上 下
42 / 77

39.悪はより巨悪に

しおりを挟む
「フェル、この街では子供の誘拐って多いの?」

 ハイドニアの市場をキョロキョロ見渡しながら、僕はフェルに聞いた。

「ないわけではないと思います。どれぐらいいるかは、ちょっとフェルにはわからないですが……でも、そういう風に連れ去られる子はスラムに多いと思います。スラムの子達なら急にいなくなっても、大人は誰も気にしないですから……」

 フェルが少し悲しそうに俯いた。
 たしかに、しっかりと身分のある子供よりも、スラムにいる子供のほうが狙われやすいのは当然といえば当然かー。
 というか――、

「え、スラムってあるの?」

 初耳だった。
 ゲームでは街のすべてを探索できるわけじゃないから、まさかハイドニアにもあるとは思わなかったよ。

「あ、はい。街の外れに……規模はそんなに大きくないんですけど、ちょっと危ない犯罪をするような人達もいるらしいです」

「犯罪……」

 もしリーリが誘拐されたのだとすれば、そういった犯罪組織が関わってるかもしれない。
 そしたらアジトに連れ帰るだろうし、可能性があるならスラムを探して見る価値はある気がする。
 こういうのって、時間が経てば経つほど事態は悪化していくってなにかで見たし……うん、行こう。

「フェル、スラムの場所を教えてくれる?」

「え、ソーコさん、行くつもりですか? 危険です! アンジェさんやリリスさんも呼んだほうが――」

「いや、時は一刻も争う事態かもしれないでしょ? 今すぐに行くよ。フェルは、その2人に話してきてくれる?」

「1人で行くなんて危険です! フェルも付いていきます。何かあっても、ソーコさんだけは命に代えても逃げられるようにします!」

 そんな簡単に命を張られるのは困るなぁ。
 僕だってフェルを失うのは絶対に避けたいから、無茶はしないで欲しい。

「フェル、僕はフェルのことが大事なの。だから、まずは『自分の命大事に』だよ? もちろん、僕も自分の命を粗末にするつもりなんてないよ。大丈夫、まずはフェルには2人に伝えてきて欲しい」

「ですが……」

 その後も僕はフェルに丁寧に伝え、渋々だけど納得してもらった。
「絶対に絶対に無理はしないでください!」と念を押され、フェルは去っていった。

「さて――」

 僕はマップを開き、教えてもらったスラムの位置を確認する。

「まあ、表示されてないか」

 マップはこれまで行ったことのある場所しか表示されないので、スラムがあると思われる場所は空白だ。
 方角と道順はしっかり聞いたし、まあ、迷いながらでもなんとか着けるでしょ。

「よし、まずはあっちの方か」

 僕はスラムに向かって走り出した。
 見慣れた街並みから、僕の知らない場所へと景色が移っていく。
 AOLでは見ることのできない、細い路地や住居が建ち並んでいる区画を通る。
 すごい新鮮で、こんな状況じゃなければ、ゆっくり観光がてら街並みを見て回るのもいいかもしれない。

「あー、なんかあっちの方はこことちょっと雰囲気違うなあ」

 今いる場所よりも、明らかに家の外観が違う。
 あれがフェルの言っていたスラムか。
 どこをどう探せばいいかわからないし、とりあえず基本の聞き込みをしてみよう。
 僕はスラムで1番初めに出会った数人の人達に、

「すみませーん、僕と同じくらいの大きさで、黒髪の女の子見ませんでしたか?」

「あぁ?」

 うん……想定はしてたけど、すっごいガラが悪い。
 とはいえ、ここで引き下がるわけにはいかないよね。
 僕はもう1回尋ねようとすると、

「あっ! テメェあの時のガキじゃねえか!」

「え? ――ああ! ええと……名前なんだっけ?」

 冒険者ギルドの試験で、アンジェにフルボッコされたやつだった。
 名前ももうすっかり忘れちゃったなぁ。

「ナンじゃねぇ! ダンだ馬鹿野郎!」

「いや、そういうわけじゃ……ま、いいや。ダンさん、僕と同じくらいの背丈の黒髪の女の子知らない?」

 過去のことは水に流そう――そういった意味を込めて、僕は普通に話しかけた。

「……ああ、知ってるぜ。そういえば、そんなガキ連れてるやつを見かけたな。でも、なんでお前がそんなこと聞くんだ?」

 おお、あんな輩みたいだったダンが素直に話してくれるぞ!
 いやまあ、今も輩みたいな感じは変わってないけど、それでもこの感じなら素直に言えば教えてくれるかもしれない。

「実は、その女の子は『笑福亭』っていう宿屋の看板娘でね、女将さんから買い物から帰ってこないって聞いて、探してたんですよー。できれば、その子がどこ行ったか教えてほしいなーって……」

 ちらりと上目遣いで聞いてみる。
 こんなかわいい女の子にこんな事されたら、すべての男共はイチコロだろう!
 ふふん。

「……ああ、いいぜ。その連れてったやつは知ってる野郎だから、場所もわかるしな。この間の詫びだ、俺が案内してやるよ。お前ら先に戻ってろ、?」

「ああ、

 そう言うと、ダン以外の男達はどこかへ行ってしまった。
 それにしても……ダンが改心してる――!

 ――はっはーん? さては、あの後ギルマスが連れてってたから、教育しなおされたとか? それとも僕の作戦通りかな?

 まあどちらにせよ、素直にお願いしてみるもんだねえ。
 こう見えて、僕は人を見る目はあるつもりだからね、ふふん。

「ありがとう!」

 僕は笑顔でお礼をいい、ダンに案内してもらうこととなった。


 ◆◇◆


「こっちだ――」

 ダンに案内されたところは、ただの空き地だった。
 壁や建物に囲まれた場所で袋小路になっており、

「ええーと……?」

 つまりは――、

「――こういうことだよクソガキがぁ!」

 どうやら、騙されたようだった。

 ――あれー? 改心したんじゃ……あれー?

 ダンが大声を出すと、入口を塞ぐかのように悪そうなやつ達が、僕の後ろからぞろぞろとやって来た。
 その中には、ダンに会った時に一緒にいた仲間もいる。
 うん、完全にはめられたわこれ。

「まったく、テメェ自ら来てくれるとはよぉ……探す手間が省けて助かったぜ!」

「ふぐっ……」

「しっかし、俺がテメェのために案内するだぁ? バッカじゃねーの!? 普通そんなの信じるかよ! 頭にお花でも詰まってんじゃねぇかぁ!?」

「ふぐぐぐぐっ……!」

 ――ぐ、ぐやじい!

 なんだろう、ヤンキー効果みたいに、悪いやつが改心するとより良く見えるあれな感じで、つい信じてしまった。
 以前とは違う世界なんだし、こういうところちゃんとしなきゃなぁ……いつかもっと面倒なことになっちゃう。
 僕が悔しさと一緒に反省していると、

「ガキってのは騙しやすくていいわ。宿屋のガキも、適当言ってちょっと脅したら泣きながら付いてきたぜ」

「――は?」

 聞き捨てならないことをダンが喋りだした。

「テメェが探してた黒髪のガキだよ。ったく、紛らわしい見た目しやがって! ほんとはテメェを攫わなきゃいけなかったんだけどよ、あのガキのせいでとんだ手間だったぜ!」

「僕を攫う……?」

「ああ。テメェに言う必要もねぇけどよ、特別だ、教えてやる。薬師なんだろ? テメェのその薬師としての才能を利用したいやつが依頼してきてよぉ、こっちも誰かさんのせいで冒険者稼業が厳しくなっちまってたから引き受けたんだよ。んで、テメェとあのガキを間違えたってわけ。ある意味テメェのせいなんだよ、あのガキが攫われたのはよ」

「僕のせい……」

 そう、おかしいなと思ったんだ。
 フェルに聞いた話だと、たしかにスラムの子供は誘拐されることもあるけど、それは足がつきにくくて親とかがいないからだ。
 でも、リーリはそんなことはない。
 ダンの言う通り、なにかの行き違いでリーリが僕の代わりに酷い目に――。

「ダンよお、そのお嬢ちゃんに教えてあげろよ」

「あん?」

「お嬢ちゃんの代わりに――」

 空き地への入口を塞ぐように立っている大男が、

「――薬漬けにして廃人にしちゃいました、ってよ」

 それは、今まで生きてきて、見たことのないような醜悪な笑みだった。

「――は……はっ……!」

 息がうまくできない。
 アイツ、いったい何を言ってるんだ……?

「ん? ああ、そうだったな。テメェと間違えたあのガキは用済みだからよ、とりあえず――ぶっ壊しといたわ」

 ダンの顔が大男と同じように醜く歪んだ。

「というわけで、お嬢ちゃんはそのガキに会いたかったら大人しく――」

「――《双飛閃そうひせん》」

「――は? あ……、あぎゃああぁぁあ――ッ!!?」

 僕は、煩わしく喋る大男の両脚を一瞬で斬り落とした。

「――絶対に許さない……!」

 改心どころか、より巨悪になった者共に、僕はそう告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界如何様(チート)冒険記 ~地球で平凡だった僕が神の記憶を思い出して世界を元に戻すまで~

Condor Ukiha
ファンタジー
 題名は「いせかいちーとぼうけんき」と読みます。2021/12/27 副題を追加しました。  至って普通な高校生、新名葵は神の手違いによって死んでしまった。そこで異世界で残りの寿命を過ごさせてもらえるようになったのだが、その裏には世界と神々の隠された秘密があるようで・・・?神の手によって最強になった(?)少年は世界と神々に振り回されながら異世界をめぐる。少年がたどり着く先には何が待ち構えているのであろうか?平凡だった最強高校生による世界の真理を知る冒険譚、ここに開幕。  ガールズラブは主人公の性別が変わるための保険です。  処女作です。作者の都合上、不定期更新になります。(他サービスに更新が追いつくまでは毎日更新、それ以降章ごと週一)  誤字脱字、または表現の誤りなどがあるかもしれませんが、温かく見守っていただけたらと思います。 ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。 ※カクヨムで執筆したものをコピーしています。もし、前後のつながりがおかしい場合はコメントしてください。修正忘れの場合があります。 ※この作品は非常にゆっくりと進みます。一話1000文字以上3100文字以内です。 ※基本的に#から始まるタイトルの話は主人公の一人称、幕間は主人公以外の一人称または三人称で進みます。 © 2021-2022 Condor Ukiha

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~

平山和人
ファンタジー
錬金術師のカイトは役立たずを理由にパーティーから追放されてしまう。自由を手に入れたカイトは世界中を気ままに旅することにした。 しかし、カイトは気づいていなかった。彼の作るポーションはどんな病気をも治す万能薬であることを。 カイトは旅をしていくうちに、薬神として崇められることになるのだが、彼は今日も無自覚に人々を救うのであった。 一方、カイトを追放したパーティーはカイトを失ったことで没落の道を歩むことになるのであった。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!

鏑木 うりこ
ファンタジー
 幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。 勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた! 「家庭菜園だけかよーー!」  元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?  大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー

私は全てを失った。だから私は奴らに復讐すると決めた!ー 陥落王国の第一王子は、死ぬ度に強くなる魔法で国を一人で滅ぼすらしい。 ー

如月りゅうか
ファンタジー
※基本毎日投稿。 1xxx年。 シエル王国とオーラ帝国による和平条約は決裂した。 オーラ帝国が裏切ったのだ。 一年にわたる戦争により、シエル王国は陥落。 オーラ帝国が勝利した形となる。 しかし口伝はオーラ帝国によって改変されていた。 それによると、裏切ったのは帝国ではなく、シエル王国となっているらしい。 それを率いたのが、エクセル第一王子と。 違う。私は、そんな事していない。 仲間も、親も、民草も、全てを殺されたエクセル。 彼は、王国の為に一人で復讐を誓い、そして滅ぼしていく。 これは、彼の復讐物語である。 短編、というか長編を予定していない作りです。完全見切り発車です。 大体一話数分で読み切れる簡易な内容になっています。 そのかわり一日の投稿は多めです。 反響があったら続編を執筆したいと思います。 あ、私の別作品も見てみてくださいね。 あっちは大丈夫ですが。 こちらの作品は、少し適当なところがあるかも知れません。 タイトルとか長くね?シナリオおかしくね?みたいな。 まぁ、それは風刺みたいなもんですが。 でもそこは……うん。 面白いから!!!みてねぇっ!!!!!!!

処理中です...