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第一部【1章】望んだ隔絶と侵入者
05. 憤懣
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キティが檻に移ってから一週間が経った。俺はキティの身体を踏みつけ、踵で腹をギリギリと押しつぶしていた。
キティが痛そうな呻き声を上げる。小さな手足で俺の靴に手を沿え、控え目に押し返そうとするのを振り払って蹴り飛ばした。
キティはまるでボールのように壁までゴロゴロと転がると、その場にぐったりと身体を横たえる。様子を見に来ると約束した日から、このサッカーは毎日続いていた。
「なあー念願のお喋りタイムは楽しいか?」
ぐったりしているキティをつま先でつつく。異様なスピードで進化したとはいえまだまだ小せえし弱い。殺さねえように加減はしなきゃならない。
「うー…」
よたよたと起き上がるキティは俺を見上げる。その真っ黒な目が何を考えているのか、表情は読めなかった。
「キティはお話したいのに、ハルあんまり喋ってくれない…」
「テメェの話が面白くねえからだろ、文句あんのか?」
キティの顔のすぐ横を目掛けて鞭を振り下ろすと、牢内にバチンと耳障りの良い音が響く。キティは小さな目をつぶって身体を竦めたが、それでも逃げ出したりはしなかった。
「お話、面白くない?エドからいっぱい本借りたから、お勉強したんだけど…ハルはどういうお話が好き?童話とかのお話聞いても面白くない?」
これだけ危害を加えてなお、コイツはまだ話すのを諦めていないようだった。俺が巡回に来るたびに俺の名前を呼ぶし、どれだけ殴っても諦めない。
思ってた反応と違う。三日も虐待すれば、すぐに音を上げて怯えると思っていた。その様子を見ていると、なんだか腹の中がムズムズして気持ち悪かった。
どんなに色んな反応があろうと、虐待の末にたどり着く結末はみんな同じだ。俺はその過程を楽しみたかっただけ。だけど、その結末がブレるのは、なんか違うような気がした。
「俺は空想の物語にも他人の体験談にも興味ねえんだよ。なあ、俺の言ってることわかるかあ?」
そう言いながら俺は屈んでボロ雑巾みたいなキティの目の前に手を差し出す。キティはそれを見つめてから一度俺の顔を見上げ、それから俺の手を掴もうと手を伸ばした。
「バァカ」
キティの手をかわすように手を逸らしそのまま間抜けな横っ面を強く叩く。弱っていて身体のバランスが取りずらいのだろうが、それだけでキティは横に転がるように吹き飛んだ。
「…キティは…ハルのお話ききたい」
横に転がったまま、弱々しくキティが呟いた。起き上がる力はもう残っていないのか、そのまま動かない。
「お前みたいなチビのブスネズミに話す事なんかねえよ。そんな小せえ頭じゃ到底理解できねえ」
「がんばるよ…」
何ががんばるだ。頑張って何でもかんでも願いが叶うと思うなよ。あれしたいだの、これしたいだの、簡単に望みやがって胸糞わりぃ。
望みなんか何も叶いやしない。夢を見るだけ無駄だ。ここはそういう地獄だ。コイツにはまだそれが理解出来ていないんだろう。なら、教えてやるしかない。
ベルトに下げたスタンガンを手に取る。死ぬんじゃねえかと思ってキティにはまだ使ったことがなかったが、こんだけ毎日サッカーしてやっても喋りたがる元気があるくらいだ。案外、丈夫なんだろう。
キティの目の前でスタンガンの電流を見せてやる。豆粒みてえな黒目に青白い光がチカチカと反射した。
「電流だよ。わかるかぁ?」
キティはただ黙って電流を見つめていた。バチバチと光るそれに恐怖する様子もなく、静かに目に映している。もしかしたらまだ怖さが分かっていないだけなのかもしれないし、考えることをやめたのかもしれない。
その反応に、何故だか少し安堵する自分がいたのを気付かなかったことにした。
「一回試さねえとわかんねえか」
怪物は皆、無知からのスタートだ。殴られる痛みは知ってても、電気の痛みを知らないやつは今までも何人も見てきた。だが、一度味わえば大概忘れられない恐怖を植え付けてくれるものだ。
腹を出して横たわってるキティにスタンガンを押し当てる。ショック死しないように一瞬だけ触れさせた。
「ひっ…!」
流れる鋭い電流にキティは甲高い悲鳴をあげてビクビクと身体を激しく痙攣させると、いよいよ動かなくなった。一応呼吸はしているらしく、腹が細かく上下している。押し当てた皮膚は赤く腫れあがり、火傷のように皮膚がただれる。毛が生えていないから、直に熱が伝導したのだろう。一瞬だけにしておいて正解だった。
このまま放置したって死にはしないだろう。昼の間はずっと寝ててくれた方が助かる。下手に喋られると調子が狂う。
暴力を振るうのは楽だ。振るわれるのはたまったものじゃないが、振るう側は脳みそを使わないで相手を黙らせることが出来る。俺が今の立場にいる限りは、それほど便利な行為はない。
「よえーでやんの」
「がっつり当ててたら死んでたかもなあ」
「ホント馬鹿だよなあ」
身体中の口が好き勝手に喋って笑う。俺はキティの牢から出て、扉を施錠すると他の怪物の様子を見に巡回に出た。キティの惨状を目の当たりにしているせいか、周囲の怪物たちが前より一層、俺を見て怯えるようになった。
誰も話しかけてきたりしない。話しかけたが運の尽きだと思っているんだろう。それぐらいで丁度いい。
一通り、目につく怪物に躾を入れて待機所に戻ろうとすると、待機所のすぐ傍の檻に肌色の物体が倒れているのが目に入った。キティの檻の位置だが、いつもと様子が違う。
人間のような四肢のついた生き物。細くて長い手足、横たえた身体には長い薄オレンジの髪の毛が掛かっており、それでも余る長い髪は床に流れ落ちていた。頭にはネズミの耳のような丸い物体と、尻からは同じ色をした細長い尻尾が生えている。
もしかして、もう成長したのか?まだ檻に入れて一週間だ。
意外なタイミングだったとはいえ鍵を開けなければ出入りできるわけがない檻の中。成長した以外にありえないし、珍しいとは言え、今までに全くなかった現象でもない。
「んだよ、変わんなら夜にしけよな」
面倒な仕事が増えたとブツブツ文句を言いながら、確認のために俺はキティの檻の中に入った。
「おい、起きろ」
「うー…」
警棒でキティと思われる女の頭をつつくと、女がうめく。声がまんまキティだ。本当に進化したのだろう。
さっきの電流のダメージが残っているのか、まだ目覚める気配はない。彼女が寝がえりを打つように動くと、服の代わりに身体を隠していた長い髪の毛がサラサラと床へ落ちていく。
長い睫毛に小さな口元、ツンと尖った鼻。肌の色は白くて薄桃色をしていて、ネズミの時にしわしわが嘘だったようにハリのある肌になっている。
なんなら胸がでけえ。嫌でも目に入る。エドヴィンがリボンなんか巻いてしまったせいで、全裸なのに首元にだけピンク色のリボンが巻いてある。やりずれえ。
「はあ…起きろってのウスノロ」
でかいため息を一つ吐いてキティの髪をつかんで強めに引っ張った。
めんどくさいがここまで人に近しく成長してしまった怪物は別の場所に送らねばならないし、それを手配し連れて行くのも看守の仕事だ。
髪を鷲掴みにされた痛みでか、キティがうっすらと目を開ける。黒目がちで大きなその水色の瞳は俺の姿を映すと、気の抜けた笑顔を浮かべた。
「ハル、おはよ~」
キティが痛そうな呻き声を上げる。小さな手足で俺の靴に手を沿え、控え目に押し返そうとするのを振り払って蹴り飛ばした。
キティはまるでボールのように壁までゴロゴロと転がると、その場にぐったりと身体を横たえる。様子を見に来ると約束した日から、このサッカーは毎日続いていた。
「なあー念願のお喋りタイムは楽しいか?」
ぐったりしているキティをつま先でつつく。異様なスピードで進化したとはいえまだまだ小せえし弱い。殺さねえように加減はしなきゃならない。
「うー…」
よたよたと起き上がるキティは俺を見上げる。その真っ黒な目が何を考えているのか、表情は読めなかった。
「キティはお話したいのに、ハルあんまり喋ってくれない…」
「テメェの話が面白くねえからだろ、文句あんのか?」
キティの顔のすぐ横を目掛けて鞭を振り下ろすと、牢内にバチンと耳障りの良い音が響く。キティは小さな目をつぶって身体を竦めたが、それでも逃げ出したりはしなかった。
「お話、面白くない?エドからいっぱい本借りたから、お勉強したんだけど…ハルはどういうお話が好き?童話とかのお話聞いても面白くない?」
これだけ危害を加えてなお、コイツはまだ話すのを諦めていないようだった。俺が巡回に来るたびに俺の名前を呼ぶし、どれだけ殴っても諦めない。
思ってた反応と違う。三日も虐待すれば、すぐに音を上げて怯えると思っていた。その様子を見ていると、なんだか腹の中がムズムズして気持ち悪かった。
どんなに色んな反応があろうと、虐待の末にたどり着く結末はみんな同じだ。俺はその過程を楽しみたかっただけ。だけど、その結末がブレるのは、なんか違うような気がした。
「俺は空想の物語にも他人の体験談にも興味ねえんだよ。なあ、俺の言ってることわかるかあ?」
そう言いながら俺は屈んでボロ雑巾みたいなキティの目の前に手を差し出す。キティはそれを見つめてから一度俺の顔を見上げ、それから俺の手を掴もうと手を伸ばした。
「バァカ」
キティの手をかわすように手を逸らしそのまま間抜けな横っ面を強く叩く。弱っていて身体のバランスが取りずらいのだろうが、それだけでキティは横に転がるように吹き飛んだ。
「…キティは…ハルのお話ききたい」
横に転がったまま、弱々しくキティが呟いた。起き上がる力はもう残っていないのか、そのまま動かない。
「お前みたいなチビのブスネズミに話す事なんかねえよ。そんな小せえ頭じゃ到底理解できねえ」
「がんばるよ…」
何ががんばるだ。頑張って何でもかんでも願いが叶うと思うなよ。あれしたいだの、これしたいだの、簡単に望みやがって胸糞わりぃ。
望みなんか何も叶いやしない。夢を見るだけ無駄だ。ここはそういう地獄だ。コイツにはまだそれが理解出来ていないんだろう。なら、教えてやるしかない。
ベルトに下げたスタンガンを手に取る。死ぬんじゃねえかと思ってキティにはまだ使ったことがなかったが、こんだけ毎日サッカーしてやっても喋りたがる元気があるくらいだ。案外、丈夫なんだろう。
キティの目の前でスタンガンの電流を見せてやる。豆粒みてえな黒目に青白い光がチカチカと反射した。
「電流だよ。わかるかぁ?」
キティはただ黙って電流を見つめていた。バチバチと光るそれに恐怖する様子もなく、静かに目に映している。もしかしたらまだ怖さが分かっていないだけなのかもしれないし、考えることをやめたのかもしれない。
その反応に、何故だか少し安堵する自分がいたのを気付かなかったことにした。
「一回試さねえとわかんねえか」
怪物は皆、無知からのスタートだ。殴られる痛みは知ってても、電気の痛みを知らないやつは今までも何人も見てきた。だが、一度味わえば大概忘れられない恐怖を植え付けてくれるものだ。
腹を出して横たわってるキティにスタンガンを押し当てる。ショック死しないように一瞬だけ触れさせた。
「ひっ…!」
流れる鋭い電流にキティは甲高い悲鳴をあげてビクビクと身体を激しく痙攣させると、いよいよ動かなくなった。一応呼吸はしているらしく、腹が細かく上下している。押し当てた皮膚は赤く腫れあがり、火傷のように皮膚がただれる。毛が生えていないから、直に熱が伝導したのだろう。一瞬だけにしておいて正解だった。
このまま放置したって死にはしないだろう。昼の間はずっと寝ててくれた方が助かる。下手に喋られると調子が狂う。
暴力を振るうのは楽だ。振るわれるのはたまったものじゃないが、振るう側は脳みそを使わないで相手を黙らせることが出来る。俺が今の立場にいる限りは、それほど便利な行為はない。
「よえーでやんの」
「がっつり当ててたら死んでたかもなあ」
「ホント馬鹿だよなあ」
身体中の口が好き勝手に喋って笑う。俺はキティの牢から出て、扉を施錠すると他の怪物の様子を見に巡回に出た。キティの惨状を目の当たりにしているせいか、周囲の怪物たちが前より一層、俺を見て怯えるようになった。
誰も話しかけてきたりしない。話しかけたが運の尽きだと思っているんだろう。それぐらいで丁度いい。
一通り、目につく怪物に躾を入れて待機所に戻ろうとすると、待機所のすぐ傍の檻に肌色の物体が倒れているのが目に入った。キティの檻の位置だが、いつもと様子が違う。
人間のような四肢のついた生き物。細くて長い手足、横たえた身体には長い薄オレンジの髪の毛が掛かっており、それでも余る長い髪は床に流れ落ちていた。頭にはネズミの耳のような丸い物体と、尻からは同じ色をした細長い尻尾が生えている。
もしかして、もう成長したのか?まだ檻に入れて一週間だ。
意外なタイミングだったとはいえ鍵を開けなければ出入りできるわけがない檻の中。成長した以外にありえないし、珍しいとは言え、今までに全くなかった現象でもない。
「んだよ、変わんなら夜にしけよな」
面倒な仕事が増えたとブツブツ文句を言いながら、確認のために俺はキティの檻の中に入った。
「おい、起きろ」
「うー…」
警棒でキティと思われる女の頭をつつくと、女がうめく。声がまんまキティだ。本当に進化したのだろう。
さっきの電流のダメージが残っているのか、まだ目覚める気配はない。彼女が寝がえりを打つように動くと、服の代わりに身体を隠していた長い髪の毛がサラサラと床へ落ちていく。
長い睫毛に小さな口元、ツンと尖った鼻。肌の色は白くて薄桃色をしていて、ネズミの時にしわしわが嘘だったようにハリのある肌になっている。
なんなら胸がでけえ。嫌でも目に入る。エドヴィンがリボンなんか巻いてしまったせいで、全裸なのに首元にだけピンク色のリボンが巻いてある。やりずれえ。
「はあ…起きろってのウスノロ」
でかいため息を一つ吐いてキティの髪をつかんで強めに引っ張った。
めんどくさいがここまで人に近しく成長してしまった怪物は別の場所に送らねばならないし、それを手配し連れて行くのも看守の仕事だ。
髪を鷲掴みにされた痛みでか、キティがうっすらと目を開ける。黒目がちで大きなその水色の瞳は俺の姿を映すと、気の抜けた笑顔を浮かべた。
「ハル、おはよ~」
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