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第二部【13章】離々たる世界の統合

51.画策

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「最近ハルはキティとべったりだよね。いいな、俺も混ざりたいよ」
牢獄エリアにいるケットの前で皿を配膳していると、前までヨルツが入っていた反対側の空の檻を掃除していたエドヴィンが言った。相変わらずエドヴィンの24時間勤務だ。俺の勤務中もこうして掃除やら資料作りに励んでいる。
「やだよ、何でお前をまぜる必要があんだよ」
キティが考案したケット用のスープを床に置くと、ケットの根がゆっくりと皿の中に入り込む。まるでスープは減る様子がないが、5時間もすればなくなる。一応は飲んでいるのだろう。
デッキブラシを片手に、エドヴィンが俺の背中越しにケットの食事風景を覗く。笑顔に合わせて、彼の顔面の蛾がゆるやかに羽ばたいた。
「ケット、スープは美味しいかい?」
「…おいしい」
か細い声だが、ケットが答える。彼女も今は耳が聞こえるようになっているらしく、最近では会話が可能だ。
キティが記憶を取り戻してから5日。本来ならば人間がいつ襲い掛かってもおかしくないのだが、今のところはそのような兆候はない。何故こうなっているのか、心当たりはあった。
「二人の話に寄れば、今回は俺が間に入ったら危ないらしいしね。残念だけど、今は我慢するしかないなあ」
エリアに設置されているカメラに入らないよう、声を潜めてエドヴィンが笑う。
人間の元々の目的は、俺を使ってキティを人間化させることだ。意地でもくっつけようとしていた二人が、経緯はともかく計画通りに一緒に過ごしていると捉えているのだろう。だから何も危害を加えてこないのだ。
人間たちの中で俺が記憶を引き継いでいることを知っているのはハーロルトしかいない。ハーロルトが余計な真似をしないのであれば、今から1周目の出来事をなぞった方がカモフラージュになるのではないかと思ったのだ。
俺とキティはこれからあえて行動する時間を長くする。前は卒業のタイミングでヌッラにハメられたせいでキティの卒業式に立ち会えなかったが、今のヌッラは味方だ。俺に濡れ衣を着せてくる心配もない。
キティと相談した結果、俺はわざとキティの卒業式に立ち会うことにしたのだ。エドヴィンの説得で俺が卒業肯定派に傾いた、という設定になっている。
「キティ、卒業する?」
「させるさせる」
ケットの質問に俺は適当に答える。カメラに入るよう、わざと声を大きめに言ってやった。
「お前はヨルツが卒業しないよう、よく見張っとけ」
立ち上がり、今度はケットにしか聞こえないように囁く。ケットは相変わらずどこを見ているのか分からない顔のまま、何も言わずにスープをすすっている。彼女にもヨルツ伝手ではあるが、概ねは何が起きるかは共有してある。俺の言葉の意味くらい分かるだろう。
ケットには実験棟を含む一階の床下全体に根を張るよう頼んだ。根を伸ばすには時間がかかるので、早めに手を打ってもらって損はない。今はどこまで伸びているのかまでは、さすがに把握はできないが。
配膳用ワゴンを引いて待機所に戻ろうとすると、エドヴィンがこちらを見て珍しく口を曲げた。
「ハルはこの後またキティの部屋に戻るの?」
「まあ、卒業させねえといけないからな」
「いいなあ」
コイツのいいなあは、俺とキティどちらにも宛てたものだろう。どっちかに傾かれても面倒くさいが、両方というのもまあ面倒くさい。
「ていうか、お前の顔面まだそのままなのかよ。もう噂話も落ち着いたろ」
俺とキティを間に挟めば、ヌッラとエドヴィンも接触する機会も増える。その際にヌッラは広めた悪評を撤回すると約束したのだ。
ヌッラは元々、長いものに巻かれたいだけの小者だ。どこまで本音か口先だけなのかは分からないが、形式上は土下座してまでの謝罪があった。あれからは噂話も落ち着いて、エドヴィンが悪く言われる回数はかなり減っただろう。俺の悪口とトントンじゃなかろうか。
「そんな顔面戻らないくらいプライドずたずたかよ」
「んー?いや、戻そうと思えば戻せるけど」
俺が鼻で笑うと、エドヴィンは顎に手を当てて指先でトントンと自分の唇を叩いた。
「キティはこの方が恰好いいって言ってくれたからね」
「別にその方が、とは言ってなくねえか」
昔から自分に都合よく解釈する節のある奴だとは思っていたが、今回もどうやらそういった類のものらしい。自分で納得してその姿でいたいなら、別に止めるものでもないので、好きにしたらいいが。
無駄口を叩いていると、すでに時刻が定時を過ぎていることに気付く。いつもはゲームか映画くらいでしか時間を潰すものがなかったから、定時までの暇つぶしに困ったものだが、最近はやけに時間の流れが早く感じるようになった。
「んじゃ、お先」
「うん、またね。また晩御飯、誘ってね?」
「俺は誘ってねえ」
手を振るエドヴィンに軽く手を振り返し、俺はそのままキティの特別房に直帰する。こうやって仕事帰りにキティの部屋に直行して入り浸るなんて、随分と昔に戻った気がしてしまう。
「おかえり!」
部屋の扉を開けると、キティがソファから立ち上がって出迎えに来る。片手には動物の図鑑のような物があった。
「何読んでんだ?」
彼女の脇を通ってソファに腰掛ける。俺を追いかけるように彼女は俺の隣に立つと、読んでいたページを開いた。
「じゃーん!ネズミさんの図鑑!」
キティが広げたページにはありとあらゆるネズミの写真が載っている。ハツカネズミ、ファットジャービル、ハムスター、ファンシーラット…主に昔の人間たちが愛玩用に飼っていた種類が中心だ。
「そんなもん読んでどうすんだ」
「ほら、私もネズミから進化したでしょう?何か真似できないかなあと思って…あ、こっちには鳥さんのページがあって、カラスも載ってるの~!」
キティは瞳を輝かせながら鳥のページを開こうとする。どうせ俺に似ててどうのとか言うつもりだろう。俺はその手に握られた本を無理矢理閉じさせる。
「話長くなるからカットで」
「え~!カラスさんは愛情深くて賢いって…」
「いーから、そういうの」
ほら、やっぱりそういうのだ。照れるからやめて欲しい。
諦め悪く本の話をしようとするキティの手から本を摘まみ上げ、テーブルに置く。そのまま彼女を抱き上げて膝の上に乗せると、さっきまで賑やかだった彼女が頬を赤らめて静かになる。今度はキティが照れたのだろう。
一緒に暮らしていた時からこういうことはしていたが、今から考えれば頻度が凄く低かっただろう。あの時は、そんなに貴重な時間だと思っていなかった。もっと大事にすれば良かったと後悔しても遅い。
「…卒業式、ハルくんも一緒に実験棟に行くんだよね」
もじもじと自分の膝の上で手をいじりながら、キティが言った。
本当はこんな話じゃなくて、くだらない話をしていたい。でも、今の俺たちの時間は限りなく有限だ。
「実験棟にハッキングなしで入るのが目標だからな。機械を見つけ出して破壊する」
今まで集めた情報によれば、8階の西側にその機械はあるらしい。ただ、一度目の施設崩壊から、二度目に俺が荒らした時も含め、あれだけ破壊の限りを尽くしても壊れなかった頑丈さを持っているようだ。何か壊すのも特殊な技術が必要なのかもしれない。
その方法まではどうしても分からない。もう直接乗り込むしかない。そうなると、俺一人で乗り込むというのはどうしても無理だった。
「今回はキティも一緒に乗り込むんだ。どこかに隠したり、誰かに預けたりできない。それでも本当に大丈夫だな?」
この案はキティからの発案だった。本音を言えば、連れて行きたくなどないが、方法も今はそれしかない。
「うん、大丈夫!私がハルくんを守るよ!」
キティはまた筋肉のない腕で力こぶを作って笑う。見るからに非力で頼りないが、芯は強い女だ。信頼していないわけがない。
「ほっせー腕」
俺の腕の二分の一程度の太さしかないキティの腕をつついて笑った。
本当に何も起きないのであれば、ずっとこうしていられたらと思ってしまう。久しぶりに帰って来たキティの隣は、今まで以上に暖かった。
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