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第1章

31.最期の光景

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「いくら砦を奪われたからって、普通こんな敵兵がうじゃうじゃいるところにそんな人数で突っ込んでくるかぁ? お前らエリアス王国の人間はそれが普通なのかよ?」

(狙って来たわけじゃないんだよなぁ……)

 そう、偶然なのだ。明確に助ける意思を持って飛び込んできたわけではなく、不運なことに逃げ込んで行き着いた先がここだっただけなのだから。

「んで、こんだけの戦死者を出したんだ。どうなるかわかってんだろうな? 女子供だろうと、俺様は容赦しねぇぞッ!!」

 空気がビリビリとするようなボルゴの一喝に、フィーレやルティーナは身体をぶるりと震わせた。
 勇馬も普段なら彼女達と同じような反応をしてしまいそうだが、89式小銃を持っているおかげか、動じることはなかった。

「おい、なんとか言えよ。それともビビっちまって声も出ねぇのかぁ?」

「……悪いですけど、そんなことはさせません」

「あぁ?」

 挑発的なボルゴに対し、勇馬はキッと睨みつけた。

「お前がどうにかするってか? そういやお前だけなんだか変な格好してるな。その黒いものは杖か? にしちゃでけぇな。お前が魔法でこれだけの相手をしたのか? どうなんだ? ん?」

 ボルゴは矢継ぎ早に勇馬に質問を投げかけた。

「最後の質問だけ答えますと、俺がやりましたよ。だから、あなたもそうなりたくなかったら手を出さないことですね」

「はぁ……あのレオンとかいうやつといい、近頃のやつは口のきき方がなってねぇなぁ」

「っ――レオン兄様はどこだ!?」

 ボルゴの口から出た『レオン』という単語に、ティステは大きく反応を示した。

「あ? なんだお前、あいつの妹か? はっ、あいつならそりゃ拷問されてるに決まってるだろうが。捕まえた敵兵をいたぶらない馬鹿がどこにいるってんだよ? そんなに会いたきゃ、今すぐ首を切り落として持ってきてやろうか!? ハッハッハッ!」

「き、貴様――ッ!!」

「ティステさん!」

 ティステは、嘲るように嗤うボルゴを斬りかかろうとするも、勇馬に止められた。

「ダメです! こらえてください!」

「ユウマ様……しかし――!」

「おうおう、かかってこいよ! こちとら朝から窮屈な椅子に座って仕事してたから、ちょうど体を動かしたかったんだよ。この大剣で相手にしてやるから、ほらこいよ!!」

「くっ、この……! ユウマ様、あんなやつにいいようにはやられません! どうか!」

「だからダメですって! よく考えてください。あなたが勝てなかったレオンさんが負けたんですよ!? どう考えても相手をするべきじゃない!」

「う……」

 勇馬がティステとボルゴの力量の差を明確にすると、ティステは悔しそうに俯いてしまった。

「あ? なんだなんだ、せっかくお前の首を兄様に持ってってやろうと思ったんだがなぁ。実に残念だな。クックッ」

 なおも煽るボルゴに、勇馬もさすがに怒りが溜まっていく。

「――ねぇ」

 すると、勇馬の後ろにいたルティーナが、

「スミスとエミリは? 馬車に乗っていた2人はどうしたの?」

 と、ボルゴに向かって問い掛けた。

「あー、そいつらな。領主の娘と偽っていたとかいう侍女と執事か。朝、そいつらの処遇を決めたな。『殺せ』と伝えといたぞ?」

「え――」

「お前らの始末が終わったら、特別に俺様が直々に処刑してやろう。そういえば、もしかしてお前たちがその領主の娘か?」

「しょ、処刑……? う、嘘だよね? ねぇ、ユウマぁ……!」

 ルティーナはボルゴの言葉に酷く動揺し、目を潤ませながら勇馬の袖にしがみついた。

「ルティ……大丈夫、大丈夫だから」

「はぁ? ちゃんと俺様の話を聞いてたのかよ、ボケが。俺様が処刑するっていったらするんだよ。ここでは俺様が絶対なんだ。なんなら今すぐにそいつら連れてきて、そいつの前でぶち殺してやろうか?」

 勇馬がルティーナを安心させようとすると、ボルゴは自分の下した決定を蔑ろにされたと思い、苛立ちを露わにした。

「……そんなことはさせない」

「させない? 貴様がか? ならどうするつもりだ。この俺様と一騎討ちでもしようってのか?」

「……そうしましょう。俺があなたを倒します」

 勇馬の言葉に、ボルゴがわかりやすく口角を吊り上げた。

(――馬鹿がッ! かかった!)

 ボルゴはこの展開を望んでいたのだった。
 勇馬達には知らない振りをしていたが、ここに来る前に勇馬達の戦う姿を目に焼き付け、冷静に分析していたのだ。
 それを見た上で彼が下した判断は、

(勝てる! あの魔法は確かに強力だが、俺の『防御魔法』で防いで近づけばあんなやつ1撃だ!)

 勇馬の銃撃は自分の魔法で対処できると考えたのだった。

「いいだろう。その一騎討ち、このグラバル王国軍第3軍団長のボルゴ・ドルファスが受けてやろう!!」

 ボルゴの宣言に、それまでは勇馬の力で歯噛みしていたグラバル兵達が沸き立った。彼らにとって絶対の象徴であるボルゴが一騎討ちをするというのなら、それはもう勝ったも同然だからだ。

「ダメです、ユウマさん! 危険すぎます! ユウマさんが負けるとは思ってはいません……ですが、もしユウマさんに何かあったら私……!」

「フィーレさん……確かに危険ではありますけど、もうこれしか方法がないと思います。彼はここで絶対の存在らしいですし、その彼が敗れればこの状況を切り抜けられる可能性があります。やるしかありません」

「でも……」

「フィーレ様、ユウマ様のおっしゃるように、我々の命運はユウマ様に懸かっているのです。恐らく、あの男をどうにかせねば行き着く先は『死』です。軍人である私がこんなことを言うのは恥ずかしい限りなのですが……どうか、我らをお救いください、ユウマ様」

 シモンのお願いに、勇馬は「まかせてください」と頷き返した。

「ユウマ……」

「ルティ、大丈夫だよ。スミスさんとエミリさんに無事に再会しような?」

「――うん! ユウマ、ありがとう」

 勇馬はルティーナの頭を優しく撫でた。

「ユウマ様……先ほどは取り乱してしまい申し訳ありません」

「いえ、レオンさんが酷いことされてるなんて聞かされればしょうがないですよ。誰だってそうなります。俺だって腹が立ちましたから」

「私の力がもっとあれば……! ユウマ様、どうか……どうかあの男を!」

「ええ、必ず」

 ティステの悔しい思いを勇馬が引き取り、フィーレに顔を向けた。

「フィーレさん、必ず無事に戻ってきますので、少しだけ待っていてください」

「ユウマさん……わかりました。私、絶対に信じてますから。ユウマさんが勝つって――!」

「はい。ではもし無事に勝って戻ってきたら……ルティのように接してくださいね?」

「え!? うぅ……が、頑張ります!」

 頬を少し赤らめて戸惑った顔をするフィーレに、勇馬は「約束ですよ?」と微笑んだ。

「ふぅ……」

 勇馬がボルゴを見る。準備万端といった様子で、大剣を手にしていた。
 それに焦ることなく、勇馬は装備を確認する。恐らく89式小銃1つで事足りると思うが、9mm拳銃の確認もしておく。
 『収納ボックス』から弾倉に弾薬を補充し、セレクターが『タ(単発)』になっていることを確認する。
 ここまで、勇馬は弾薬を節約するためフルオートは使っていなかったし、ボルゴ1人相手ならこのままで十分だろうと。

「ようやくお別れの挨拶が済んだかぁ? 首だけになったら喋れなくなっちまうもんな。まぁ、残りの奴らもすぐに喋れなくなっちまうだろうけどな!」

 ボルゴがそう言うと、すっかり士気が回復した兵士達から同調するような笑い声が起きた。

「そういやお前の名前を聞いてなかったな。教えろよ」

「……坂本勇馬、だ」

「サカモ……なんだか変な名前だな。一応聞くが、お前、俺の下につく気はあるか?」

「ここまできて『はい、つきます』なんて言うと思いますかね」

「まぁ、そりゃそうだわな。なに、一応確認だよ、確認」

 この世界の流儀かはわからないが、そういうRPGのラスボス的なしきたりでもあるのかと、勇馬は思った。

「あんまダラダラ喋っててもシラケちまうからな。さっさと始めようぜ」

「わかりました」

 勇馬はそう言って、89式小銃を構えた。
 ボルゴはそれを見て、いつでも防御魔法を使えるように集中し、大剣を構えた。

「――いくぞ!」

 その瞬間、ボルゴの一歩目が地につくより先に、引き金を引いた。
 ホロサイトのレティクルはボルゴの巨体の中心に収まっており、発射された弾丸は寸分違わず狙い通りに突き進んでいく。

 だが――、

「ふんっ、【護れプロテジ】!!」

「――!?」

 キンッ! という甲高い音とともに、銃弾はボルゴの身体を貫くことはなかった。

(いける――ッ!)

 ボルゴは自然と笑みがこぼれた。
 予想通り、自分の防御魔法ならば勇馬の銃弾を防ぐことができたのだ。
 防御魔法は1発に対して1度展開しないといけないのが難点だったが、勇馬を観察していたボルゴは、引き金を引く動作が起点となっていることを正確に見抜いていた。

(ボケがッ! 俺が気づいてないとでも思ったか!!)

 だから、勇馬が再度引き金を引こうとすると、ボルゴは防御魔法を無詠唱で展開させた。

「【護れプロテジ】!」

 これで勇馬の魔法を防ぐことができ、次の魔法が飛んでくる前に風魔法を当て、大剣で仕留めることができる。
 すべては自分の手の平の上で踊らせていると、

 ――タタタタタタッ!

 連続した音が聞こえるまでは、ボルゴはそう思っていた。

「――あ?」

 勇馬に向かって走っていたボルゴの足は、自分の意思とは無関係に動きを止めた。
 不思議に思い下を向くと――、

「あ? はああぁぁぁぁぁああ!?!」

 自分の身体からは見たこともない量の血が流れ出ており、足下に血溜まりを形成していた。

(なぜだなぜだなぜだぁぁ!? 俺は防御魔法で防いだは――あっ)

 そこでボルゴは思い出した。
 勇馬の魔法の音が1度だだけじゃなかったことに――。

「――ぁ」

 顔を上げると、勇馬と目が合った。

「――」

 ボルゴには、目に映った光景がこれまで感じたことのない、ゆったりした速度で流れていった。
 そして、息を止めた勇馬が引き金をゆっくり引く動作が、彼のこの世で見た最期の光景となるのだった。
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