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第二章 とりあえず握手でもどうかな

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「とりあえず、僕はこれから依頼されてるマノーチを狩りに行くけど、アシュレイさんはどうする?」
「ついていきますよ」
「えっ」

 “迷惑だ”という感情を隠しもせず、アレクはそのまま表情に出すが、素知らぬ顔でそれを受け流し、さも当然と言うように見つめ返すアシュレイ。勝敗がどちらにあるのかなど、言うまでもない。
 苦虫を噛み潰したように「ええ~」と呻くアレクは、それでも直ぐに気を取り直したのかそのまま森へと入って行った。アシュレイはすぐさま後を追う。
 アレクはそのまま暫くは道なりを歩いていたが、急に道から外れた場所へと分け入るものだから、後を追っていたアシュレイ少し焦ってしまった。

「こんな場所に入るのですか?」
「なに、やっぱお貴族様には無理?」
「……いいえ、そんな事はありません」
「そう? まあ無理そうなら適当に道沿いで座って待ってなよ」

 どうせ僕に何か用事なんでしょ? と言いつつ、ガサガサと茂みを掻き分けて入っていく後ろ姿を呆然と眺め──何かを決心したかのように一つ頷いて、アシュレイはアレクの後ろをついていく。

 ニル・サリクタの町は、町中でも大通り以外は舗装されていない。
 それは勿論森の道にも言えることで、人通りが多いところが自然と『道』になっているという、酷く心許ない道だ。もし人通りがなくなってしまえば、その道もわからなくなってしまうだろう。
 虫家が走るのも大通りのみで、そこから一つ外れたところは途端に道が狭くなる。市場付近の道は大通りに負けぬほど広く、毎日大勢の人が訪れるものの舗装はされていない。ニル・サリクタが統治を怠っているせいだろう。
 逆にガルやレン、ヴィン、ヴァル辺りはどんなに細い道であろうと、しっかり舗装されており、ガルとレンはどの道にも魔灯が灯る。家名に恥じない統治をするのも貴族の役目だ。

 道の舗装事情を考えながら、アシュレイは本当に道無き道を行くアレクの背中を懸命に──必死に、追った。
 もう既に息はあがっている。
 日々鍛錬を行っているアシュレイは、たかが森の道だと油断していた。それがすっかり息があがってしまっていて、暖かくなってきた気温も伴い汗が止まらない。想像以上に、森の道は険しかった。
 森の生き物が踏み歩いた道のようなところはまだよかった。多少傾斜があり草が生え茂っていても、舗装されていない道の次くらいには歩きやすかったからだ。
 しかし、その“かろうじて道”から外れ、草を掻き分け木を潜り、根を跨いで飛び越えて──と、本当に自然の中を歩いているだけで疲れてくる。城で行っている鍛錬とは大違いだ。
 ぜいぜいと肩で息をしていると、少し先に居たアレクがこちらを振り返った。無様に息が乱れているこちらとは違い、一切疲れた様子を見せないアレクにどことなく居心地の悪さを覚える。
 大きな木の根の上に立ち、困ったようにアシュレイを見つめたアレクは「申し訳ないんだけど」と静かに言葉を零す。

「あなたにはここで待っててもらってていいかな。マノーチは凄く警戒心が強くて、音をたててると逃げちゃうんだ」

 こんなに歩いてるけど一匹も見ないし……と周囲を見回すアレクにつられ、アシュレイも辺りを見回す。そこで初めて、少し開けた場所に居ることに気付いた。人為的なものではなく、自然にできたものなのだろう。
 『音をたてていると』──アレクは言葉を濁したが、恐らくその“音”とは、私の呼吸のことだ。アシュレイは乱れた息の中、ごくりと唾を飲み込む。
 確かにこんなに息を乱していては、その“警戒心が強い”生き物は逃げてしまうだろう。こんなに歩いても、ということは、普通ならばここまで来なくとも見つかると言っているものだった。
 気を使っているのか、いないのか──無意識なのか意識的なのかは不明だが、彼は遠回りにこう言っているのだ。

──あなたが足でまといです、と。

 悔しくて、アシュレイは知らず顔を歪める。
 一つ年下であるはずのただの少年──“ただの少年”ではないのは確実だが──に、負けてしまっている事実。
 慣れた足取りと迷いのなさから、ここの森に狩りで何度も訪れていることはわかる。だが慣れているからとはいえ、まるでラルカーのようにヒョイヒョイと森の中を歩いていくのは異常に思えた。

──ここまで息が乱れないなんて、有り得ない。

 その思考が果たして負け惜しみなのか、事実を捉えているかなど、アシュレイには区別がつかなかった。

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