そこに引き金はある。みんなに見えなくたって、誰も信じなくたって、僕が自分を信じればそこにある。
イディオットに誤射する未来は思い描いてはいけない。それに、イディオットの能力は硬化だ。大丈夫、彼は僕よりずっと強い。彼を信じて大丈夫。むしろ、僕よりずっと信じられる。
イディオットが振るった短剣をアマネは僅かに身体をそらして、最小限の動きで回避する。その動きのままアマネはイディオットの懐に滑り込み、斧を下から振り上げた。
「くっ…」
イディオットが腕でその攻撃を防ぐ。硬化した服が斧を弾くが、ビキビキと嫌な音を立てた。
「ほーら、そろそろ壊れるぞお」
アマネが食べ終わったキャンディーの棒を地面に吐き捨てる。斧が服にぎりぎりと刺さっていき、斧の刃に赤い液体が伝った。



僕は引き金を引く。狙うはアマネの頭部だ。パンッと花火のような破裂音を発し、銃口から弾が放たれた。
一つの銃口から7つの弾が一気に射出される。一つ一つが様々な色に輝き、虹のような光の残像を残して一斉にアマネへと飛び込んでいく。
音に気が付いたアマネが目を見開く。光のない真っ黒な瞳に描かれた虹に、彼は素早くステップで後退する。1発目を避け、2発目を横に軌道を逸れる。ホーミングするように追いかける3発目を彼は持っていた斧の刃で弾き、4、5発目もそのまま防いだ。それを回り込むように追いかける6発目にアマネは首をそらしてかわす。
最後に飛び込んだ7発目、それは彼の頬を掠って壁へと消える。切り傷のようにアマネの頬に引かれた赤い傷から少量の血液が頬を伝って落ちた。
「アスカ!」
イディオットが僕に気付いて声を上げる。
「逃げて下さい!オットーさんはここで死んでいい人じゃない!」
さらに僕は銃を連射する。花火のように打ちあがってはそれらはアマネを追尾して弾ける。アマネはそれらをステップでかわしていくが、彼の目の前で弾けた弾の火花が彼のコートの裾を焦がした。
イディオットに習った銃の使い方、ジャッジが教えてくれた能力の活用法。これは、それらを得てずっと考えてきた僕の戦い方だ。僕が思い描いた、最強の銃を作るのだ。
「は?なんだよ」
僕を見てアマネが呟く。彼はポケットに手を入れて小石を取り出すと、それを片手で僕に向けてコイントスのようにはじき出す。凄まじい速さで打ち出されたそれに、僕は傘を広げる。傘の布がその石を受け止めてボンッと鈍い音を立て、僕の足が地面を滑る。それでも傘に速度を吸収された小石が地面に落ちたのが分かった。
もしかしたら、撃退できるかもしれない。そんな一縷の期待が頭をよぎる。傘を閉じて、僕は再び銃口をアマネに向けて銃弾を打ち込む。
「その攻撃はもうやめろアスカ!」
イディオットがこちらに向かって走ってくる。彼の言葉の意味が分からなかった。
アマネはニィと口元をつり上げると、不気味に笑った。
「なーんだ、もうわかった」
彼はポケットから新しい棒付きキャンディーを取り出す。こちらを見もせず、彼は軽快なステップで銃弾をかわし、音もなく僕の目の前へと滑り込む。
「お菓子食べる?」
僕の目の前に顔を寄せ、アマネがキャンディーを口に含んで笑った。真っ黒な瞳の中で目を丸くしている自分と目が合う。光がまったくない彼の瞳は、まるで鏡のようだった。
次の瞬間、彼の膝が僕の顔に叩きこまれる。脳が揺れて、頭が真っ白になった。傘が僕の手から離れ、地面を転がって遠くへと逃げていく。いや、転がったのは僕の身体だったのかもしれない。
地面に顔面から倒れ込み、そのまま自分の背後にある壁まで吹き飛ばされる。初めて彼に嬲られたあの日と同じように痛みがなかった。何が起きているのか、身体が理解しない。
「なあ、ジャバウォックってアマネの痛みを分かってくれるんだよな?痛くて痛くてしんどくて、それでも死ねないの分かるよなあ?」
僕の傍に屈んで、アマネが首を傾げる。彼のポケットからは可愛らしいパステルピンクの箱。ジェリービーンズと書いてあった。
「お菓子食べたら、痛いの我慢できるからさあ。お前もこれでいっぱい痛くても大丈夫になるからさあ。だから食べるよな?食べたいよな?食べろよ。食え。全部食え。吐くまで食え」
箱をひっくり返し、手のひらに散らばるそれを僕の口の中に詰め込む。海外のお菓子らしい独特な甘味が舌に広がる。呼吸が出来ずに呻いていると、後ろから追いかけてきていたイディオットがアマネの頭に聖書の角を叩きこんだ。
「いい加減に俺たちの集落から出て行け!」
彼の一撃でアマネの身体がグラリと揺れるが、倒れない。アマネは苛立ったように片手に持った斧を振るう。それをイディオットは聖書で防ぐが、あまりの強さに体勢を崩した。
「うっせえんだよイカれ兎があ!!引っ込んでろっつってんだよ!!」
アマネが今までになく声を荒げ、立ち上がると同時にイディオットの懐へと飛び込んでいく。地面を擦るように斧で切り上げると、イディオットの服が金属が割れるような音を立てて裂けた。胸から肩へかけて切れ目が入り、血が吹き出した。
「くそ…」
ボタボタと血を流しながらイディオットは自分の傷を押さえて後退する。それにアマネは容赦なく後ろ蹴りを入れると、イディオットはついに膝をつく。
「じゃあお前が代わりに苦しんでくれんのかよ!アマネの痛いの分かるのかよ!分かんねえだろ!どうせすぐ死ぬだろ!苦しむ前に死ぬんだろ!」
アマネが怒鳴り散らしながらイディオットの顔面を蹴り飛ばす。彼の眼鏡が吹き飛ばされて地面を転がる。割れたメガネのレンズの破片がイディオット片目に突き刺さり、彼は低い声を上げて顔を押さえた。
「やめろ…」
助けに行きたいのに、先ほど頭を蹴り飛ばされたせいで視界がグラグラとする。まるでジェットコースターで高いところから落ちるような不快な浮遊感。どうしようもない吐き気が込みあげて、僕は胃の中のものを吐き散らかす。
情けない。イディオットを逃がすことすら僕には出来ないのか。止めどない吐き気に、胃の中の物を全て出しても胃液を吐き続ける。
ぼやける視界の向こうでアマネが蹲るイディオットをひたすらに踏みつけていた。
斧を使えばすぐに殺せるだろうに、あえて暴行を加えるのは、アマネの言葉通りにイディオットを苦しめるためなんだろう。
「痛がれよ!痛がって死ねよ!苦しめよ!悲鳴の一つや二つ上げろよ!ああ!?」
暴行を加えられているイディオットは、時折小さく苦しそうな声は上げるものの悲鳴を上げたりはしない。ただ、それを耐え忍ぶ。
もう彼の力にも限界が来ているのか、アマネに嬲られる彼から硬そうな音はしなくなっていた。
僕は地面を這いずる。立ち上がろうとするたびに転んでしまうから、もうそうするしか出来ない。今更のように頭が割れるように痛い。鼓動するようにドクドクと頭で痛みが脈打っていた。
背中を蹴られ続けながら、イディオットが僕を見る。僕の存在を忘れたようにイディオットを蹴り続けるアマネに悟られまいと、彼は「来るな」と声を出さずに口だけを動かした。
「おい、お前、葬儀屋なんだろお?自分への念仏そろそろ唱えといたらどうだ。ナムアミダブツ?その格好ならアーメンか?」
アマネがイディオットの胸ぐらを掴みあげる。もはやイディオットは血まみれで、ボロ布のようになっていたが、それでも彼は狼狽えずにアマネを睨む。
「…自分に唱える念仏もなければ、お前に朗読する聖典もない」
「アマネは死なないから必要ない」
アマネは斧を振り上げる。彼が狙うのはイディオットの首だ。
観念したのか、イディオットが持っていた短剣から手を離す。カランと音を立ててそれは地面を転がり、僕のすぐ目の前に落ちた。
「アスカ」
一向に逃げようとしない僕に、イディオットは困ったように笑った。
「守れなくて、すまなかった…助けに来てくれてありがとう」
「…嫌だ…」
初めて見た彼の笑顔はあまりに明るくて、僕は首を横に振る。目に涙が込み上げて、視界が滲む。
「嫌だ!!」
喉が痛いくらいの声が出た。僕はとっさに目の前に落ちていたイディオットの短剣を拾い、地面に這いつくばったままそれを地面に突き刺した。
グラりと地面が揺れる。自分が揺れたのかと思ったが、イディオットの胸ぐらを掴んでいたアマネがよろけ、驚いたように周囲を見回す。
何かを察したように、アマネはイディオットを突き飛ばしてバックステップで素早く後退する。それよりほんの少し遅れて、アマネとイディオットを分かつように、地面から巨大な剣の刃先が地面が突き出た。
突き飛ばされたイディオットが驚いたように目を丸くし、身体を起こす。
アマネは今攻撃が僕のものだと察すると、表情の読めない顔で僕を見た。
僕は頭の中で思い描く。自分が考える、アマネとも戦える武器。地面に突き立てた短剣が大きくなり、それは刀身を狭めてレイピアのような形に変わるが、それは僕の不安に反応してか、剣に変わったり、短剣に戻ったりと姿を安定させない。
ようやく収まってきた吐き気に、僕はよろよろと立ち上がる。僕を見て、アマネは食べ終わったキャンディーの棒を再び地面に吐き捨てると、口元を吊り上げた。
「…この兎を助けたいのか?」
「殺さないで下さい」
口の中に残っている自分の胃液を地面に吐き出し、自分の服の裾で口を拭った。
「僕に用事があるなら、オットーさんは…殺さないで下さい」
「アスカ…」
大量の血を流しながら僕を見るイディオットに、僕は首を横に振って見せた。
「ジャバウォックは死んだらすぐ補充されます。でも、オットーさんみたいな人はまた来るか分からないんですよ。三月兎という配役の前に、あなたは人として、こんな場所で死んで良い人じゃないんです」
そうだ、肩書きとか配役とかの前に彼は人としてよく出来た人なのだ。彼が死んで、新しい三月兎が来たとして、彼ほどの人徳やリーダーシップを持っているなんて思えない。
「この集落を作ったのは三月兎の配役なんじゃなくて、オットーさんなんですよ」
僕の言葉をアマネは不思議そうに口を尖らせて聞いていたが、次第に口元に不気味な笑みを描いた。
「…じゃあ、今回は見逃してやるよ」
「えっ…」
「代わりに、お前がどこに行ってもアマネは絶対にお前を見つける。そしたら、お前より先にお前が大事にしてるもん全部ぶち壊してやる」
困惑する僕に、アマネは片手の斧を持ち上げてくるくると回した。
「これはゲームだ。次にアマネに会う日まで、お前が誰かを守れるくらい強くなってたらお前の勝ち。守れもしないのに、お前が誰かの傍で幸せそうにしてたら、アマネはその幸せを壊しに行く。絶対逃がさないから、覚えてろ」
持ち上げたその斧を突然アマネはイディオットに向けて投げる。ブーメランのように縦に回転しながら飛んでいくそれは、イディオットの腹に突き刺さった。
「オットーさん!」
僕がイディオットに急いで駆け寄り、隣りに屈んで彼の身体を支えた。
ゴボゴボとイディオットが口から大量の血を吐き出す。彼の足元に広がる血溜まりが、吐き出されるそれを吸い込んで、更に大きくなっていく。
「話が違うだろ!」
「違くねえよ。それくらいじゃ、その兎は死なないってアマネ知ってるもん。それに、ミセシメは必要だろお?」
腹から息を漏らすようにアマネは笑うと、ポケットから新しいキャンディーを取り出して口に含む。それを舐めながら、彼は僕らに背を向けた。
「んじゃ、頑張れ。次はお前の大事にしてる奴をどういたぶるか考えてくるからさあ」
ヒラヒラと手を振ると、彼は歌うように詩を口ずさむ。
「かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック。そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、怒めきずりつつもそこに迫り来たらん!一、二、一、二…」
遠くなっていく背中を見守る。本当に見逃す気なのか、アマネは1度もこちらを振り返らずに去っていく。
一緒にその背中を見ていたイディオットの身体から力が抜ける。倒れていく彼の身体を掴んで引き止め、彼の顔を覗き込んだ。
あれだけ強い意志を宿していたイディオットの青い瞳は濁り、もはやどこを見ているのかも分からない。辛そうに荒い呼吸を繰り返すそれは、彼の傷の深さを物語っていた。
「オットーさん、しっかりしてください…!すぐにみんなの元に運びますから…」
地面に転がる傘を急いで回収し、彼の短剣を自分の首に掛ける。彼を背負おうとして、彼の腹にアマネの斧が刺さったままであることに気付く。しかし、こういうものは抜いてしまう方が出血を悪化させると聞いたことがある。
「お前の力じゃ…運べないだろ…」
焦点の合わない目でイディオットが言う。まるで吐息のような小さな声で、普段の彼からは想像もつかない程に弱々しい。
無理やり自力で立ち上がろうとして、イディオットの身体が大きく崩れる。慌てて彼の腕の下に入って支えると、なんとかバランスを取り直して彼は歩き始めた。
「出口はどこだ…視界が狭くて見えない…」
「こっちです。ゆっくり行きましょう」
彼の歩く速度に合わせて一歩一歩、地面を踏みしめるように歩く。普段はあれだけ健脚なイディオットが、人の手を借りてもこれだけ歩みが遅いことが見ていて辛かった。
「…すみません、結局僕は何も出来なくて…」
僕は出口のある方向を見ながら下唇を噛む。僕がこの場に戻ってきて好転したことなんかなかった。イディオットを助けるどころか、最後は吐き気に負けて嬲られている彼を見ているだけだった。
「はっ…何言ってんだ…」
僕の肩に寄りかかるイディオットが小さく笑う。
「お前がいなけりゃ、俺は間違いなく殺されていた。アマネの襲来を考えていながら…ちゃんと迎撃出来ず、指揮がとれなかった俺に落ち度があるんだ…。お前は俺の命の恩人だよ」
彼の言葉に視界が滲んだ。
情けなくて、恥ずかしくて、それでも僕に感謝の言葉をくれる彼に申し訳なくて。目から涙が溢れてボロボロと地面に落ちて、地面に染みを作った。
「すみません…本当に、すみません…」
「謝るな」
初めて会った時と同じように、イディオットが言う。
「お前の価値は、お前自身がちゃんと理解して、お前が1番に大事にしろ。俺はお前を見込んで、買って…こうして救われた。お前が俺に何か恩を感じていたなら、もう十分返して貰った。お前はただ胸を張ればいいんだ」
出口の月明かりが差し込む。イディオットと一緒に外へ出ると、そこには大勢の人たちがこちらを見つめていた。
「オットーさん!?」
「救護班!オットーさんを早く!」
僕の肩に寄りかかるイディオットの姿に悲鳴が上がり、ざわめきが起きた。人々が駆け寄り、僕の隣のイディオットを支える。自分の肩が軽くなると同時に、離れていく彼の重みに妙な寂しさを覚えた。
「アスカも手当てしてくれ…頭部を強打してるはずだ」
イディオットの言葉に数人がちらと僕を見る。その瞳は明らかに好意的なものではない。
疑心、不安、警戒、敵意。様々な感情が入り混じったそれらに僕は思わず後ずさる。
そうだ、イディオットが離れることが寂しくて怖かった。彼はいつだって周囲の人に囲まれていて、傍を離れれば遠くに感じる。遠くに行けば、周囲が僕をさらに遠ざけようとする。
この寂しさは疎外感だ。
「…オットーさんに比べたら大した怪我じゃないですよ。大体からして、彼がいたからアマネが来たんじゃないですか?」
治療箱を持った女性が僕を睨む。
イディオットを取り囲む救護班たちは手際よく彼を治療しながらも、数人が難しい顔で頷いた。
「そうだ、オットーさんの側にいて結局これだけ大怪我させてるじゃないか!」
「コイツさえいなかったら、こんなことも起きなかったのに!」
「出てけ!お前のせいだ、この疫病神!」
周囲を取り囲んでいた人たちから一斉に非難の声が上がる。僕は黙って立ち尽くす。
「いい加減にしろ!アスカを集落に入れると決めたのは俺だ!責任を問うなら俺にしろ!」
胸に包帯を巻かれていたイディオットが今までに聞いたこともないような大声を張り上げる。怒気を含んだその声に、騒ぎ立てていた周囲が一気に静まり返った。
「アスカは最初から自分が集落にいることを危ないと危惧していたのに、引き止めたのは俺だ。敵の力量を見誤って、多少は応戦出来るだろうと甘く見積もったのは他でもない俺の責任だ。彼は悪くない」
彼はそこまで言うと、眉間に深く皺を刻んだまま僕に微笑んだ。
「アスカがいなかったら、俺は死んでいた。自分の死すら顧みず、助けに来てくれた恩人だ。だから、どうか責めないでくれ」
周囲の人々が顔を見合わせる。相変わらず彼らの表情は納得がいかないように曇っていた。
当然だ。僕がいたからアマネが来たのはその通りだし、引き止められたからとイディオットの提案に甘えたのも僕だ。
怪我の差も歴然だ。イディオットは最後まで僕の身を優先して身体を張ってくれたのに。
僕はただ…地面に這いつくばって、自分の吐瀉物にまみれていただけだ。
「…出て行きます」
僕の言葉にイディオットが顔を上げる。僕は彼の青い瞳に笑う。込み上げる涙を飲み込んだら、喉が痛んだ。
「僕がいる限り、アマネはまた来ます。オットーさんが言うように、今がアマネと戦える状態でないなら、お互いに戦える状態になってからご一緒させて下さい」
首に掛けていたイディオットの短剣を取り上げ、彼の首に掛ける。彼は困惑したように自分の首に返ってきた短剣を見下ろし、僕へと視線を戻した。
「短い間でしたが、お世話になりました」
深々と頭を下げる僕を見つめ、イディオットは顔を顰めて静かに立ち上がる。ゆっくりと足を引きずりながら、彼は僕の前まで来ると、僕のすぐ目の前に膝をついて座った。
チャリ、と首に何かが掛けられる。自分の胸に下がっていたのは、先程返したばかりのイディオットの短剣だ。



「…それがお前の選択なら、俺に止める権利はないな」
眉を寄せたまま、イディオットは困ったように笑った。
「お前の言うように、お互いにまた己を高め合って再会しよう。同じ鉄を踏むのは愚か者がすることだ、俺も二度とこのような過ちは犯さない」
彼は僕の頭をガシガシと撫でる。
「こんな思いをさせて、本当にすまなかった。お前の旅路がどうか、少しでも幸多きものになるよう」
悲しそうなその青い目に映る自分が、また泣きそうになっている。僕はそれをまた飲み込み、下唇を噛んだまま頷いた。
背を向けて集落の外へと向かう。
「アスカちゃん!」
人混みを割るように歩いていると、バッと腕を掴まれて振り返る。そこには涙ぐんでいるトゥルーがいた。
ああ、良かった無事だったんだ。彼女の安否が分からないことだけが心配だったから、こうして声を掛けてくれて本当に良かった。
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「また帰ってきてね!絶対よ!」
肩に手を置いたまま、トゥルーは身体を離して言う。
「トゥルーを助けてくれて、本当にありがとう。君は僕にとっても恩人だ。どうか自分を責めたりせず、たまにはこの集落に遊びに来て欲しい。必ず歓迎するよ」
メアは悲しそうだが、それでも務めて明るい口調で言った。
こんなに嬉しいことを言ってくれる人が3人もいる。十分すぎるほど嬉しかった。
「ありがとう!またいつか!」
僕は手を振る。2人は身を寄せ合いながら、僕の姿が小さくなるまで見送ってくれた。
森を進み、集落から完全に離れると本当に自分が1人になったのだと実感する。いつも隣りにいるはずのイディオットはもういない。
ボロボロと零れる涙を袖で拭い、僕は前を向く。右手にジャッジの傘、首にはイディオットの短剣。
大丈夫、1人なんかじゃない。少し離れた場所に行くだけだ。
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