MORATORIUM CRISES

吉高 樽

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4.勇者ケイと夢現の剣 ≪前編≫

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 ここはモラトリア王国。豊かな自然に恵まれ、国民は活気に満ちあふれていた。だがその辺境の地に封印されていたいにしえの魔王が復活したとの噂が流れ、人々の生活は不安に包まれた。

 そこで若き国王であるユウキ・クライシは噂の調査、いては魔王討伐のため、勇者ケイ・モラノと重層兵チアキ・トリイ、そして僧侶そうりょハル・アムロの3人に特命を下して出立させた。

 王都から辺境の地を目指す勇者一向の旅路は、2日目の朝を迎えていた。


「今日もいい天気だな。本当に魔王が復活したのか疑問なくらい、穏やかな陽気だぜ」


 銀色の甲冑かっちゅうで身を固めて先頭に立つチアキは、後を付いてくるケイとハルに何気なく話し掛けた。それに対し、ケイは腰元に携えた剣のつかに片手を据えながらこたえた。


『そうだな…だが気を抜くわけにはいかない。そろそろ魔王の手下が、俺達の動向を注視し始めているかもしれないからな。まぁどこから攻められようとも、返り討ちにするだけさ…この国宝たる『夢現むげんつるぎ』の力をもって…!!』



 みずからに言い聞かせるように声高に発したそのとき、ケイは不図ふと疑問を覚えた。厳密には茂良野もらのけいが、現状に違和感を訴え始めた。


——あれ? なんだこの展開? なんで俺学生のはずなのに勇者とかやってんだ? 『夢現むげんつるぎ』って何ぞ?


 次にまばたきをしたときには完全に恵は、目の前で大仰な甲冑かっちゅうに身を包む友人・鳥井とりい千亜紀ちあきの姿に思わず頓狂とんきょうな声を上げた。


『千亜紀おまえ…急に何やってんだよ、その恰好かっこう!?』

「ああ? ケイこそどうしたんだよ、いきなり大声出して…魔王の手下に見つかるぞ?」


 だが千亜紀の顔をしたチアキというキャラは、きょとんとした顔でこれを受け流した。焦りを覚えた恵はたまらず周囲を見渡したが、そこはまったく見覚えのない森の中であった。


——どういうことだ? またVR空間とか変な世界に迷い込んだって展開か? 勇者とか魔王とか…何かの設定なのか? てか俺、これから何かと戦わなきゃならないのかよ?


「おい大丈夫かよケイ、挙動不審だぞ。あ、さては昨晩踊り食いしたキノコにでもあたったのか?」

『キノコの踊り食いって何!? 昨日の俺一体何食ってたの!?』


 チアキはげんなりしたような表情でたしなめてきたが、恵にはまったく身におぼえがなかった。というか昨日の夕飯は行きつけの店の豚骨ラーメンだったという記憶が確かにあった。


「しっかりしてくれよ、せっかく勇者になったんだからよ」

『いやいや、なんで俺が勇者なんだよ!?』

「その王国に代々伝わる秘剣、『夢現むげんつるぎ』を祭壇から引き抜いた者を勇者とするっていう国王の選別試験で、おまえが堂々と引き抜いたからだろ。まぁ、つるぎの埋まった隙間に目にも止まらぬ速さで油を差していたのを警備していた俺は見逃さなかったがな」

『なにその珍妙なスキル!? てか見逃さなかったんならしょっぴけよ仕事しろ!』

「そうしたいのは山々だったが…俺はこうしておまえと旅立つことを、いつしか夢見ていたんだ。油差しの仕事に身をやつしていたおまえと肩を並べられる時が来たかと思うと、感無量で摘発することも忘れてしまっていた…」

『私情挟みまくりじゃねぇかよ!? あと地味に職業格差が大きいのもなんか腹立つな! てか、そんな卑怯な出世を果たした俺に魔王なんか倒せんのかよ?』


 およそ自分の行動とは思えない背景設定に、恵は早くも先が思いられていた。そもそも剣など、生まれてこの方握ったことすらなかった。


「何言ってんだよ? 魔王を討伐するのが勇者の役目だろ?」

『いや、この国の軍事力はどうなってんだよ? 魔王討伐軍的なものは組織しないのか? そもそも魔王側の勢力は? それもわからず俺らだけっぽり出して、最前線で無駄死にしたらどうすんだよ? 俺はそんな顛末てんまつは勘弁だぜ?』

「それはその~…う~ん…なんというか~…」


 あくまで戦いたくないというスタンスのもと、恵は矢継ぎばやに質問をぶつけた。

 チアキはすっかり説明に困窮こんきゅうしていたが、その間に割って入るように紺色のローブを羽織った小柄な人物が現れた。素顔はフードとくらいレースにおおわれていて口元しか真面まともに見えず、片手にはお洒落しゃれな長い杖を携えていた。


「しょうがないなぁ、ボクが説明してあげるよ」

「おお~ハル、頼んだぜ!」


 僧侶そうりょハルはチアキと話し手を交代すると、咳払いを挟んで恵に語り始めた。


「王国軍は今、領土一帯を警護するべく編成の最中なんだ。魔王が復活したといっても、甚大じんだいな被害が起きたわけじゃないからね。辺境の村で手下の魔族に財産や農作物を荒らされたとかいうしらせを、最近耳にした程度らしくて。だから国王に選ばれたボクらが、先遣隊として調査に駆り出されているんだ。そういう意味では、必ずしも魔王を見つけ次第倒す必要はないと思うよ」

『なんだかすげぇふわっとした経緯だな…それこそ勇者が出向く必要性は薄いんじゃねぇの?』

「でも村人は勇者が立ち寄るだけで心強く感じると思うよ。あとはまぁ…勇者自体のレベル上げも兼ねてるよね」

『悪かったな出しゃばりの一般市民で! 絶対後者が国王の本音じゃん! てか春おまえ、なんで顔隠してんだよ。あと妙に声のトーンも高いし』


 恵の本能では目の前の僧侶そうりょが友人の安室あむろはるだと認識していたが、実在の本人と重ねると違和感が生まれていた。ゆえに八つ当たりするようにして、僧侶そうりょハルの顔をすっぽりおおうフードを強引にめくり上げた。


「うわっ!? …ちょ…やめ…!」


 だが貧弱な抵抗の末にあらわになったハルは、安室春の顔をした女性であった。

 フードで抑えていた金髪があふれてほのかな香りを放ち、カラーコンタクトをめているのか瞳は空色をしていた。
 元より童顔で小柄な春に、恵から見て女装の違和感はあまりなかったが、それを差し引いても恵は動揺を隠すことが出来できなかった。


『おまえ…なんで女になってんだよ!?』


 声を荒げる恵に対し、ハルはあからさまに恥じらいながら答えた。


「だって…勇者パーティには1人くらい女キャラがいた方がいいでしょ?」

『いやそんなメタい理由で女になっちゃったの!?』

「女になったって何!? 隠してただけで女なんだけど!? ケイの方こそキノコの踊り食いで記憶混濁してんじゃないの!? ちょっと調べさせて!」

『おまっ…急になにすん…!?』


 すると顔を紅潮こうちょうさせていたハルは自棄やけを起こしたのか、恵の胸元を強引に手繰たぐり寄せ、熱を測るかのようにひたい同士をくっつけた。
 それが僧侶そうりょとしての状態異常検知方法なのかは定かではなかったが、あまりにも唐突とうとつな距離の縮め方に恵の胸の鼓動は加速した。

 友人の春とはおろか異性とすらこのような接触をした経験がなく、いかにも女性らしい香りも相まって、恵は拒絶の仕方も忘れて硬直してしまった。不本意ながら、いじらしく振る舞うようなボクっの春を可愛いと思ってしまった。


——くそ、何なんだよこの展開…なんで俺はこいつなんかに、ドキドキして…!?



 だがそのとき、至近距離で猛烈な爆発音が響き渡り、すさまじい震動がはしるとともに砂煙が盛大に舞った。

 思わず体勢を崩した恵だったが、衝撃の割に吹き飛ばされなかったのはチアキが大盾おおたてで瞬時に防いでくれていたためであった。何ならハルもいつの間にやら魔法陣のような防壁を張ってみずからを護っていた。

 何が何やらわからぬまま恵がふらふらと立ち上がるなか、チアキは立ち込める砂煙の奥に向かって叫んでいた。


「おい! 急襲とは良い度胸じゃねぇか! そこにいるのはわかっている! さっさと出てきやがれ!!」


 その威勢に応じてか、間もなくして煙の中から大きな人影が現れた。

 漆黒の鎧とあかいマントをまとい、重厚なかぶとのようなもので頭部をおおった大柄な男であった。そしてその隠された表情から、不気味にとどろくような声音を発してきた。


「我が名は魔王…魔王キャンだ」

『魔王が早速さっそく出て来ちまったじゃねぇか!?』


 いかにもそれらしい風貌ふうぼうとの答え合わせに恵は狼狽ろうばいしたが、チアキはおくすることなく応戦の構えを見せた。


「てめぇが魔王か…不意打ちしてくるとは卑劣な奴め! 正々堂々勝負しろ!!」

『いや魔王なら卑劣で当然なんじゃねぇのか!? 俺が言えた口じゃないけど』


 だが魔王キャンはぐに第二撃を放つ素振そぶりを見せることなく、ぽつりとつぶやいた。


「失礼。リア充爆発しろ!と思った矢先に誤爆してしまったゆえ、別段戦いを挑むつもりはないのだ」

『なんで魔王が嫉妬しっとしてんだよ!? 殺意があふれ出てるじゃねぇか!?』

「ふん、そうか…それなら仕方がねぇな」

『おい馬鹿チアキ防御をくんじゃねぇ! 頼むから俺を誤爆から護り続けてくれよぉ!!』


 しば蚊帳かやの外だったチアキの寝返りを危惧きぐした恵は必死にその背中にすがり付いたが、その情けない要請を聞いた本人はなかあきれたようにして応じた。


わかってるよ。ったくおまえの泣き虫は昔から変わらねぇなぁ」

『気持ちはありがたいけどおまえと幼馴染おさななじみだったおぼえは俺にはないからな』

「さて、それはそれとして…おい魔王、てめぇに戦う意志がなくてもこっちはタダで引き下がるわけにはいかねぇんだよ。国民の暮らしが脅かされてるんだからなぁ!」


 まるで主人公の座を勇者から奪ったかのように啖呵《たんか》を切るチアキの後ろ姿に、恵は再び焦燥しょうそういだいていた。だが他方の魔王キャンは、それでもなお構えることなくかしこまった態度をとってきた。


「ならばその件に関しては我の方から謝罪させていただきたい。我がしもべ不手際ふてぎわを働いたゆえ…本当は復活に際して人間側とは対等な関係を築くことを望んでいるのだ」

『え、マジで? なんだ戦う必要ないんじゃん』

ほだされるなよケイ、魔王の言葉を簡単に信じるな。奴は何百年も前に王国を滅ぼしかけた人間の敵なんだぞ!?」


 真に受ける恵をチアキがとがめていると、魔王キャンは禍々まがまがしい円形のゲートを開いて何かを引っ張り出した。

 怪しげな行動によってその場に緊張がはしったが、魔王が取り出したのは色とりどりの菓子類が積まれた荷車であった。途端とたんに一帯は甘くてとろけるような香りに包まれた。


「これは人間界の農作物を魔界の素材で加工した品々だ。これをもって謝罪、ならびにモラトリア王国との交易の先駆けとしたい」

『おいおいこの魔王、マジでよこしま欠片かけらもねぇじゃねぇか…!』


*****

果たして超低姿勢な魔王と相対した勇者ケイの運命や如何いかに。後編へ続く。
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