陽炎、稲妻、月の影

四十九院紙縞

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第4話 天秤に掛けるもの

(6)――アサカゲさんと先生にも感知されない、ぼんやりした人影、か。

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 期末テストまで一週間を切ると、嫌でも校内の雰囲気がピリついているのがわかるようになった。
 全ての部活動が活動停止期間に入り、放課後の校内は嘘のように静まり返る。俺たちのように教室や図書室で勉強をしている子はちらほら見かけるが、いつもの喧騒は見る影もない。
 授業時間中に一人で巡回を続けているけれど、廊下から見ていても、先生も生徒も気合いの入りようが違って見える。先生側は、テスト範囲を網羅しつつ丁寧に教えているし、生徒側は、少しでも良い点数を取る為に、真剣な表情で授業に齧りついている子が多い。
 教員と生徒はそんな感じで、ある種殺伐としているが、校内の心霊現象については、普段とあまり変わりはない。幽霊はその辺を歩いていたりするし、ポルターガイスト現象も時折起きるが、今のところは、どうにか俺とハギノモリ先生とで対応できている。
 そして、肝心要のアサカゲさんの勉強だが。
 中間テスト時の惨憺たる点数が嘘のように、順調に遅れを取り戻していた。
 結局、クラスメイトからノートを見せてもらう等して交流を深めよう作戦は失敗に終わってしまったが、それは次回以降の課題としよう。ひとまず、きちんと授業に出席する習慣が身につき、全教科の基礎を概ね理解してもらえただけ重畳だ。
 気になる点があるとすれば、ひとつだけ。
 アサカゲさんがあれ以降も、時折、俺を無視することだ。
 しかし俺も、ただ受け身でいたわけではない。ここ数日の様子から、アサカゲさんの行動には共通点があることに気づいたのだ。
 それは、俺が一般生徒と話をしているときに限る、ということだ。
 それ以外のとき、例えば、俺がアサカゲさんの隣で一方的に話しているときは、目線で相槌を打ってくれたりするし。一対一で話すときも、いたって普通である。遠慮していると言えばそうなのかもしれないが、俺としては、人間関係への諦観が思いの外深刻なような気がしてならない。はてさて、どうしたものだろう。
「……――あの、ろむ君、聞いてる?」
「ああ、ごめん、なに?」
 気持ちを切り替え、今は声をかけてきた女子生徒たちとの会話に集中しよう。
 この子たちは、そうだ、アサカゲさんと同じクラスのタカハシさんとサトウさんだ。
 時刻は、昼休み終盤。
 どこかでお弁当を食べていたのか、二人ともランチバッグを手にしている。
「だからね、中庭の話だよ」
 サトウさんは言う。
「私たち、さっきまで第一教室棟と第一特教棟の間にある中庭で、一緒にお昼を食べてたんだけど。隅のほうに、なんか変なのが居たんだよ」
「変なの?」
 あまりに抽象的な物言いに、俺はオウム返しに質問した。
「なんて言えば良いのかな。ろむ君よりはっきり視えない、もっとぼんやりした人影みたいなやつ。ね、千華」
 サトウさんに同意を求められたタカハシさんは首肯し、続ける。
「突っ立ってるだけだったみたいだけど、なんか、ぞぞぞーって寒気がしてさ。萩森先生も朝陰さんも反応してないレベルみたいだから大丈夫だとは思うけど、一応、ろむ君には話しておこうかと思って」
「万が一なにかあったら、この話、朝陰さんたちに伝えてね」
 なんだか体よく間に挟まれた気もするが、情報提供は有難い。
 アサカゲさんと先生にも感知されない、ぼんやりした人影、か。
 一度、幽霊である俺の目で見てから二人に報告しても良いかもしれない。
「二人とも、教えてくれてありがとう。体調とかは問題ない?」
「うん。中庭を離れたら寒気も治まったし、平気」
「強いて言えば、テスト前で気が重いくらいじゃない?」
「わかるー」
 けらけらと笑い合っている二人の顔色は、健康そのもの。テスト勉強で疲れていても、霊的なものに憑かれてはいないようである。
「あ、ヤバ。昼休み終わっちゃう」
「次の授業、最初に小テストあるやつじゃん。じゃあ、またね、ろむ君」
 そう言って二人は俺に手を振りつつ、慌しい様子で自教室へと戻っていった。
 あの二人に小テストがあるということは、アサカゲさんも同様か。それなら中庭に様子見しに行ったあと、ひとまずハギノモリ先生にだけ報告したほうが良いのかも。
 そんなことを考えながら、俺は中庭に向かうことにした。
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