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第二部【15章】白烏の夢

62.終戦

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瓦礫で溢れかえる地面を歩き、俺は当初の目的だった円筒形の機械を探していた。俺が暴れ回った周囲をしらみつぶしに歩いてきたが、もうここ以外に思いつかない。巨大な瓦礫を無理矢理手でひっくり返すと、中から目的のその機械は姿を現した。
これは時間を保存してリセットできるポイントを作る、例の機械だ。エドヴィンの鱗粉を浴びたのか、少しは錆ていたものの、それはゴウンゴウンと大きな音を立ててまだ起動し続けていた。
「しつけえ機械だな」
この地区の人間たちを根絶やしにした俺とエドヴィンの攻撃ですら破壊には至っていない。核でも落せばと言っていたハーロルトの言葉は本当に正しかったようだ。俺は思わず悪態をついた。
「それが噂の機械かい?」
俺の隣を歩いていたエドヴィンが首を傾げる。機械の傍まで歩み寄ると、彼はしげしげとそれを撫でたり触ったりして観察する。
俺もエドヴィンも散々暴れ回った後で、着替えてきた。比較的無事に済んだ俺たちの住処、育成棟から私服を引っ張り出してきたのだ。
黒いセーターに赤茶色のズボン、薄茶色の上着というカラーリングで、コイツの服のセンスは老人っぽいと昔から思っていた。
「これは壊すの大変そうだなあ。もっと鱗粉を機器の隙間から奥まで詰め込めば大丈夫かな?」
「そしたらハルくん、またお歌歌う?」
手を繋いでいたキティがわくわくと目を輝かせて俺を見上げる。歌というのは、最後に人間に贈ったあれのことだろう。
「歌にジャンルすんのか、あれ」
「お歌だったもん!ブラックホールみたいな声だった…凄く好き…」
「褒めてねえだろ」
両手を頬に当てて顔を赤らめるキティに、俺はフンと鼻を鳴らす。一体あのデスボイスのどこに顔を赤らめる要素があるのか全く理解できないが、悪い気はしなかった。
「壊すのに必要があればな。エド一人で何とかなるなら、任せる。もう俺は疲れた。そろそろ休ませろ」
「まさかハルが6回もやり直してるなんて知らなかったよ。言ってくれれば良かったのに!水臭いじゃないか!」
「言ったとこで信じねえだろ。調子いいこと言いやがって…」
舌打ちする俺にキティが小さく笑った。
「でも、ハルくん本当にありがとう…。私はもうどこから感謝を伝えたらいいのか、わからないくらい…」
彼女はもじもじと下を向いたまま目を伏せる。
キティだって、自分が死んだことを思い出したりして、キツい思いをしたはずだ。エドヴィンくらい倫理観を失っていれば違うだろうが、こんなホワホワした性格でよくパニックにならないでいてくれたと思う。
「ん」
言いたいことは色々あったが、照れくさいのでとりあえずキティの頭を撫でる。彼女は俺を見上げると、頬を赤らめて笑った。
「よーす、本日の功労者のお2人ー!おつおつ!」
不意に聞こえた声に振り返ると、そこにはヌッラとキレンツがいた。キレンツを腕に巻き付けたままヌッラはこちらに寄ってくると、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「いや、マジで革命しちゃったじゃん俺たち!正真正銘のリベリオン!つか、俺の名前も歴史に残っちゃう~!?」
「へーへー、そら良かったな」
相変わらず頭の悪いことしか言わないヌッラに適当な言葉を返しながらも、コイツが最後まで生き残っている事実にどこか安心している自分がいた。
ヌッラには序盤でまあまあ助けられた。コイツがいなかったら、確かにもっと早く詰んでいただろう。
「えー!?こんな可愛い子がミンツの彼女ってまー!?超ゆるふわで綿あめ超えるー!かわよー!」
「えっ、えへへ...ありがとう!ヌッラさんの彼女さん?黒い肌すごく綺麗~!美人さんだね~!」
俺とヌッラの横でキレンツとキティが騒いでいる。考えてみれば、この2人は初対面か。確かに施設じゃ、会う機会もない。
「どう見ても彼女だよなあ?ミンツ、ずっと否定してるんだぜ。その子が彼女じゃないって」
横からヌッラが口を出す。そういえば、コイツの前ではずっと否定してきていた。あの時はキティと仲を深められなかったからだ。
「うるせー、キティは彼女じゃねえんだよ。嫁だ」
キティを不安にさせる前に訂正する。俺の言葉に2人が目を丸くさせるのは分かるが、キティも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「...なんだよ」
言ったあとから急に照れくさくなって、低い声で尋ねると、3人は各々で笑みを浮かべた。
「ミンツ変わったなーって。なあ?」
ヌッラの言葉に2人が頷く。なんなら傍のエドヴィンまで機械の調子を見ながら笑っていた。
「そう、ハルはすごく変わったんだよ。30年も一緒に働いていたら一目瞭然さ」
そこまで言うと、エドヴィンが不意にこちらに振り返る。
「これを壊すのに機械に詳しい人がいると、手早そうなんだ。ハルは疲れてるだろうから、ヌッラに手伝ってもらえないかな?」
「マジー?しゃーねえなあ、歴史に名を残すなら労力は惜しまないぜ」
「ヌッちゃんかっこよー!アタシ、応援してるー!」
ヌッラに続いてキレンツもエドヴィンの傍に集まると、彼らは機械を囲んだまま俺に振り返った。
「ハル、お疲れ様。キティと先に休んでて?俺も後から行くから」
「さんきゅー、ミンツ!」
「ありがとミンツ!」
調子が狂いそうなくらいに労われている。人生でこんな経験はしたことがないが、まあ休めるものなら休みたい。俺は適当に手をあげて挨拶をすると、その場に背を向けた。
周囲に誰かがいるのは、煩わしいだけだと思っていたのに、こうしていると気分は悪くなかった。
「ね、ねえ...私もエドのお手伝いに...」
手を引かれて隣を歩くキティがちらちらと背後を振り返る。自分だけ何もしていないようで気になるのかもしれない。
「ヤだね。お前は俺の手伝いしろ」
「え?!何を手伝えばいい!?」
「休憩の付き添い」
「ええ~!そんなの、私が癒されちゃう...」
呑気な驚嘆をあげながら、キティは口元に手を当ててクスクスと笑った。
実際に彼女がいるかいないかで俺が安らげるかどうかも大きく変わる。それに、散々やり直してたどり着いた今、彼女の手を離すというのもまだ怖い。そういう意味で一緒にいたかった。
育成棟に戻る途中、ヨルツがケットに水をやっているのが見えた。もう遠慮なく根を伸ばせる分、2人ものびのびと過ごしているようだ。
ヨルツの視線に、俺が映り込む。彼は俺を見て眉をしかめたが、フンと鼻を鳴らして口元だけで笑う。手を小さくあげてから再びケットに向き直るが、製造工場が近いだけあって、何となくこちらに伝えたいことは分かった。
アイツも素直じゃない。俺もそうだから、別にいい。
そのまま歩みを進めていると、今度はキティが立ち止まる。つられて俺も足を止めると、彼女は瓦礫の影を指さした。
「ねえ、ハルくん。あれ、ハーロルトさん…?」
そう言われて瓦礫の方に身体を傾ける。
そこには瓦礫の下敷きになっているハーロルトの姿があった。頭はショットガンで撃ち抜かれ、後頭部には大きな穴が空いている。
俺は、口元に手を当てて青ざめるキティの頭を撫でた。
「...気にすんな。どの道、こうなってた」
自分が生きていても生きていなくても、ハーロルトは死を選んだはずだ。分かってはいたが、こうして死体があるのは何とも言えない気持ちになる。
瓦礫をどけ、ハーロルトの遺体を地面に寝かせる。目を開けたままのその死体は笑顔のまま止まっていた。
突然、彼の小指にハマっていた端末が起動する。ホログラムに写し出されたのは、恐らく彼が死に際に撮っていたカメラデータだ。
暗闇の中でハーロルトがこちらを見ている。音声は酷く乱れていて、外の騒音も相まってノイズが凄かった。
「よお、ハルミンツ。これを見てるんなら、上手くいったんだな」
「おい!ハーロルト!貴様、何をした!出てこい!」
ドンドンと叩かれるドアの音にハーロルトは少し振り返るが、すぐにこちらへと視線を戻す。
「俺は照れ性なんだ、ここくらいじゃないと礼なんか言えない。お前もそうだろ。だから、ここで言う。ありがとう」
ショットガンを手に、彼はその銃口を自分の方へと向けた。
「今回、お前らの援護に使ったデータは、人間...いや、AIどもに解析されないように全て消した。お前らに提供したかったんだが、悪いな。AIに悪用される方が、後々のお前らも困るだろ」
ハーロルトはクツクツと喉を鳴らして笑う。
「この地区は恐らく、当分の間は安全だ。お前らが何年生きるもんなのか知らねえが、彼女と幸せに暮らせよ。じゃあな、ハルミンツ」 
一息にそう言い切ると、ハーロルトがショットガンを口にくわえる。
その瞬間、映像が切り替わる。どこかの室内で、キティによく似た女が笑っていた。
「お誕生日おめでとう!ハーロルト!」
データが古いのか、随分と音質も画質が荒い。彼女の手元には小さなハート型のホールケーキ。チョコレートのプレートには、ハーロルトの名前が書かれていた。
「もう30になるのか...信じたくないな」
「あら、男はまだまだこれからよ~!ますますイケメンに磨きが掛かるわね!」
女はそう言うと、ケーキをテーブルに置いてナイフを入れる。名前の書かれたプレートを脇に置いて半分にするそれは、少し大胆な切り方だ。
「この人...ティアナさん?」
一緒に映像を見ていたキティが小さく呟いた。
「だろうな」
目の前に流れるホームムービーは、まさしく俺が想像していたような平凡な日常の断片だ。切り分けたケーキが少し崩れてしまったことを笑いあったり、ハーロルトが生クリームが苦手なのを知って、このケーキにはあまり使わなかったとか。2人のくだらない日常の話が続く。
くだらない日常で良かったんだろう。ハーロルトが何年生きていたのか知らないが、彼が後生大事に死に際ですら消さずに取っておいた大事な記憶だ。
突然流れ出したそのホームムービーは終わりも突然だ。ブツリとホログラムが真っ黒な画面を映し出し「他にデータはありません」の文字を表示する。
「...ドラマで見るような人間だったな」
目を開いたままのハーロルトの目を閉じてやる。確かに機械の身体に入ってはいたが、彼は唯一生き物らしかった。
「お墓、作ってあげようね」
キティが静かに呟いた。
青空に茜色が差す。騒々しい1日もあと半分で終わる。
長い長い半年のその先が、ようやく迎えられるのだ。
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