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1.期末試験は戦争 ≪前編≫
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日本の大学生活における4年間は、屡々社会に出るまでのモラトリアム期間などと言われる。
都内某所にある私立希生大学法学部の3年生である茂良野恵は、何ということのないキャンパスライフを送り、そのモラトリアムを存分に享受していた。
とはいっても絶えず悠々自適な日常が続くわけではなく、学期末には当然に期末試験が待ち受けている。
そこで一定水準の点数を獲得し単位を取得出来なければ——所謂『落単』が積もりに積もれば、モラトリアムは終焉を迎え、延いてはその先の社会人生活への道程も険しいものとなりかねない。
だが普段から生真面目に勉学に励んでいた恵にとって、多少の緊張はあれども期末試験にはそこまでの不安を抱えることはなかった。
——次の試験は著作権法。持ち込みは筆記具と『どこでも六法』だけのテスト一発勝負。復習に抜かりはない…!
※『どこでも六法』とは、憲法および主要な法令を抜粋した勉学用の小型冊子である。小型でも充分に嵩むし重い。
「それじゃあ皆さん、そろそろ時間になりまぁす」
300人程が収容出来る劇場型の講堂の中には100人弱の受験者が着席しており、壇上では眼鏡を掛けて全身黒尽くめでゴーグルのような眼鏡をかけた、図体の大きい男子学生がマイクを通じて声を掛けていた。
教授の姿は見当たらなかったが、それ自体は他の試験でも珍しいことではなかった。
「本日は教授がぎっくり腰でお休みなんで、ゼミ生である私が試験を担当しまぁす」
低音イケボで気怠そうにアナウンスするその姿は、だがしかし恵には一抹の違和感を与えた。
——なんで試験官があの人だけなんだ? それにもうチャイムが鳴るのに、問題冊子も答案用紙も配布する様子がない…?
「試験内容は私を斃すことでぇす。私が斃れるまでに生き残っていた受験者に単位が送られまぁす」
——え? …は?
恵が耳を疑った直後、試験開始を報せるチャイムが鳴ると同時に、講堂内の受験者がそれぞれ思い思いの銃を机の下から取り出し、舞台上の試験官に向かって一斉に発砲した。
中には手榴弾のようなものを投擲する者もおり、忽ちけたたましい銃声と爆音が室内に充満して、正面は粉塵が湧き上がり何も見えなくなった。
——何これ!? 何がどうなってんだよ!?
当然のように筆記試験の開始を身構えていた恵は、当然のように武装し容赦ない銃撃と爆撃を浴びせる受験者の豹変ぶりに、そしてこの空間における世界観の変貌を全く呑み込めず呆然と目を瞬かせた。
だがそれも束の間、煙が立ち込める舞台上から幾つもの弾道が放物線を描き、講堂内の彼方此方に着弾して爆発を起こした。
次々と机や椅子が拉げても尚銃声と振動は続き、悲鳴と怒号が入り混じるなか、成す術の無い恵は崩れた瓦礫の傍で委縮する他なかった。
——訳わかんねぇよ!? こんなのもう試験でも何でもない、早く脱出しないと…!?
「おい、恵!! 無事か!?」
不意に馴染みのある声を掛けられ、恵は夢中で振り向いた。ガタイの良いツーブロックヘアの同級生、鳥井千亜紀がライフルらしき銃を机に立て掛けながら応戦していた。
恵は千亜紀の無事に安堵する一方で、変貌した世界観への順応振りに戸惑いを隠せなかった。
『千亜紀、これどうなってんだよマジで!? 著作権法の試験で合ってるよな!?』
「そうに決まってるだろ! なんでおまえ何の対策もしねぇ丸腰で来てんだよ!?」
『いや充分に対策したわ! 条文とか判例とか! おまえこそ午前中に俺のノート一式コピーしてたの何だったんだよ!?』
「らしくねぇなぁ恵、教授の趣味はサバゲ―だって初回で紹介してただろ! だから試験内容は筆記かサバゲ―か、どちらが来てもいいように準備して当然だろうがよ!!」
『どう考えても講義でやった問題出すのが当然じゃねぇか!?』
「でも他の連中も皆サバゲ―の準備して来てるぞ」
『俺の常識が間違ってんの!? てかこれサバゲ―じゃねぇって!!』
自然と口論に熱くなっていると、2人の付近に新たな反撃の弾道が降り掛かって再び爆発を起こした。襲い来る破片混じりの粉塵と轟音のなかで恵は呻き声をあげたが、千亜紀は舌打ちをしながらも怯むことなく銃声を響かせていた。
「恵、とにかく今はキャンさんを斃すことだけを考えろ! 謂わばこれはレイドバトルみてぇなもんだからな!」
『キャンさんって誰!?』
「壇上にいる試験官、喜屋武さんだよ! くそ、何の報せもなく教授とチェンジしたから他の連中も攻略法が解らず後手に回ってんだ!!」
『いや教授との戦闘対策すら知らねぇから!! てか、そのキャンさんて何者なんだよ!?』
「キャンさんは学部の先輩であり、俺がバイトしてる居酒屋の先輩だ! よく客が残した料理を摘まみ食いしている! 中でも水雲の天麩羅が好物だ! あの人にはうちなんちゅの血が流れているからな!!」
『おまえも何一つ有用な攻略法を持っていないことはよく解ったよ!!』
「馬鹿野郎! うちなんちゅなら三線鳴らすか水雲食わせれば大抵は大人しくなるって習わなかったのかよ!?」
『習ってないし沖縄県民への偏見が酷いから今直ぐ謝れ!!』
だが再び2人のもとに舞台からの弾道が突き刺さり、恵は今度こそ衝撃で吹っ飛ばされた。少し離れた瓦礫の山に身体を強く打ち付けて眩暈がしたが、爆心地に立ち込める煙を挟んで千亜紀とは離れ離れになってしまった。
『千亜紀!? 大丈夫かーーっ!?』
恵が迫真の想いで呼びかけると、煙の向こうからは弱々しい千亜紀の声が返ってきた。
「沖縄の人、すいませんでした~…」
恵はその台詞から、千亜紀が無事であると共に戦闘という名の試験から脱落したのだろうかと訝しんだ。
「どうしたの? 千亜紀やられた?」
また別の聞き慣れた声が瓦礫の反対側から聞こえて振り返ると、童顔眼鏡男子の安室春が、白地のペンのような細く尖った道具を幾つも組み合わせながら潜んでいた。
千亜紀とは対照的にあまり物事に動じない性格でありながら、春もまたしっかりとこの状況に適応しているように見えた。
『春まで何やってんだよ!? こんなの試験でも何でもねぇよ、早く逃げようぜ!?』
「僕はちゃんと勝算があって臨んでいるんだけれど、恵はその様子だと何の対策もしていなかったみたいだね」
『おまえまでそれを言うか!? 大体こんな重火器の類、どこで調達してどうやって持ち込んでんだよ!?』
「え? 2番校舎の地下購買の裏手にある隠し部屋で買ったり借りたり出来るでしょ」
『怖っ!? 然も当然の認識みたいに言うなよ!?』
「因みに入店する前に合言葉を問われるんだけど、何も答えず3分間そのまま待機するのが正解だよ」
『その情報はいまどうでもいいよ!? てか、おまえはさっきから何やってんだよ!?』
「ああ、これ? 僕はいまペンシルロケットを20本連結させてるんだよ。まさか文具に偽装させた武器すら持ち合わせがないのかい?」
*****
春の口から出た聞き覚えのある道具の名に、恵は再び唖然としてしまった。後編へ続く。
都内某所にある私立希生大学法学部の3年生である茂良野恵は、何ということのないキャンパスライフを送り、そのモラトリアムを存分に享受していた。
とはいっても絶えず悠々自適な日常が続くわけではなく、学期末には当然に期末試験が待ち受けている。
そこで一定水準の点数を獲得し単位を取得出来なければ——所謂『落単』が積もりに積もれば、モラトリアムは終焉を迎え、延いてはその先の社会人生活への道程も険しいものとなりかねない。
だが普段から生真面目に勉学に励んでいた恵にとって、多少の緊張はあれども期末試験にはそこまでの不安を抱えることはなかった。
——次の試験は著作権法。持ち込みは筆記具と『どこでも六法』だけのテスト一発勝負。復習に抜かりはない…!
※『どこでも六法』とは、憲法および主要な法令を抜粋した勉学用の小型冊子である。小型でも充分に嵩むし重い。
「それじゃあ皆さん、そろそろ時間になりまぁす」
300人程が収容出来る劇場型の講堂の中には100人弱の受験者が着席しており、壇上では眼鏡を掛けて全身黒尽くめでゴーグルのような眼鏡をかけた、図体の大きい男子学生がマイクを通じて声を掛けていた。
教授の姿は見当たらなかったが、それ自体は他の試験でも珍しいことではなかった。
「本日は教授がぎっくり腰でお休みなんで、ゼミ生である私が試験を担当しまぁす」
低音イケボで気怠そうにアナウンスするその姿は、だがしかし恵には一抹の違和感を与えた。
——なんで試験官があの人だけなんだ? それにもうチャイムが鳴るのに、問題冊子も答案用紙も配布する様子がない…?
「試験内容は私を斃すことでぇす。私が斃れるまでに生き残っていた受験者に単位が送られまぁす」
——え? …は?
恵が耳を疑った直後、試験開始を報せるチャイムが鳴ると同時に、講堂内の受験者がそれぞれ思い思いの銃を机の下から取り出し、舞台上の試験官に向かって一斉に発砲した。
中には手榴弾のようなものを投擲する者もおり、忽ちけたたましい銃声と爆音が室内に充満して、正面は粉塵が湧き上がり何も見えなくなった。
——何これ!? 何がどうなってんだよ!?
当然のように筆記試験の開始を身構えていた恵は、当然のように武装し容赦ない銃撃と爆撃を浴びせる受験者の豹変ぶりに、そしてこの空間における世界観の変貌を全く呑み込めず呆然と目を瞬かせた。
だがそれも束の間、煙が立ち込める舞台上から幾つもの弾道が放物線を描き、講堂内の彼方此方に着弾して爆発を起こした。
次々と机や椅子が拉げても尚銃声と振動は続き、悲鳴と怒号が入り混じるなか、成す術の無い恵は崩れた瓦礫の傍で委縮する他なかった。
——訳わかんねぇよ!? こんなのもう試験でも何でもない、早く脱出しないと…!?
「おい、恵!! 無事か!?」
不意に馴染みのある声を掛けられ、恵は夢中で振り向いた。ガタイの良いツーブロックヘアの同級生、鳥井千亜紀がライフルらしき銃を机に立て掛けながら応戦していた。
恵は千亜紀の無事に安堵する一方で、変貌した世界観への順応振りに戸惑いを隠せなかった。
『千亜紀、これどうなってんだよマジで!? 著作権法の試験で合ってるよな!?』
「そうに決まってるだろ! なんでおまえ何の対策もしねぇ丸腰で来てんだよ!?」
『いや充分に対策したわ! 条文とか判例とか! おまえこそ午前中に俺のノート一式コピーしてたの何だったんだよ!?』
「らしくねぇなぁ恵、教授の趣味はサバゲ―だって初回で紹介してただろ! だから試験内容は筆記かサバゲ―か、どちらが来てもいいように準備して当然だろうがよ!!」
『どう考えても講義でやった問題出すのが当然じゃねぇか!?』
「でも他の連中も皆サバゲ―の準備して来てるぞ」
『俺の常識が間違ってんの!? てかこれサバゲ―じゃねぇって!!』
自然と口論に熱くなっていると、2人の付近に新たな反撃の弾道が降り掛かって再び爆発を起こした。襲い来る破片混じりの粉塵と轟音のなかで恵は呻き声をあげたが、千亜紀は舌打ちをしながらも怯むことなく銃声を響かせていた。
「恵、とにかく今はキャンさんを斃すことだけを考えろ! 謂わばこれはレイドバトルみてぇなもんだからな!」
『キャンさんって誰!?』
「壇上にいる試験官、喜屋武さんだよ! くそ、何の報せもなく教授とチェンジしたから他の連中も攻略法が解らず後手に回ってんだ!!」
『いや教授との戦闘対策すら知らねぇから!! てか、そのキャンさんて何者なんだよ!?』
「キャンさんは学部の先輩であり、俺がバイトしてる居酒屋の先輩だ! よく客が残した料理を摘まみ食いしている! 中でも水雲の天麩羅が好物だ! あの人にはうちなんちゅの血が流れているからな!!」
『おまえも何一つ有用な攻略法を持っていないことはよく解ったよ!!』
「馬鹿野郎! うちなんちゅなら三線鳴らすか水雲食わせれば大抵は大人しくなるって習わなかったのかよ!?」
『習ってないし沖縄県民への偏見が酷いから今直ぐ謝れ!!』
だが再び2人のもとに舞台からの弾道が突き刺さり、恵は今度こそ衝撃で吹っ飛ばされた。少し離れた瓦礫の山に身体を強く打ち付けて眩暈がしたが、爆心地に立ち込める煙を挟んで千亜紀とは離れ離れになってしまった。
『千亜紀!? 大丈夫かーーっ!?』
恵が迫真の想いで呼びかけると、煙の向こうからは弱々しい千亜紀の声が返ってきた。
「沖縄の人、すいませんでした~…」
恵はその台詞から、千亜紀が無事であると共に戦闘という名の試験から脱落したのだろうかと訝しんだ。
「どうしたの? 千亜紀やられた?」
また別の聞き慣れた声が瓦礫の反対側から聞こえて振り返ると、童顔眼鏡男子の安室春が、白地のペンのような細く尖った道具を幾つも組み合わせながら潜んでいた。
千亜紀とは対照的にあまり物事に動じない性格でありながら、春もまたしっかりとこの状況に適応しているように見えた。
『春まで何やってんだよ!? こんなの試験でも何でもねぇよ、早く逃げようぜ!?』
「僕はちゃんと勝算があって臨んでいるんだけれど、恵はその様子だと何の対策もしていなかったみたいだね」
『おまえまでそれを言うか!? 大体こんな重火器の類、どこで調達してどうやって持ち込んでんだよ!?』
「え? 2番校舎の地下購買の裏手にある隠し部屋で買ったり借りたり出来るでしょ」
『怖っ!? 然も当然の認識みたいに言うなよ!?』
「因みに入店する前に合言葉を問われるんだけど、何も答えず3分間そのまま待機するのが正解だよ」
『その情報はいまどうでもいいよ!? てか、おまえはさっきから何やってんだよ!?』
「ああ、これ? 僕はいまペンシルロケットを20本連結させてるんだよ。まさか文具に偽装させた武器すら持ち合わせがないのかい?」
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