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第2章

46.独断専行

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「まったく、いつまで待たせるつもりか!」

 グラバル王国王城の1室、応接室としても使用される部屋で、エリアス王国外務卿のマルコ・バーナルドはイライラを爆発させていた。
 それもそのはず、彼がこの部屋に通されてから既に1時間以上が経過していたのだ。
 最初のうちはどのような言葉で相手を責め立ててやろうと考えていたが、いい加減頭にきていた。

「確かに遅すぎますね……マルコ様、私が抗議してきましょうか?」

 バーナルドの隣に座るルッツ・ロンド伯爵が口を開いた。彼はバーナルドの甥であり、いつもバーナルドと行動をともにしていた。

「いや、いい。その分、この怒りを相手に言葉でぶつけてくれるわっ!」

「バーナルド様、くれぐれも目的をお忘れにならぬよう……」

 息を巻くバーナルドを窘めるように、第3軍団長のゴード・ライドルムは忠告した。

「将軍、私は外務卿だぞ? そのようなヘマを犯すわけがなかろう、ハッハッハ」

「そうですよ。マルコ様に限ってそのようなことはありませんよ、ライドルム様」

 先ほどまでの怒りはどこへやらといった顔で、バーナルドは笑い飛ばした。
 どうやら外務卿という地位についてるのは虚仮ではなく、簡単に顔を使い分けられるようだった。ライドルムは、そんな2人の様子を見てやれやれと嘆息した。

「――失礼する」

 2人のグラバル王国人がノックもせずに突然入ってきた。
 その礼を欠く態度に、バーナルドやルッツだけでなく、ライドルムも眉を顰めた。

「グラバル王国外務担当のグレン・アラスターだ。こっちは副官のリーザ・レオノーラだ」

 どかっとバーナルドの向かいのソファに腰を下ろした男は、遅れたことを詫びるでもなく簡単な自己紹介をすませた。副官のレオノーラという女も、頭を下げることもなく隣に座った。
 その失礼極まりない行為に、バーナルドは怒りを通り越して呆れと疑問が湧いてくる。

「……エリアス王国外務卿のマルコ・バーナルドだ。貴国の外務卿はオット・ルベルナー殿だったと記憶しているが……失礼だが貴殿の爵位は?」

「ルベルナー様は多忙のため、今回の話し合いは私に一任されている。爵位は伯爵だ。ちなみに彼女は子爵だ」

「多忙だと……? それに、伯爵に子爵……?」

 もはやわざと自分達を怒らせようとしているのかとバーナルドは思ったが、よく考えればそうする意味がない。つまり、彼らは『素』でそうなのだと理解した。

「何か問題が?」

「問題? 私はエリアス王国の外務卿で公爵だぞ? それで問題ではないと言うのかっ!」

「ふんっ、それは貴国の問題だろう。我らとしては、伯爵である私が貴殿と話し合うことに何の問題もないと考えているのだ。私だって忙しい身なのだ。本来なら彼女1人で応対してほしいところだったがね、何分経験が少ないので私が面倒を見ているのだ」

 悪びれる様子もなく、なんなら少し苛立った様子で話すアラスターに、バーナルドは怒りを露わにした。

「我が国の問題だと!? ふざけるなッ!! 貴様らグラバル王国が我が国に攻め込んだのが問題なのだろうが! なぜ我々がこんなところまで来たと思っている!? 貴様らが謝罪したいと言ったからではないか!!」

「ふむ、まずはそこから訂正させてもらうとしようか」

 怒るバーナルドとは対照的に、アラスターは動じることなく話を続ける。

「訂正? 何を訂正するというのだッ!」

「我々グラバル王国が貴国に攻め入ったという部分だ」

「……それの何が間違いだというのだ? まさか、この期に及んであの軍がグラバル王国軍ではないとか抜かすなよ」

「グラバル王国の軍であることは間違いない。間違いではないが……我が国の意向ではない」

「なに?」

 アラスターの言っている意味がバーナルドにはよくわからなかった。だが、その後ろに立っているライドルムは、それが何を言わんとしているかを理解し、顔を顰めた。

「つまり、今回の貴国への武力行為は彼らの『独断専行』ということだ」

「独断専行だと……」

「ああ、奴ら第3軍団を纏めるボルゴ・ドルファスという男がいたのだがな……この男が非常に狡猾で厄介な男だったようだ。貴国の要所であるクレデール砦を落とし、それをに地位と名誉を手に入れようと画策したようだ」

「……つまり、その男が勝手にすべてやったことだと? 貴様はそう言ってるのか?」

「事実としてそうなる」

「ふざけるなッ!!!」

 バーナルドは、テーブルを叩いて怒鳴り散らす。
 要するに、アラスターは国の指示ではなく、ボルゴという欲に溺れた男が勝手に暴走したと言っているのだ。
 それは、責任を逃れようとする苦しい言い訳にしか、彼には思えなかった。

「そんな馬鹿げた話を信じろとでも言うのかっ! もしそれが事実だったとしても、貴様らの軍の管理が甘かっただけではないか! そんな寝言、我が国以外でも通用するわけがなかろう!」

「別に責任逃れをするつもりではない。ただ、貴殿の言うように、我が国が貴国を攻め入ったという部分を訂正しただけだ。つまり、これは『戦争ではない』と私は言ってるのだよ」

「そんな世迷い事――」

「信じろ、といっても無理があるだろう。それについては重々承知しているし、管理が甘かったという貴殿の指摘も受け入れよう。その点については謝罪する」

「――っ」

 そう言うと、アラスターとリーザは頭を下げた。

「そ、そのような謝罪程度で済ませるつもりじゃ――」

「無論、それで終わらすつもりはない。我らグラバル王国は貴国と争うつもりなどないということを証明しよう」

「証明? ……どう証明するのだ」

「今回のことについて、正式に賠償しよう。それに、貴国は恐らく捕虜の交渉をしようと考えているだろう? その者達は、我らからしても国の方針を違える『反逆者』だ。たとえ、軍団長であるボルゴに騙されていたとしてもな。だから、そちらでしてくれて構わない」

「な!?」

 通常、捕虜となったものは交渉の末、金と引き換えに返還されることが多い。だが、アラスターはそれを拒否し、なんならしろと言っているのだ。
 国の財産となる兵士を簡単に切り捨て、賠償まですると言うその内容は、バーナルドとしても簡単に一蹴できるものではなかった。

「もう1度言うが、我らは貴国と争うつもりはない。そして、貴国が我らを簡単に信じられないことも理解している。だから、我が国は貴国にと最大限配慮すると言っているのだ」

 偉そうな態度は相変わらずだが、言ってる内容は予想外のものであった。
 今回の件について、国王からはバーナルドにある程度任されている。彼は頭をフル回転させて、どうオチを付ければいいか考えた。

「……そこまで言うのであれば、その気持ちは数字に表れるのであろうな?」

 バーナルドの出した答えに、

「ああ、もちろんだ」

 アラスターはこの日初めて笑顔を見せるのだった。


 ◆◇◆


「交渉、お疲れ様でした、アラスター様」

「なに、大したことではない。所詮は弱小国家の馬鹿どもだ。リーザも勉強になっただろう」

「はい。ですが、あんな巨額の賠償金よろしいのですか?」

 それは、バーナルドが要求しようとした額よりも高いものであった。

「構わんさ。オット様も承知していることだ。それに――」

 アラスターが窓から外を見下ろすと、ちょうどバーナルド達を乗せた馬車が走り出すところだった。

「征服してしまえば取り戻せる話だろう?」
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