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第二部【8章】閉ざされた世界の革新
33.革命
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「じゃーん!ハルくん、見て!お顔、元に戻ったの!」
エドヴィンがキティに会いたいと言い出して、一か月が経った。キティの部屋を尋ねると、久しぶりにキティがパーカーを脱いで俺の前に飛び出してくる。
薄いオレンジの髪の毛はしっかりと手入れされ、水色の瞳が元気にきらきら輝いている。随分と久しぶりに見た気がする。別にどんな姿でもキティが存在してくれているだけで俺は嬉しいが、容姿も元に戻って元気になった姿は正直安心した。
「そんな変わんねーよ」
「ええー!複雑ぅー!!」
お決まりとなりつつあるやりとりをしながら、俺はキティの部屋にあるソファに腰を下ろす。彼女も俺が来たら飯を出すと決めているのだろう、キッチンへとそのまま小走りで入って行った。
部屋はすっかり元に戻り、散らかった衣類も食器もなければ、汚れた絨毯も新調されてピカピカだ。戻っていないとすれば、エドヴィンに折られたダリアくらいだろう。ダリアが植わっていた植木鉢は、今は空っぽだ。
エドヴィンが会いたがっている話をしたら、案の定キティは二つ返事で許可を出した。すぐに会っても良かったのだろうが、キティは顔を元に戻してからじゃないとエドヴィンが気にするだろうと、期間を空けることにしたのだ。
一か月の間、エドヴィンが受け持っていた怪物たちの中で、担当を彼に戻して欲しいという申し出は一件もなかったらしい。新しく担当した看守たちがエドヴィンの悪評でも広めたのか、今ではエドヴィンが担当する怪物は退化してしまうと噂になっている。
特別房の怪物が退化すれば殺処分が待っているなどとは、恐らくほとんどの者は知らないだろうに、それでも全員が保身に走ってエドヴィンに関わりたがらない。そんな状況が続けば、エドヴィンもますますロビーに出られるわけがなく、日がな牢獄エリアの仕事をするか、ボンヤリと待機所で休憩しているだけのエドヴィンを見ていると、さすがに気の毒になってきていた。
確かにエドヴィンの接し方が全部正しかったとは思わないし、俺もウザいとは思っていたが、エドヴィンが受け持ちの怪物たちに対して自分の価値観なりに大事にしていたのは知っている。実際に評価されていたから、長年この施設でカースト最上位をキープしていたのも事実だ。
それをここまで簡単に手のひら返しとは、薄情なもんだ。
「エド、ちゃんとご飯食べてるかな?もう呼んじゃう?」
「飯は何かしら食ってんじゃねえの。どうせアイツいつでも暇してんだろ。お前のタイミングいいなら呼び出す」
「えっ、じゃあエドの分のご飯も作っちゃう!ハンバーガーだから、すぐ出来るよ!」
キティはそう言うと、相変わらず筋肉のない腕で力こぶを作る。こういう人のいいところはキティの長所だが、エドに手料理を、というのはなんだか癪だ。
「いらねーよ、エドの飯ならその辺で買ってこさせりゃいいだろ」
「やだー!ハルくんの分も作ってあるんだよ?作るー!」
俺が止めても止まらないことは何となくわかってはいたが、キティは楽しそうに笑いながらキッチンで料理を始めた。こんなに楽しそうなら、さすがに無理強いは野暮だ。
エドの分が出来るまで俺はソファでホログラムをいじる。キティの部屋のカメラも、彼女が席を外している間に手を加えた。これで不正アクセスもそうバレないだろう。
上層部のデータは相変わらずセキュリティが固くて入れない。エラーを出していいのであれば、無理矢理こじ開ける方法は分かったのだが…エラーを出せば人間にバレる。進歩しているようで、まだ先には進めない。
15分もせずにエドヴィンの分のハンバーガーが焼き上がり、それを皿に乗せてキティが俺の元へと寄って来た。
「出来たよー!エド呼んでー!」
「わかった」
ホログラムを開き、俺の簡素な連絡先一覧を開く。一覧にあるのはエドヴィンとキティが看守の時に持っていた使えないIDだけだ。何故かたまにヌッラから一方的に着信がある時があるが、登録はしていない。
エドヴィンを選んでコールすると、いつもは出るまでに時間がかかるはずのエドヴィンが珍しくすぐに応答した。
「ハル?どうしたの?」
「キティが来いってよ」
「顔、元に戻ったんだね。良かった。すぐ行くね」
エドヴィンの声は心なしか少し明るい。そのまま通話を切ると、それから数分程度で部屋にノック音が響いた。
「エドだー!」
料理をテーブルに広げていたキティが玄関へと駆け寄り、ドアを開く。そこには相変わらず顔面に蛾を張り付けたエドが立っていた。彼の手には植木鉢に入ったダリアの苗。それはすでに蕾を付けるまでに育っている。
キティの見た目は戻ったが、エドヴィンの姿は結局まだ戻っていない。今の状況じゃ、戻る方が無理があるか。
「お待たせ。呼んでくれてありがとう」
「私こそお待たせしちゃってごめんね!今は凄く元気!エドの分のご飯も作ったから、みんなで食べよー!」
キティがエドヴィンを部屋に招き入れると、嬉しそうな表情は見せるものの、申し訳なさはまだ残っているようで、彼は遠慮がちに足を踏み入れた。
「これ、前にキティが育てていたものと同じ色のダリアなんだけど…俺はちゃんと植物を育てたことがないから、きちんと花をつけられるか分からない。ごめんね」
「えー!凄い立派だよ!ありがとう!」
エドヴィンに差し出された苗を受け取り、キティがニコニコと笑った。ここ一か月ずっとエドヴィンが暇を持て余していた時間の間に育てていたとは、俺も知らなかった。
受け取った苗を空っぽの植木鉢の隣に優しく置くと、キティがソファをエドヴィンに手で指す。
「座って座って!あ、ハルくんもエドも身体大きいから三人で座るの難しいね…?ドレッサーの椅子持ってくる!」
それなら俺が持ってきてやると言いたいところだが、席順を考えると俺はソファから動きたくない。エドヴィンをドレッサーの椅子に座らせれば、キティの隣に俺が座ることになる。それが一番、平和的解決だ。
「いいよ、俺がやる」
「そうだぞ、やらせとけ」
幸運なことにエドヴィンが自ら立候補してくれたので、俺はソファに座ったままそれを促す。エドヴィンがドレッサーの椅子を持ってソファの正面に座り、俺の隣にちょこんとキティが座った。
「ありがとう!みんなでいただきますしよっか!」
キティに促され、各々でハンバーガーに口を付ける。俺用に出てきたハンバーガーは相変わらずわざとラップをかけて時間を置いたのか、湿気でびしょびしょになったバンズが美味い。さすが分かっている。
俺とキティがハンバーガーを頬張っている目の前で、エドヴィンは一口だけ租借してから考え込むように下を向く。
「…改めてなんだけど、二人に謝りたくて」
口元に薄っすらと笑みは浮かべているが、明らかに作り笑いなのは深刻な声色で分かる。彼は言葉を噛みしめるように、ゆっくりと続けた。
「キティのカリキュラムに関しては…正直、すごく考えたんだけど、俺にはどこが悪かったのかまだ分からないんだ。それでも、あんな姿にしてしまったということは、俺に落ち度があったことは明確だ。本当に申し訳なかった」
「マジかよ、一か月も考えて分かんねえのかよ」
コイツ、サイコパスだと思ってたけどマジもんのサイコパスだ。そりゃあ、人間の姿になれるわけがない。共感性が死んでいる。
考えただけ偉いのか?でも、考えてもみれば、今までずっと自分が正しいと信じて止まなかった奴が自分の落ち度を認めるだけ凄いか。
「い、いいよ!大丈夫!ちょっとスケジュールが厳しかったけど…もう繰り返さないもんね?」
「そっか、スケジュールの問題だったんだね。肝に銘じるよ」
慌てたようにキティが差し込んだ助け船に、エドヴィンは真剣な顔をして頷く。本当に分かっていなかったようだ。逆にすげえ。
「それと、ハルも…鎮静剤を二本も打ち込んでしまった。特に二本目は加減しなかった。ハルじゃなかったら、あんな短時間で起きて来るなんて絶対出来なかったと思う。本当にごめんね、生きててよかった」
「ちょっと待て」
生きてて良かったってなんだ、その情報は俺も知らねえぞ。リセット前にあれだけ気持ちだけでも耐え抜くコツを持ち込んだつもりだったのに、それでも意識が吹っ飛んで正直自分が情けねえと思ったが、そんなヤバいもの打ち込まれてたのか。
エドヴィンはそれでも至って真剣な顔で小さく頷いた。
「うん、数時間でハルが起きてきたって聞いた時は不思議だった」
本当に悪いと思ってんのかコイツ。
「おい、やっぱりコイツ叩き出そうぜ」
「まあまあ…!ハルくん、そんなこと言わないで…」
正気を疑っている横で、キティも珍しく苦笑いしている。それでも、謝罪は受け入れるようだ。
「ち、鎮静剤って何があったのかな…?私、そこの話は何も知らないんだけど…」
「ハルがキティの担当をしたいって言ってたんだ。それで口論になって、ハルに鎮静剤を打ち込んでしまった。俺が自分の顔の皮を剥いでいた間、ハルはずっと気絶してたんだ」
「えええ…」
キティは笑顔のままだが、顔が青ざめていく。俺とエドヴィンを交互に見てから、少し悩むように首を斜めにした。
「それは…やりすぎだったかもしれないね…?ハルくんが強くてよかった…」
「本当だよ」
俺は片手に握っていたハンバーガーの残りを全て口に詰め込む。同情していたが、やっぱコイツ頭おかしかったわ。
「こんなことになって、施設内での立場が180度変わってしまった。みんなが俺を見限っていく中で、ハルとキティだけは今まで通りに接してくれる。本当に救われた、ありがとう」
動揺が広がる空気の中で出たエドヴィンからの思わぬ感謝の言葉に、キティと俺は顔を見合わせる。
言葉に嘘があるようには思えない。頭おかしいなりに、一応はきちんと感謝しているんだろう。マジで外に叩き出してやろうと思っていたが、そういう空気でもなくなってしまった。俺は深い溜息を吐く。
「そう思うんだったら、俺とキティに迷惑かけんな」
「人が嫌がらないことだったら、エドはエドのままで私はいいと思うよ。今回はちょっとやりすぎちゃったけど…次からは話を聞いてくれれば、それでもう繰り返さないで済むんじゃないかな?」
続くキティの言葉に、エドヴィンは驚いたように目を見開いてから、嬉しそうに笑った。
今までの胡散臭い笑顔ではなく、それこそ満面の笑顔だった。顔に張り付いた蛾たちの羽の色が鮮やかな赤になる。
「ありがとう…!二人とも凄く優しいね」
25年以上仕方なくとは言え、ずっと一緒に看守として働いてきているが、こんなに明るいトーンの声は初めて聞く。それだけ何か琴線に触れたのだろうか。
ん?コイツの羽の色って何で変化するんだ?まさか、頬の昂揚とかじゃねえだろうな。キティに今ので惚れたとか言われたら、たまったもんじゃねえぞ。
「おい、キティに変な気を起こすなよ。担当として忠告する」
担当じゃなくても忠告するが、今現在は正式にキティと付き合っていない以上、これ以外の釘の差し方は浮かばない。
エドヴィンは俺に振り返ると、不思議そうに首を傾げた。
「キティに?俺は二人のこと、同じだけ好きだよ」
「は?」
「ハルも大事な人だ。これからも三人で仲良くやっていこう。ね、キティ?」
思わず聞き返すが、エドヴィンがキティに微笑むと、キティにニッコリと笑った。
「ねー!」
ほのぼのとした空間がちゃっかりと出来上がっているが…まさか、そういう意味じゃないよな?友情ってことだよな?友情を築いた覚えもねえけど。
何事もないことを祈りながら、俺は二人が和やかにハンバーガーを完食する姿を見守った。
エドヴィンがキティに会いたいと言い出して、一か月が経った。キティの部屋を尋ねると、久しぶりにキティがパーカーを脱いで俺の前に飛び出してくる。
薄いオレンジの髪の毛はしっかりと手入れされ、水色の瞳が元気にきらきら輝いている。随分と久しぶりに見た気がする。別にどんな姿でもキティが存在してくれているだけで俺は嬉しいが、容姿も元に戻って元気になった姿は正直安心した。
「そんな変わんねーよ」
「ええー!複雑ぅー!!」
お決まりとなりつつあるやりとりをしながら、俺はキティの部屋にあるソファに腰を下ろす。彼女も俺が来たら飯を出すと決めているのだろう、キッチンへとそのまま小走りで入って行った。
部屋はすっかり元に戻り、散らかった衣類も食器もなければ、汚れた絨毯も新調されてピカピカだ。戻っていないとすれば、エドヴィンに折られたダリアくらいだろう。ダリアが植わっていた植木鉢は、今は空っぽだ。
エドヴィンが会いたがっている話をしたら、案の定キティは二つ返事で許可を出した。すぐに会っても良かったのだろうが、キティは顔を元に戻してからじゃないとエドヴィンが気にするだろうと、期間を空けることにしたのだ。
一か月の間、エドヴィンが受け持っていた怪物たちの中で、担当を彼に戻して欲しいという申し出は一件もなかったらしい。新しく担当した看守たちがエドヴィンの悪評でも広めたのか、今ではエドヴィンが担当する怪物は退化してしまうと噂になっている。
特別房の怪物が退化すれば殺処分が待っているなどとは、恐らくほとんどの者は知らないだろうに、それでも全員が保身に走ってエドヴィンに関わりたがらない。そんな状況が続けば、エドヴィンもますますロビーに出られるわけがなく、日がな牢獄エリアの仕事をするか、ボンヤリと待機所で休憩しているだけのエドヴィンを見ていると、さすがに気の毒になってきていた。
確かにエドヴィンの接し方が全部正しかったとは思わないし、俺もウザいとは思っていたが、エドヴィンが受け持ちの怪物たちに対して自分の価値観なりに大事にしていたのは知っている。実際に評価されていたから、長年この施設でカースト最上位をキープしていたのも事実だ。
それをここまで簡単に手のひら返しとは、薄情なもんだ。
「エド、ちゃんとご飯食べてるかな?もう呼んじゃう?」
「飯は何かしら食ってんじゃねえの。どうせアイツいつでも暇してんだろ。お前のタイミングいいなら呼び出す」
「えっ、じゃあエドの分のご飯も作っちゃう!ハンバーガーだから、すぐ出来るよ!」
キティはそう言うと、相変わらず筋肉のない腕で力こぶを作る。こういう人のいいところはキティの長所だが、エドに手料理を、というのはなんだか癪だ。
「いらねーよ、エドの飯ならその辺で買ってこさせりゃいいだろ」
「やだー!ハルくんの分も作ってあるんだよ?作るー!」
俺が止めても止まらないことは何となくわかってはいたが、キティは楽しそうに笑いながらキッチンで料理を始めた。こんなに楽しそうなら、さすがに無理強いは野暮だ。
エドの分が出来るまで俺はソファでホログラムをいじる。キティの部屋のカメラも、彼女が席を外している間に手を加えた。これで不正アクセスもそうバレないだろう。
上層部のデータは相変わらずセキュリティが固くて入れない。エラーを出していいのであれば、無理矢理こじ開ける方法は分かったのだが…エラーを出せば人間にバレる。進歩しているようで、まだ先には進めない。
15分もせずにエドヴィンの分のハンバーガーが焼き上がり、それを皿に乗せてキティが俺の元へと寄って来た。
「出来たよー!エド呼んでー!」
「わかった」
ホログラムを開き、俺の簡素な連絡先一覧を開く。一覧にあるのはエドヴィンとキティが看守の時に持っていた使えないIDだけだ。何故かたまにヌッラから一方的に着信がある時があるが、登録はしていない。
エドヴィンを選んでコールすると、いつもは出るまでに時間がかかるはずのエドヴィンが珍しくすぐに応答した。
「ハル?どうしたの?」
「キティが来いってよ」
「顔、元に戻ったんだね。良かった。すぐ行くね」
エドヴィンの声は心なしか少し明るい。そのまま通話を切ると、それから数分程度で部屋にノック音が響いた。
「エドだー!」
料理をテーブルに広げていたキティが玄関へと駆け寄り、ドアを開く。そこには相変わらず顔面に蛾を張り付けたエドが立っていた。彼の手には植木鉢に入ったダリアの苗。それはすでに蕾を付けるまでに育っている。
キティの見た目は戻ったが、エドヴィンの姿は結局まだ戻っていない。今の状況じゃ、戻る方が無理があるか。
「お待たせ。呼んでくれてありがとう」
「私こそお待たせしちゃってごめんね!今は凄く元気!エドの分のご飯も作ったから、みんなで食べよー!」
キティがエドヴィンを部屋に招き入れると、嬉しそうな表情は見せるものの、申し訳なさはまだ残っているようで、彼は遠慮がちに足を踏み入れた。
「これ、前にキティが育てていたものと同じ色のダリアなんだけど…俺はちゃんと植物を育てたことがないから、きちんと花をつけられるか分からない。ごめんね」
「えー!凄い立派だよ!ありがとう!」
エドヴィンに差し出された苗を受け取り、キティがニコニコと笑った。ここ一か月ずっとエドヴィンが暇を持て余していた時間の間に育てていたとは、俺も知らなかった。
受け取った苗を空っぽの植木鉢の隣に優しく置くと、キティがソファをエドヴィンに手で指す。
「座って座って!あ、ハルくんもエドも身体大きいから三人で座るの難しいね…?ドレッサーの椅子持ってくる!」
それなら俺が持ってきてやると言いたいところだが、席順を考えると俺はソファから動きたくない。エドヴィンをドレッサーの椅子に座らせれば、キティの隣に俺が座ることになる。それが一番、平和的解決だ。
「いいよ、俺がやる」
「そうだぞ、やらせとけ」
幸運なことにエドヴィンが自ら立候補してくれたので、俺はソファに座ったままそれを促す。エドヴィンがドレッサーの椅子を持ってソファの正面に座り、俺の隣にちょこんとキティが座った。
「ありがとう!みんなでいただきますしよっか!」
キティに促され、各々でハンバーガーに口を付ける。俺用に出てきたハンバーガーは相変わらずわざとラップをかけて時間を置いたのか、湿気でびしょびしょになったバンズが美味い。さすが分かっている。
俺とキティがハンバーガーを頬張っている目の前で、エドヴィンは一口だけ租借してから考え込むように下を向く。
「…改めてなんだけど、二人に謝りたくて」
口元に薄っすらと笑みは浮かべているが、明らかに作り笑いなのは深刻な声色で分かる。彼は言葉を噛みしめるように、ゆっくりと続けた。
「キティのカリキュラムに関しては…正直、すごく考えたんだけど、俺にはどこが悪かったのかまだ分からないんだ。それでも、あんな姿にしてしまったということは、俺に落ち度があったことは明確だ。本当に申し訳なかった」
「マジかよ、一か月も考えて分かんねえのかよ」
コイツ、サイコパスだと思ってたけどマジもんのサイコパスだ。そりゃあ、人間の姿になれるわけがない。共感性が死んでいる。
考えただけ偉いのか?でも、考えてもみれば、今までずっと自分が正しいと信じて止まなかった奴が自分の落ち度を認めるだけ凄いか。
「い、いいよ!大丈夫!ちょっとスケジュールが厳しかったけど…もう繰り返さないもんね?」
「そっか、スケジュールの問題だったんだね。肝に銘じるよ」
慌てたようにキティが差し込んだ助け船に、エドヴィンは真剣な顔をして頷く。本当に分かっていなかったようだ。逆にすげえ。
「それと、ハルも…鎮静剤を二本も打ち込んでしまった。特に二本目は加減しなかった。ハルじゃなかったら、あんな短時間で起きて来るなんて絶対出来なかったと思う。本当にごめんね、生きててよかった」
「ちょっと待て」
生きてて良かったってなんだ、その情報は俺も知らねえぞ。リセット前にあれだけ気持ちだけでも耐え抜くコツを持ち込んだつもりだったのに、それでも意識が吹っ飛んで正直自分が情けねえと思ったが、そんなヤバいもの打ち込まれてたのか。
エドヴィンはそれでも至って真剣な顔で小さく頷いた。
「うん、数時間でハルが起きてきたって聞いた時は不思議だった」
本当に悪いと思ってんのかコイツ。
「おい、やっぱりコイツ叩き出そうぜ」
「まあまあ…!ハルくん、そんなこと言わないで…」
正気を疑っている横で、キティも珍しく苦笑いしている。それでも、謝罪は受け入れるようだ。
「ち、鎮静剤って何があったのかな…?私、そこの話は何も知らないんだけど…」
「ハルがキティの担当をしたいって言ってたんだ。それで口論になって、ハルに鎮静剤を打ち込んでしまった。俺が自分の顔の皮を剥いでいた間、ハルはずっと気絶してたんだ」
「えええ…」
キティは笑顔のままだが、顔が青ざめていく。俺とエドヴィンを交互に見てから、少し悩むように首を斜めにした。
「それは…やりすぎだったかもしれないね…?ハルくんが強くてよかった…」
「本当だよ」
俺は片手に握っていたハンバーガーの残りを全て口に詰め込む。同情していたが、やっぱコイツ頭おかしかったわ。
「こんなことになって、施設内での立場が180度変わってしまった。みんなが俺を見限っていく中で、ハルとキティだけは今まで通りに接してくれる。本当に救われた、ありがとう」
動揺が広がる空気の中で出たエドヴィンからの思わぬ感謝の言葉に、キティと俺は顔を見合わせる。
言葉に嘘があるようには思えない。頭おかしいなりに、一応はきちんと感謝しているんだろう。マジで外に叩き出してやろうと思っていたが、そういう空気でもなくなってしまった。俺は深い溜息を吐く。
「そう思うんだったら、俺とキティに迷惑かけんな」
「人が嫌がらないことだったら、エドはエドのままで私はいいと思うよ。今回はちょっとやりすぎちゃったけど…次からは話を聞いてくれれば、それでもう繰り返さないで済むんじゃないかな?」
続くキティの言葉に、エドヴィンは驚いたように目を見開いてから、嬉しそうに笑った。
今までの胡散臭い笑顔ではなく、それこそ満面の笑顔だった。顔に張り付いた蛾たちの羽の色が鮮やかな赤になる。
「ありがとう…!二人とも凄く優しいね」
25年以上仕方なくとは言え、ずっと一緒に看守として働いてきているが、こんなに明るいトーンの声は初めて聞く。それだけ何か琴線に触れたのだろうか。
ん?コイツの羽の色って何で変化するんだ?まさか、頬の昂揚とかじゃねえだろうな。キティに今ので惚れたとか言われたら、たまったもんじゃねえぞ。
「おい、キティに変な気を起こすなよ。担当として忠告する」
担当じゃなくても忠告するが、今現在は正式にキティと付き合っていない以上、これ以外の釘の差し方は浮かばない。
エドヴィンは俺に振り返ると、不思議そうに首を傾げた。
「キティに?俺は二人のこと、同じだけ好きだよ」
「は?」
「ハルも大事な人だ。これからも三人で仲良くやっていこう。ね、キティ?」
思わず聞き返すが、エドヴィンがキティに微笑むと、キティにニッコリと笑った。
「ねー!」
ほのぼのとした空間がちゃっかりと出来上がっているが…まさか、そういう意味じゃないよな?友情ってことだよな?友情を築いた覚えもねえけど。
何事もないことを祈りながら、俺は二人が和やかにハンバーガーを完食する姿を見守った。
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