MORATORIUM CRISES

吉高 樽

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1.期末試験は戦争 ≪後編≫

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『ねぇよ!? さっきからおまえの発言が怖いんだけど!?』

「まぁ1本$30するから、円安のご時世だとこの出費は怖いよね」

『こんな物騒なもんに出費を躊躇ためらわないおまえの精神状態の方が怖いわ!!』


 唖然あぜん驚愕きょうがくが入り混じるけい他所よそに、はる太々ふてぶてしい表情を浮かべながら渾身こんしんの武器の発射準備に取り掛かった。


「そんなに興奮するなよ、勝算はあるって言っただろう。試験官のキャンさんは、僕の所属するサークルの幽霊部員だ。でも一度会ったときに、キャンさんのパラメータは熟知している。あの人のヒットポイントやアビリティを考慮すれば、ペンシルロケットを20本まとめてぶち込むことで一気にたおすことが出来できるとすでに算段が立っているのさ!」

『おまえはおまえでなんか違うゲームやってない!?』

「よし!発射だ!!」


 春の意気揚々とした号令と共にペンシルロケットは断続的に放物線をえがき、煙の立ち込める舞台上に次々と着弾して壮絶な爆撃を生み出した。最早もはや試験官のキャンがどのような状態なのかも見定めることは出来できなかった。


『…なんか、割とバラバラに到達したみたいだったんだけど?』


 だがロケットの軌道はそれぞれが微妙にずれており、集中攻撃と呼ぶには散漫な結果となっていた。
 恵は顔を強張こわばらせながら春に指摘したが、当の本人も口を半開きにしたまま固まっていた。


「あー…、そういえばこの武器の命中率って…僕のアジリティー依存だった。」

『よくわかんねぇけど駄目じゃねぇか!?』


 即座に反撃の弾道が襲い掛かり、恵は再び衝撃に吹っ飛ばされて講堂の最奥付近へと転がった。
 依然として銃撃と爆撃の応酬は続いており、身体のきしむような痛みと耳鳴りで何がどうなっているのかもわからなくなった。


——も、もう沢山たくさんだ。俺だけでもここから逃げおおせねぇと…!


 春の安否を確認する余裕もなく、恵は不意に視界に入った出入口の扉に夢中で手を掛けようとした。


「おいおい、まさか諦めちまうのか?」


 だがそのとき、恵は扉のかたわらで悠然と壁にもたれかかっていた男に呼び止められた。この大学では顔の知れたリア充である倉石くらいし祐希ゆうきが、何か筒状の道具のようなものを抱えながら恵をあおり立てていた。


「この試験会場を一歩でも出れば即落単らくたん…それをわかっていないわけじゃないだろう?」

わかっとるわ!! 単位より命が大事だから出ようってんだよ文句あっか!!』


 まなこを血走らせて必死の形相ぎょうそうを見せる恵に対し、祐希はなだめるように言い聞かせた。


「まぁ落ち着けよ恵。俺ならキャンの奴…彼奴きゃつの武装を無力化出来できる。」

わざと略し直すなよ紛らわしいから。てかついに俺だけなのかよ、喜屋武キャンさん知らねぇの。』

「俺と彼奴きゃつは高校時代の同期だ…俺は一浪したから大学では後輩になったがな。だからこそ彼奴きゃつが展開する物理カウンター障壁は、強化こそされど当時と何ら仕組みは変わっていないことを俺はこの場で容易たやすく看破した!」

『おまえ出身は神奈川の普通の公立高校って言ってなかったっけ!?』

「そこで俺の開発したこのシールドキラー…壊れた水道管を夜鍋よなべして修理し作り上げたこれさえあれば、彼奴きゃつの障壁を取り払うことが出来できる!!」

『なんでピンポイントで対策出来できてんだよ!? てかそこまで豪語ごうごするんなら早く使えって!!』

「使えば必ず彼奴きゃつの反撃が飛んでくるからな…ゆえに障壁の解除と同時に彼奴きゃつを叩ける協力者を安全圏で待っていたのさ。恵、おまえが俺の前に転がり込んできたのが運の尽きだったな」

『全然協力を要請する立場の台詞せりふじゃねぇからなそれ!? あと俺何も武器とか持ってないから!!』

「何言ってんだ、≪どこでも六法≫なら持ち込み可能だったろ?」

『鈍器として持ち込んだ覚えはねぇよ!!』


 祐希と言い争っていると、比較的安全圏であったはずの講堂の最奥でもあからさまに着弾が増えつつあった。
 しびれを切らした祐希は恵の身体を強引に舞台の方へ向けさせ、その背中を勢いよく押した。恵はたまらず不安定な足場を転がるように滑り落ちていった。


「とにかく突っ込めよ恵! この試験はおまえに掛かっている!! その辺の瓦礫がれきでも投げ付けて一発お見舞いしてやれ!!」


 いまだにこの世界観に適応し切れていない恵にとっては、何であれ他人に物を投げつけることには抵抗があったが、後戻りが出来ないまま銃声響く煙の中に紛れると、もう何もかもがどうでもよくなってしまった。
 祐希の言う通りに動くことでこの殺伐とした時間が終焉しゅうえんを迎えるのであれば、それにすがる他なかった。


『このくそおおお! どいつもこいつもいい加減にしやがれえええ!!』


 講堂の一番下までやけくそに到達した恵は、不明瞭な視界の中でも舞台がすでに大きく陥没しているのがわかった。
 そのとき大きな硝子がらすが砕けるような盛大な音が響き、祐希がシールドキラーなるものを発動させたのだと察した。


『おおらああああ!!』


 そして恵は最初に試験官が立っていたとおぼしき位置を目掛けて、投げ槍に瓦礫がれきを放り投げた。真面まともに相手が見えないのに命中するはずがないと、ただ祐希に言われた通りに遂行を果たしていた。

 だが予想に反して、瓦礫がれきは何か金属板のようなものに命中してにぶい音を返した。次第に煙が晴れて来ると、恵の目の前には巨大な戦車のようなものがそびえていた。

 何故なぜか砲座の部分には人間の顔が付いており、両脇からはマジックハンドのような大きなこぶしが生えていた。後方では蒸気が噴き上がっており、ハッチから頭をのぞかせているキャンがその音に負けじと高らかに笑っていた。


「ふはははは! 見たか虫けらども! たとえシールドを突破出来できたとしても、この≪キャンキャンスタイン2号≫を前にはどんな武力も通用はしない!! 無駄な抵抗は止めて大人しく降参するんだな!!」

『キャラ変わりすぎだろこの人…あと戦車の名前がだせぇ』


 最早もはやどうやってこの重機を講堂に持ち込んだのかなどと突っ込む気も失せていた恵だったが、ネーミングセンスはさて置きその風貌ふうぼうにはどこか見覚えがあった。

 更にこれまでに耳にした数々のフレーズや呼称も古い記憶をみがき上げて、間もなくして恵には1つの解が導き出されていた。


『それ…●ザー2のパクリだよな?』


 そう問いかけた瞬間、時間が止まったかのように講堂内が静まり返った。


「…ななな、何を言ってるんだおまえは!?」


 静寂の中でわかやす狼狽うろたえるキャンに対して、恵は自分が何をすべきだったのかをはっきりと思い出した。


——そうだ、俺はいま著作権法の期末試験を受けているんじゃないか。


『著作権は一定の正当と認められる場合を示したうえで、著作物を自由に使用してよいと定めているのであって云々うんぬん…』

「や、やめろぉ! 正論をかざすんじゃないわ!!」

『うるせぇ! 期末試験で正論ぶつけて何が悪いんだよ!!?』


 恵の渾身こんしんのツッコミが突き刺さった途端とたん、≪キャンキャンスタイン2号≫は彼方此方あちこちから黒煙と火花を噴き出して盛大な爆発を引き起こした。至近距離にいた恵は紙切れのように吹っ飛ばされ、目の前が真っ暗になった。



「…恵…恵! おい起きろ、もうすぐチャイムが鳴っちまうぞ!?」


 やかましい呼びかけに気が付いて恵がまぶたを開けると、やがて鮮明になった視界には千亜紀の顔が映っていた。

 蹌踉よろめきながらも千亜紀の肩を借りて立ち上がると、講堂内は無惨な有様となって静まり返っていた。
 舞台だった場所には戦車の残骸がだ黒煙を上げており、かたわらにはキャンが瓦礫がれき同然に転がっていた。恵と千亜紀を除いて、そこに立っている者は誰もいなかった。


『…千亜紀、俺らは試験をやり遂げたのか?』

「ああ、そうだ! 俺達2人以外は、残念ながら脱落しちまったみたいだがな…」

『そうか……春も祐希も、あのキャンさんて人にやられて…』

「いや、あいつらは著作権に引っ掛かって脱落だ。他の連中も…2番校舎の地下の店で武器調達してた奴は漏れなくおじゃんだ」


 成程なるほどそういう試験だったのか、と意識を取り戻したばかりの恵は納得してしまった。

 …となるはずが、しっかりと違和感が脳の片隅に引っ掛かった。


『おい、じゃあおまえはどこで重火器を調達してたんだよ』


*****

 後日、案のじょうというべきか、著作権法の試験は教授によって改めて筆記で実施された。千亜紀はひっそりと単位を落した。
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