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第2章

34.新たなサバゲーマー

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「ふぅー、暑いなぁ」

 季節は春を過ぎ、少しずつ汗ばむ日が出てきたゴールデンウイークに、水瀬莉奈みなせりなは友人と一緒にサバゲーに参加していた。
 始めることとなったきっかけは、友人が兄妹でやっており、そこに誘われる形でなんとなしに参加したことだった。エアガンの年齢制限やフィールド参加資格という基準もあり、女子高校生という属性はとても珍しく、周りも優しく接してくれていたため次第に楽しさを感じていった。

 彼女の愛用するエンペラーモデル製のM24 SWSというエアガンは、コッキングタイプの狙撃銃スナイパーライフルで、10禁銃と呼ばれる「10歳以上」を対象としたものだった。
 10禁銃にも電動のものはあるのだが、莉奈はあえてこのスナイパーライフルにロマンを感じて使い続けていた。

 そう、それはある人物の言葉がキッカケだった――。

「おっすー、リナー。今日も暑いよねぇ」

「ねぇー。でもまだこれくらいの時期ならいいけど、夏場はキツそうだなぁ」

 莉奈は、自分をサバゲーに誘った友人のユミとゲームが再開するまでの時間を潰す。最初こそ「なんで自分をサバゲーに?」と疑問に思ったものだが、結果としてプレイするキッカケをくれた友人には感謝していた。

「今日もM24それ使うの? 好きだねぇ……」

 ユミがにやにやしながら莉奈に話を振る。
 これまで何度目かもわからないからかい文句に、莉奈も簡単にいなせるようになってきていた。

「はいはい、あんたの言いたいことはもうわかってるんだから」

「そっかそっか、でも残念だねぇ。ここ最近あの人――」

「――おい、アンタ! さっきしただろ!?」

『ゾンビ』とは、プレイ中に弾が当たったにも関わらず、そのままヒットを自己申告することなくプレイを継続することだ。このゾンビ行為は、どのフィールドでも許される行為ではない。

「あぁん?」

 指摘された男は悪びれることなく、

「別にしてないぞ? お前の気のせいじゃないか?」

「そ、そんなわけあるかっ! 当たった瞬間チラッと確認してたじゃないか! それに、その後もヒットさせたのに知らない振りをしただろ!!」

「いや? 記憶にないけど? あんたがそう言ってるだけで、別に何の証拠もないんだろ? おーい、誰かこいつが俺に当てたとこ見たやついるかー?」

 と、周りの参加者に呼びかけたのだった。

「うわぁ、またやってるよアイツ……。もうこれで何度目? いっつもトラブル起こしてるし、いい加減出禁にしてくれないかなぁー」

「確かにちょっとマナーよくないよね……」

「ほんとそれ、リナが気になってるあの人も前に絡まれてたしねー。あっ、こっち見てる……きもっ」

 男は確かに2人のほうを見ており、その視線に耐えられなくなった莉奈は思わず目を逸らした。

「あー、仲裁に入ってるけど、どうせならもう追い出して欲しいなぁ」

「ユミ、聞こえちゃうかもしれないし、もうやめときなよ」

「そだね、変に恨み買って追いかけ回されでもしたらたまったもんじゃないしねっ」

 莉奈が窘めると、ユミはあっけらかんとした顔で笑うのだった。

「――はーい、それじゃ集まってくださーい」

「あっ、次始まるよ! いこいこ!」

「はいはい」

 急かすユミに莉奈は苦笑いを浮かべ、M24を両手に抱えて、小走りに向かうのだった。


 ◆◇◆


「――あたっ!? うぅ、ヒットー!」

(やった!)

 スコープ越しに見えたBB弾は、決して真っすぐではない軌道を描きながらも、莉奈の狙った相手に正確にヒットした。
 周りの大人は電動ガンを使っている者が多く、莉奈はこうして隠れながら少し離れた位置から狙うことが多い。とはいっても10禁銃のため有効射程は短く、いつもは大抵当てる前にやられてしまうことのほうが多いのだが。

 ――ガサッ!

「――!?」

 草木を踏む音が聞こえ、慌ててそちらを見ると、

(あの人――!)

 そこにいたのは、ゾンビ行為を咎められていた男だった。

(バレてる! 逃げなきゃ!)

 莉奈は相手にバレた状態ではまともに戦えないと、その場から急いで移動しようとするが――、

「――チッ!」

 男の舌打ちが聞こえると同時に、何発ものBB弾が発射される音が聞こえた。
 だが、莉奈の運がいいのか男の腕が悪いのか、それらは1発も掠らずに地に還ることになるのだった。

「くそっ!」

 莉奈は必死に距離を取ろうと山の中を駆けるも、男も諦めることなく電動ガンを抱えて向かってくるのだった。
 だが、整備が行き届いた山ではないので足場も悪く、次第に距離は縮まり、

(このまま逃げててもやられる……! だったら――)

 莉奈は急停止して反転すると、男の胴体に目掛け引き金を引いた。

「あっ!?」

「あ、当たった!」

 まさかやられないだろうと高を括って10m程度の距離にまで近づいていた男は、自分の腹に当たって落ちるBB弾を見て、

「――このガキっ!!」

「――!? キャッ!?」

 顔を真っ赤にして激昂し、莉奈に向かって引き金を引いたのだった。
 男の持つ東京シカクイ製のM16から連続で発射されるBB弾は、近距離から莉奈に何発も当たり、

「――え?」

 よろめいた彼女は後ろに倒れそうになるが、そこに地面はなかった。

「きゃあああああぁぁぁ――っ!?」

 莉奈が最後に見た光景は、ゾンビ男の唖然とする顔だった。


 ◆◇◆


「う、うぅ……あれ、ここは……?」

 莉奈はぐわんぐわんと重い頭を起こし、辺りを見渡して状況を理解しようとする。
 周りには木々が生い茂り、人の気配はない。
 少しずつ記憶は回復していき――、

「――あ! 私、ゾンビ男にめった撃ちにされて……崖から落ちちゃったのかな?」

 莉奈はゾンビ男のせいで、崖から落ちたと思い込んでいた。
 だが、実際は……。

「とりあえず、まずはみんなと合流しないと。ユミ、心配してるかな。あのゾンビ男のことは報告しなきゃ!」

 莉奈は立ち上がり、歩き出す。どこへ向かえばいいのかわからずスマホを取り出すも、あいにく圏外で、電話もSNSもできそうにない。
「この山はスマホ使えたはずなんだけどな……」と、不思議に思いながらも、今はとりあえず歩くしかない。
 だが、しばらく歩いてから、莉奈はおかしいことに気付く。

「あれ……? 傾斜が全然ない? これって……山じゃなくて森?」

 そう、山の最大の特徴であるアップダウンがまったくなかったのだ。
 莉奈がサバゲーしていた場所は、個人が所有する山で、危険はあるも本格的に楽しめるところが好きだった。
 だが、どういうわけかここには平坦な道が続くだけで、彼女の知る場所とは違う。

「いったい、どういうこと? ここは……どこなの?」

 当然、莉奈の言葉に反応するものは誰もおらず、ただ草木が騒めくだけだった。目に映る風景は先ほどまでとは違い、なんだか不気味に見えてきて、少しずつ恐怖心が湧いてくる。

 ――ガサササッ!

「――っ!?」

 ビクンッと肩を震わせ、莉奈は恐る恐る後ろを振り返った。だが、そこには何もいない。

「お、脅かさないでよぉ……」

 ちょっと涙目になりながら、莉奈は情けない声を漏らした。
 ホラー映画やお化け屋敷などは大の苦手分野で、今の状況は彼女にとって、かなり精神的にクる状況といえた。

「さっさとこんなところから移動しなきゃ……それにしても、今気づいたけど重すぎない?」

 莉奈は手に持つM24をまじまじと見つめた。
 違和感はなんとなくあったが、歩き回って少し冷静になってきた今では、確実におかしいと思えた。
 ずっしりとした金属の重厚感を感じるのだ。

「……」

 莉奈は恐る恐る確認してみようとすると、

『グルルル……』

 すぐさま顔を上げると、いつの間にか林の中に大きな獣がいた。

「え――」

 莉奈は言葉を失う。
 4つ足だというのに高さは2m以上あり、どう見てもこの世のものとは思えない異様な出で立ちをしていた。

 ――逃げなければ。

 莉奈の頭の中には、ただその言葉だけが思い浮かび、

「――っ!」

 背を向けて走りだした。

(あっ、こういう時って背を向けちゃいけないんだっけ――)

 莉奈は、自分の選択が間違いだったかもしれないと後ろを振り返ろうとすると――、

「――かはっ!?」

 その瞬間、巨大な獣の鼻先でかち上げられた彼女は、吹き飛ばされて背中から木に激突した。突然の衝撃に、痛みよりも息ができなくなってしまう。
 次第に酸素が足りなくなった脳は悲鳴を上げ、意識が薄れてくる。

 ――タタタタタタッ!!

 遠くで何か大きな音が聞こえた気がした。
 すると、巨大な獣が倒れ、莉奈に向かって走ってくる人影が見える。

「――」

 その人物は何か言っているが、今の彼女には聞き取ることができない。

(あ……)

 莉奈は見覚えのある顔に安堵し、再び気を失ったのだった。
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