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4.勇者ケイと夢現の剣 ≪後編≫
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恵は口元から溢れかけた唾液をゆっくりと呑み込みながら感心したが、その甘い誘いにチアキとハルが警鐘を鳴らした。
「いやいや、あれ辺境の村から盗んだ作物で作ったやつだろ!? 謝罪の理由になってねぇから!!」
「そうだよケイ、人間に有害な成分が仕込まれている可能性が十二分にある。ここは一旦ボクが調べさせてもらうからね」
だがハルだけは何故か息巻いた様子で、金髪を靡かせながら足早に魔王の荷車へと近寄った。そして片っ端から魔界産のスイーツに齧り付いた。
「これは…何という幸せな味!! 見た目に反して甘ったるくなく、それでいて豊かな味わいと食感…これは人間界では再現出来ない逸品だよ!」
『うん、その展開は予想ついたわ』
春の甘党な性格は性別が反転しても変わっておらず、寧ろ拍車がかかったかのように嬉々として頬張っていた。その食い付き具合を見た魔王キャンは、興味深そうに問いかけた。
「如何でしょう、魔素が肥沃な土地で育まれた小麦や魔力が濃縮された樹液などをふんだんに使用しております。人間のお口に合う仕上がりになっていますでしょうか」
「うん完璧! これはもう王都の城下町で盛大に販売するしかない!!」
「おいしっかりしろよハル!毒とかヤバいもん入ってんじゃないのか!?」
「あー? うんうん平気平気大丈夫―」
『味方への対応がすっかり雑になってるじゃねぇか。あとおまえの一存でそんなの呼び込めるわけないだろ』
「ああそっか、国王様に交渉しないといけないもんね。じゃあ今すぐにでも転移しよう」
『…えっ!? 転移!?』
恵が訊き返したときには既にハルが杖を掲げて詠唱を始めており、魔王まで含めた範囲の地面に大きな魔法陣が浮かび上がっていた。
そして杖の先端から眩い光が放たれ、周囲の風景が砂嵐のようにブレると、次に瞬きをしたときには豪勢で絢爛な一室へと様相が変わっていた。
「うわっ!? なんだなんだ!?」
直後、動転して上擦った若い男の声とともにグラスの割れる音が室内に響いた。
モラトリア王国の若き国王であるユウキ・クライシが、バスローブのような白いガウンを羽織りながら天蓋付きのベッドの上で後退っており、驚きのあまり赤黒い飲み物をグラスごと床に落としていた。
その近くに立っていた恵は鼻に付く匂いから、国王の優雅な朝の一時に押し掛けたことを理解しつつ、その豪奢な暮らしぶりに顔を顰めていた。
——本当に国王のいる部屋にワープした…しかもこの祐希似の国王、朝っぱらからワインを飲んでいやがる。仕事する気あるのか。
他方でハルは国王ユウキの動揺など全く意に介さずベッドに詰め寄り、後を追うようにして魔王キャンも近付き跪いた。
「国王様! この魔界産のスイーツを是非城下町で販売してください! 可能ならボクの家に出来るだけ近いところで!」
『こいつ女になってから図々しさが振り切れてないか?』
「お初にお目にかかります国王殿。我が名は魔王キャンに御座ります。此度は貴国と交易関係を結びたく、誠に不躾で恐縮でございますが、勇者一行の伝手を借りて直訴させていただく所存です」
『なんで魔王は魔王でこんなにも礼節を弁えてるんだよ!?』
案の定全く以て状況を把握出来なかった国王ユウキは、顔を紅潮させながら急ぎチアキを呼び寄せた。
「かの忌まわしき魔王を王都に、剰え国王の部屋に引き入れるとは何事だ!? おいチアキ、一体どういうことなんだ説明しろ!」
『ああ、やっぱり説明役は勇者じゃなくてチアキなのね』
「実はかくかくじかじかの…」
「これこれうまうまというわけか…」
『それで本当に説明出来てんのか!?』
「成程な…封印から目覚めし魔王よ、貴様の要求は却下させてもらう!」
ベッドから立ち上がった国王ユウキは、毅然と魔王キャンの直訴を突っ撥ねた。だが白いガウンほぼ一丁の国王の姿は、恵から見て殆ど威厳がなかった。
「…国王殿、非礼はお詫び申し上げます故、その判断事由についてお伺いしても宜しいでしょうか」
「えー、なんで断っちゃうんですか国王様! 人生損しちゃいますよ!?」
『ハルおまえはもう黙ってろややこしいから…しかし国王様、ここは一旦魔界側と和平を結んでもいいんじゃないんですか?』
恵はハルを強引に引き下げる一方で自らも戦いたくなかったので、国王ユウキの決定に疑問を呈した。それでも国王は受け入れることなく、恵が携えている剣を差し示して命じた。
「俺が何を語る必要もない。勇者よ、その『夢現の剣』を魔王に向かって翳せ。さすれば彼奴の本音は容易く暴かれる」
『…えっ!? なんか急に重要な役回ってきた!?』
言われるが儘に剣を引き抜いたものの戸惑っていると、背後からハルが解説をしてきた。
「その剣には、相手が夢見ていることを現実に引き摺り出す能力があるんだ。遠い昔に拷問に使いまくってたら、いつの間にかそんな力が備わってたって言い伝えがあるんだよ」
『怖っ!? 呪いのアイテムじゃねぇか!?』
国宝とは思えない物騒な設定に恵は慄いていると、なんとなく魔王に向けていた切先から緑色の光が溢れて投射された。何の呪文も詠唱したわけでもなく、唐突な発動に思わず目が眩みそうになった。
だが辛うじて視界を凝らすと、壁に映し出された魔王の影が大きく揺らぎ、独りでに喋り始めていた。
《デュフフ…この最高傑作のスイーツがあれば、クライス王国の第二王女の胃袋とハートを掴むことが出来るはずだ…だが人間界の素材を使ったとはいえ、客観的な評価や人間の評判も担保したいところだ…ならば、ちょうど地上にあるモラトリア王国で女子相手にその礎を築くとしよう…デュフフフ…!》
『いや真の狙いは他国の王女なのかよ!? 魔王ならそんな堅実な手順すっ飛ばしてさっさと攫いに行けよ!!』
秘めたる計画を暴かれた魔王キャンだったが、怯む様子もなく逆に恵に言い返してきた。
「何を言うか心外な! 攫って来てしまっては純情な愛を育むことが出来なくなるではないか!?」
『魔王が純情を語るなよ!? 笑い方も含めて気色悪いわ!!』
その魔王にしてやったりと言わんばかりに、国王ユウキは恵と魔王との間に割って入って来た。
「ふん、所詮は下らぬ我欲…そのような醜い野望に隣国の王女を付き合わせるわけにはいかん。早々に地の底へ帰るがよいわ!」
『あれ、国王様もこの光に映ったら影が喋っちゃうんじゃないですか』
「…えっ?」
すると恵の予想通りに国王ユウキの影も壁に向かって伸び上がり、魔王の影と対話するような格好になった。
《ぐふふ…今月も国税をがっぽり儲けて、クライス王国第二王女への贈り物の予算に目途が立ってきたぞ…我が国でしか採れない希少な宝石を配った煌びやかな首飾りを贈るのだ…そうして好感度を上げていつしか、最高級の指輪をあのか細い左の薬指に嵌めるのだ…ぐふふふ…!》
『国王の野望の方がよっぽど俗っぽくて生々しいじゃねぇか!? あとなんでお互いに笑い方がキモいんだよ!?』
「ばっ…馬鹿者! 早く剣を収めんか!!」
国王ユウキに叱咤された恵は慌てて『夢現の剣』を鞘に押し込んだが、時は既に遅く魔王キャンが国王へ迫り寄っていた。
「国王殿…貴方も第二王女を狙っていたとは。貴方の齢なら第一王女を選ばれた方が釣り合いも取れて、国政も優位に働くのでは?」
「魔王の分際で喧しいわ! 第一王女は俺の癖に刺さらんのだ! 貴様こそ第二王女を欲するなど…相当ロ●コンを拗らせているようだな!」
『いや第二王女何歳なんだよ!? 聞く限りどっちも性癖が歪んでるじゃねぇか!?』
「貴方は彼女の気持ちを何も理解してはいない…王族には取るに足らない鉱石よりも、世にも珍しい甘味こそが喜ばれるに決まっているであろう」
「貴様こそ浅はかだな! 一瞬で消えて無くなる物より永久に存在し続ける物こそ愛を証明するに相応しいのは自明の理だ!!」
『張り合うなよ見苦しいな!! どっちも未だ全然きっかけ作れてねぇだろ!?』
「どうしても譲らぬと申すか…宜しい、ならば戦争だ」
それまで落ち着き払っていたはずの魔王キャンは、突如両手を構えて禍々しい力をチャージし始め、室内に逆巻くような気流が生まれて雷撃が迸った。
その震え上がるような衝撃と脅威に、恵は唖然とする他なかった。隣国の王女を巡った醜い諍いが、いきなり最終決戦へと昇華していた。
——うわああ! 争うつもりのなかった魔王が本気出し始めちゃったよ!? こんなの太刀打ち出来るわけないじゃん!?
「そっちがその気ならここでケリを付けさせてもらう! おいチアキ! ありったけの衛兵を搔き集めろ! この部屋で魔王を一網打尽だ!!」
——そして俺が勇者のはずなのに全然頼りにされてないじゃん!? 頼りにされても困るけど!!
だがチアキは国王の指示通りに部屋を飛び出すことはせず、寧ろ恵を戦闘に押し出そうとしていた。
「いいえ国王様! 魔王を倒すのは勇者の役目です! 彼の力を信じずしてどうするのですか!!」
『なんでおまえはそこで我を貫くんだよ!? 今回はおまえが一番真面だったはずじゃねぇのか!? …ああもうハル、なんとかならないのかこの状況!?』
成す術の無い恵は、藁にも縋る思いで傍観しているハルに助けを求めた。
「うーん、提案がないわけでもないけど…城下町の1日5個限定クリスタルシュガータルトの奢りを約束してくれたら教えてあげるよ」
『今そんな条件出してる場合じゃないだろ!? 何タルトか知らないけど買ってやるから早く教えてくれよ!?』
「やったぁ。えっとね、『夢現の剣』にはもう1つの力があって…相手を現実から夢の中に誘うことも出来るんだ。早い話が、質の悪い幻覚に陥れることが出来るってこと」
『この剣絶対勇者に相応しくない武器だよな!? やってることが汚れ仕事じゃねぇかよ!?』
「適当に斬る振りでもすれば簡単に発動出来るから、サクッとやっちゃいなよ」
『いやサクッと出来ちゃ駄目だろ!? そんなんだからこの剣封印されてたんじゃないの!?』
恵は悪辣な剣の仕様を嘆きながらも、無我夢中で鞘から引き抜いて振り回していた。すると何か破裂したような音と共に斬撃の軌跡が弾け、魔王キャンの横っ腹を貫いた。
その瞬間、室内を駆け巡っていた魔力的なうねりが沈静化し、魔王はその場に崩れ落ちた。出血をしている様子はなかったが、這い蹲りながら頭を抱え、歯を食い縛って悶絶していた。
「ま…まさかあの第二王女が魔素アレルギーだと…!? これでは魔界の産物など、何一つ受け入れられるはずないではないか…それを差し置いて、一体何を以て好意を届けよというのか…っ!?」
『なんかよく解らないけど勝手な設定を鵜呑みにして勝手に苦しんでるな…まぁこれで引っ込んでくれるなら構わないけど』
だがその反対側では国王ユウキも身体を震わせて愕然としており、譫言のように呟いていた。
「嘘だろ…あの第二王女には許嫁が…!? しかも既に…身重だと…!? ありえない…そんなはずがあっていいわけない…!!」
『うわ、国王の方が生々しい幻覚に囚われてるじゃねぇか……てか俺、国王様まで斬っちゃったってこと? なぁ、これどうやって元に戻すんだ…?』
恵は一瞬で2人の王を錯乱させた事実に気付いて恐る恐る背後を振り返ったが、仲間であるはずのチアキとハルは部屋の隅の方に引っ込んでいた。
そしてハルは足元に魔法陣を展開しながら、引き攣った微笑を浮かべて恵に語り掛けた。
「それじゃあケイ、タルトの件は取り下げるから…後始末よろしくね。どんなに拗れた展開も油を差して解消出来るのが、君の勇者級の取り柄でしょ?」
『おい待ててめぇら!! 上手いこと言ったつもりで逃げるんじゃねえええ!!』
*****
こうしてなんとか魔王を退け平和を維持したモラトリア王国だったが、その後『夢現の剣』を見た者は誰1人としていなかったという。
「いやいや、あれ辺境の村から盗んだ作物で作ったやつだろ!? 謝罪の理由になってねぇから!!」
「そうだよケイ、人間に有害な成分が仕込まれている可能性が十二分にある。ここは一旦ボクが調べさせてもらうからね」
だがハルだけは何故か息巻いた様子で、金髪を靡かせながら足早に魔王の荷車へと近寄った。そして片っ端から魔界産のスイーツに齧り付いた。
「これは…何という幸せな味!! 見た目に反して甘ったるくなく、それでいて豊かな味わいと食感…これは人間界では再現出来ない逸品だよ!」
『うん、その展開は予想ついたわ』
春の甘党な性格は性別が反転しても変わっておらず、寧ろ拍車がかかったかのように嬉々として頬張っていた。その食い付き具合を見た魔王キャンは、興味深そうに問いかけた。
「如何でしょう、魔素が肥沃な土地で育まれた小麦や魔力が濃縮された樹液などをふんだんに使用しております。人間のお口に合う仕上がりになっていますでしょうか」
「うん完璧! これはもう王都の城下町で盛大に販売するしかない!!」
「おいしっかりしろよハル!毒とかヤバいもん入ってんじゃないのか!?」
「あー? うんうん平気平気大丈夫―」
『味方への対応がすっかり雑になってるじゃねぇか。あとおまえの一存でそんなの呼び込めるわけないだろ』
「ああそっか、国王様に交渉しないといけないもんね。じゃあ今すぐにでも転移しよう」
『…えっ!? 転移!?』
恵が訊き返したときには既にハルが杖を掲げて詠唱を始めており、魔王まで含めた範囲の地面に大きな魔法陣が浮かび上がっていた。
そして杖の先端から眩い光が放たれ、周囲の風景が砂嵐のようにブレると、次に瞬きをしたときには豪勢で絢爛な一室へと様相が変わっていた。
「うわっ!? なんだなんだ!?」
直後、動転して上擦った若い男の声とともにグラスの割れる音が室内に響いた。
モラトリア王国の若き国王であるユウキ・クライシが、バスローブのような白いガウンを羽織りながら天蓋付きのベッドの上で後退っており、驚きのあまり赤黒い飲み物をグラスごと床に落としていた。
その近くに立っていた恵は鼻に付く匂いから、国王の優雅な朝の一時に押し掛けたことを理解しつつ、その豪奢な暮らしぶりに顔を顰めていた。
——本当に国王のいる部屋にワープした…しかもこの祐希似の国王、朝っぱらからワインを飲んでいやがる。仕事する気あるのか。
他方でハルは国王ユウキの動揺など全く意に介さずベッドに詰め寄り、後を追うようにして魔王キャンも近付き跪いた。
「国王様! この魔界産のスイーツを是非城下町で販売してください! 可能ならボクの家に出来るだけ近いところで!」
『こいつ女になってから図々しさが振り切れてないか?』
「お初にお目にかかります国王殿。我が名は魔王キャンに御座ります。此度は貴国と交易関係を結びたく、誠に不躾で恐縮でございますが、勇者一行の伝手を借りて直訴させていただく所存です」
『なんで魔王は魔王でこんなにも礼節を弁えてるんだよ!?』
案の定全く以て状況を把握出来なかった国王ユウキは、顔を紅潮させながら急ぎチアキを呼び寄せた。
「かの忌まわしき魔王を王都に、剰え国王の部屋に引き入れるとは何事だ!? おいチアキ、一体どういうことなんだ説明しろ!」
『ああ、やっぱり説明役は勇者じゃなくてチアキなのね』
「実はかくかくじかじかの…」
「これこれうまうまというわけか…」
『それで本当に説明出来てんのか!?』
「成程な…封印から目覚めし魔王よ、貴様の要求は却下させてもらう!」
ベッドから立ち上がった国王ユウキは、毅然と魔王キャンの直訴を突っ撥ねた。だが白いガウンほぼ一丁の国王の姿は、恵から見て殆ど威厳がなかった。
「…国王殿、非礼はお詫び申し上げます故、その判断事由についてお伺いしても宜しいでしょうか」
「えー、なんで断っちゃうんですか国王様! 人生損しちゃいますよ!?」
『ハルおまえはもう黙ってろややこしいから…しかし国王様、ここは一旦魔界側と和平を結んでもいいんじゃないんですか?』
恵はハルを強引に引き下げる一方で自らも戦いたくなかったので、国王ユウキの決定に疑問を呈した。それでも国王は受け入れることなく、恵が携えている剣を差し示して命じた。
「俺が何を語る必要もない。勇者よ、その『夢現の剣』を魔王に向かって翳せ。さすれば彼奴の本音は容易く暴かれる」
『…えっ!? なんか急に重要な役回ってきた!?』
言われるが儘に剣を引き抜いたものの戸惑っていると、背後からハルが解説をしてきた。
「その剣には、相手が夢見ていることを現実に引き摺り出す能力があるんだ。遠い昔に拷問に使いまくってたら、いつの間にかそんな力が備わってたって言い伝えがあるんだよ」
『怖っ!? 呪いのアイテムじゃねぇか!?』
国宝とは思えない物騒な設定に恵は慄いていると、なんとなく魔王に向けていた切先から緑色の光が溢れて投射された。何の呪文も詠唱したわけでもなく、唐突な発動に思わず目が眩みそうになった。
だが辛うじて視界を凝らすと、壁に映し出された魔王の影が大きく揺らぎ、独りでに喋り始めていた。
《デュフフ…この最高傑作のスイーツがあれば、クライス王国の第二王女の胃袋とハートを掴むことが出来るはずだ…だが人間界の素材を使ったとはいえ、客観的な評価や人間の評判も担保したいところだ…ならば、ちょうど地上にあるモラトリア王国で女子相手にその礎を築くとしよう…デュフフフ…!》
『いや真の狙いは他国の王女なのかよ!? 魔王ならそんな堅実な手順すっ飛ばしてさっさと攫いに行けよ!!』
秘めたる計画を暴かれた魔王キャンだったが、怯む様子もなく逆に恵に言い返してきた。
「何を言うか心外な! 攫って来てしまっては純情な愛を育むことが出来なくなるではないか!?」
『魔王が純情を語るなよ!? 笑い方も含めて気色悪いわ!!』
その魔王にしてやったりと言わんばかりに、国王ユウキは恵と魔王との間に割って入って来た。
「ふん、所詮は下らぬ我欲…そのような醜い野望に隣国の王女を付き合わせるわけにはいかん。早々に地の底へ帰るがよいわ!」
『あれ、国王様もこの光に映ったら影が喋っちゃうんじゃないですか』
「…えっ?」
すると恵の予想通りに国王ユウキの影も壁に向かって伸び上がり、魔王の影と対話するような格好になった。
《ぐふふ…今月も国税をがっぽり儲けて、クライス王国第二王女への贈り物の予算に目途が立ってきたぞ…我が国でしか採れない希少な宝石を配った煌びやかな首飾りを贈るのだ…そうして好感度を上げていつしか、最高級の指輪をあのか細い左の薬指に嵌めるのだ…ぐふふふ…!》
『国王の野望の方がよっぽど俗っぽくて生々しいじゃねぇか!? あとなんでお互いに笑い方がキモいんだよ!?』
「ばっ…馬鹿者! 早く剣を収めんか!!」
国王ユウキに叱咤された恵は慌てて『夢現の剣』を鞘に押し込んだが、時は既に遅く魔王キャンが国王へ迫り寄っていた。
「国王殿…貴方も第二王女を狙っていたとは。貴方の齢なら第一王女を選ばれた方が釣り合いも取れて、国政も優位に働くのでは?」
「魔王の分際で喧しいわ! 第一王女は俺の癖に刺さらんのだ! 貴様こそ第二王女を欲するなど…相当ロ●コンを拗らせているようだな!」
『いや第二王女何歳なんだよ!? 聞く限りどっちも性癖が歪んでるじゃねぇか!?』
「貴方は彼女の気持ちを何も理解してはいない…王族には取るに足らない鉱石よりも、世にも珍しい甘味こそが喜ばれるに決まっているであろう」
「貴様こそ浅はかだな! 一瞬で消えて無くなる物より永久に存在し続ける物こそ愛を証明するに相応しいのは自明の理だ!!」
『張り合うなよ見苦しいな!! どっちも未だ全然きっかけ作れてねぇだろ!?』
「どうしても譲らぬと申すか…宜しい、ならば戦争だ」
それまで落ち着き払っていたはずの魔王キャンは、突如両手を構えて禍々しい力をチャージし始め、室内に逆巻くような気流が生まれて雷撃が迸った。
その震え上がるような衝撃と脅威に、恵は唖然とする他なかった。隣国の王女を巡った醜い諍いが、いきなり最終決戦へと昇華していた。
——うわああ! 争うつもりのなかった魔王が本気出し始めちゃったよ!? こんなの太刀打ち出来るわけないじゃん!?
「そっちがその気ならここでケリを付けさせてもらう! おいチアキ! ありったけの衛兵を搔き集めろ! この部屋で魔王を一網打尽だ!!」
——そして俺が勇者のはずなのに全然頼りにされてないじゃん!? 頼りにされても困るけど!!
だがチアキは国王の指示通りに部屋を飛び出すことはせず、寧ろ恵を戦闘に押し出そうとしていた。
「いいえ国王様! 魔王を倒すのは勇者の役目です! 彼の力を信じずしてどうするのですか!!」
『なんでおまえはそこで我を貫くんだよ!? 今回はおまえが一番真面だったはずじゃねぇのか!? …ああもうハル、なんとかならないのかこの状況!?』
成す術の無い恵は、藁にも縋る思いで傍観しているハルに助けを求めた。
「うーん、提案がないわけでもないけど…城下町の1日5個限定クリスタルシュガータルトの奢りを約束してくれたら教えてあげるよ」
『今そんな条件出してる場合じゃないだろ!? 何タルトか知らないけど買ってやるから早く教えてくれよ!?』
「やったぁ。えっとね、『夢現の剣』にはもう1つの力があって…相手を現実から夢の中に誘うことも出来るんだ。早い話が、質の悪い幻覚に陥れることが出来るってこと」
『この剣絶対勇者に相応しくない武器だよな!? やってることが汚れ仕事じゃねぇかよ!?』
「適当に斬る振りでもすれば簡単に発動出来るから、サクッとやっちゃいなよ」
『いやサクッと出来ちゃ駄目だろ!? そんなんだからこの剣封印されてたんじゃないの!?』
恵は悪辣な剣の仕様を嘆きながらも、無我夢中で鞘から引き抜いて振り回していた。すると何か破裂したような音と共に斬撃の軌跡が弾け、魔王キャンの横っ腹を貫いた。
その瞬間、室内を駆け巡っていた魔力的なうねりが沈静化し、魔王はその場に崩れ落ちた。出血をしている様子はなかったが、這い蹲りながら頭を抱え、歯を食い縛って悶絶していた。
「ま…まさかあの第二王女が魔素アレルギーだと…!? これでは魔界の産物など、何一つ受け入れられるはずないではないか…それを差し置いて、一体何を以て好意を届けよというのか…っ!?」
『なんかよく解らないけど勝手な設定を鵜呑みにして勝手に苦しんでるな…まぁこれで引っ込んでくれるなら構わないけど』
だがその反対側では国王ユウキも身体を震わせて愕然としており、譫言のように呟いていた。
「嘘だろ…あの第二王女には許嫁が…!? しかも既に…身重だと…!? ありえない…そんなはずがあっていいわけない…!!」
『うわ、国王の方が生々しい幻覚に囚われてるじゃねぇか……てか俺、国王様まで斬っちゃったってこと? なぁ、これどうやって元に戻すんだ…?』
恵は一瞬で2人の王を錯乱させた事実に気付いて恐る恐る背後を振り返ったが、仲間であるはずのチアキとハルは部屋の隅の方に引っ込んでいた。
そしてハルは足元に魔法陣を展開しながら、引き攣った微笑を浮かべて恵に語り掛けた。
「それじゃあケイ、タルトの件は取り下げるから…後始末よろしくね。どんなに拗れた展開も油を差して解消出来るのが、君の勇者級の取り柄でしょ?」
『おい待ててめぇら!! 上手いこと言ったつもりで逃げるんじゃねえええ!!』
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こうしてなんとか魔王を退け平和を維持したモラトリア王国だったが、その後『夢現の剣』を見た者は誰1人としていなかったという。
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