陽炎、稲妻、月の影

四十九院紙縞

文字の大きさ
上 下
23 / 44
第4話 天秤に掛けるもの

(4)――「はあ、現代っ子、難しい……」

しおりを挟む

 六限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 俺は今、第四資料室にて、アサカゲさんが来るのを待っている。
「はあ、現代っ子、難しい……」
 空中にぷかぷか浮きながら、俺は昼休みのことを思い出し、深いため息をついた。
 今日の二限終わりの休憩時間に、思い切り合った視線を切られ無視されたことは、俺にとってはなかなかにショッキングな事件であり。なにか彼女を怒らせるようなことや、不快に思わせるようなことをしでかしただろうかと考えつつ、昼休みにアサカゲさんに会いに行ったのだ。
 昼休み中、アサカゲさんは人気ひとけのない場所に居ることが多い。前に俺が教えた場所を転々としているらしく、見つけるのにそう時間はかからなかった。
 そうして勇気を振り絞って声をかけると、肩透かしを食らうほど、アサカゲさんはいつも通りに俺と話をしてくれたではないか。
 午前中のあれはなんだったのか、この反応では逆に怖くて訊くこともできず。俺はただ、放課後の勉強会について伝えるのでやっとだった。
 俺だって享年で言えば彼女とそう歳は変わらないはずなのに、考えていることが全くわからない。生きた時代が異なるだけで、こうも違うものなのか。
 あれでは、嫌われているのかそうでないのか、判断がつかない。
 今までだって、人の多い場所ではアサカゲさんにスルーされる場面は多々あった。しかし今日のあれは、明確に怒りや嫌悪の感情を抱いていたように見える。
 俺のなにかしらの行動で、彼女にあんな態度を取らせてしまったのなら、謝りたい。が、驚くほど心当たりがない状態で謝っても、それは中身のない謝罪になってしまう。
 どうしたものかと考えあぐねていると、がちゃりと資料室の鍵を開ける音がした。
「よお、来たぜ」
 そうして戸が開き、姿を現したのはアサカゲさんだった。
 これから勉強会を行うこともあってか、やや気怠げではあるが、午前中ほどではなさそうである。
 アサカゲさんは部屋の電気を点けると、荷物を机の上に置き、窓を開けた。梅雨真っ只中ということもあり、湿気を帯びた風が入ってくる。けれど、不快というほどではない。
「あのさあ、ひとつ訊きてえんだけど」
 椅子に腰掛けながら、アサカゲさんは言う。
「その眼鏡、どうしたんだよ?」
 小さく笑ったアサカゲさんに、俺は内心安堵する。
 いつものアサカゲさんだ。
 今も昼休みもこうだと、いよいよもって、午前中の無視はなんだったのか、謎は深まるばかりである。タカハシさんたちが、小テストがどうのと言っていたし、その結果が振るわず虫の居所が悪かったのか……? いまいちアサカゲさんらしくない感じはするが、しかし、いつまでもこの件を引き摺るのも精神衛生上よろしくない。
 ざわめく思考に蓋をして、俺は指摘された黒縁眼鏡をくいっと上げ、
「ああ、これ? 伊達眼鏡」
と言った。
「どこで拾ってきたんだよ」
「拾ってきたんじゃなくて、貰ったんだよ、ハギノモリ先生から。こうすると先生っぽさ出るじゃん。ね、どうどう?」
 正確に言えば、『作ってもらった』眼鏡である。
 あまり強力な霊術で作られているものではないらしく、明日になったら消えてしまうらしい。だが、かたちから入るには、充分に役割を果たしてくれているように思う。
「はいはい、似合ってる似合ってる」
「えへへー」
「それで? ろむ先生って呼べば良いのか?」
 鞄から勉強道具を取り出しながら、アサカゲさんは言った。
「いやいや、そこまでは求めないよ。これは、俺がアサカゲさんに勉強を教えるぞっていう意気込みの現れってだけ。さ、アサカゲさん、早速始めようか。期末テストまであんまり時間もないし、特に苦手な教科から重点的にやっていこう」
「ああ、よろしく頼む」
「ちなみに、中間テストで一番点数が悪かった教科は?」
「化学と英語、あと数学」
「……俺、一番点数が悪かった教科を訊いたんだけど、なんで複数あるの?」
「同じだけ点数が悪かった教科が複数あるからに決まってんだろ」
「……。頑張ろうね、アサカゲさん!」
 これは険しい道のりになるぞ、と片唾を飲み込み、俺は言った。
 だが。
 いざ勉強を始めてみると、意外な事実が判明した。
 それは、アサカゲさんは決して勉強ができないわけではない、ということだ。
 恐らくアサカゲさんは、授業に追いつけなくなった結果、基礎が壊滅的になっているだけなのだ。その証拠に、一から順に教えていけば、躓くことなく理解し、難なく問題を解いてみせた。
 これなら、赤点回避どころか、全教科平均点以上だって夢じゃないかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

家出女子高生と入れ替わる。そしてムダ毛を剃る。

矢的春泥
ライト文芸
家出女子高生と目が合ってしまい付いてこられたおじさん。 女子高生にぶつかられて精神が入れ替わってしまう。 仕方なくアパートに部屋に行き、体が入れ替わったままで女子高生とおじさんの同居生活が始まる。

事故物件ガール

まさみ
ライト文芸
「他殺・自殺・その他。ご利用の際は該当事故物件のグレード表をご覧ください、報酬額は応相談」 巻波 南(まきなみ・みなみ)27歳、職業はフリーター兼事故物件クリーナー。 事故物件には二人目以降告知義務が発生しない。 その盲点を突き、様々な事件や事故が起きて入居者が埋まらない部屋に引っ越しては履歴を浄めてきた彼女が、新しく足を踏み入れたのは女性の幽霊がでるアパート。 当初ベランダで事故死したと思われた前の住人の幽霊は、南の夢枕に立って『コロサレタ』と告げる。 犯人はアパートの中にいる―……? 南はバイト先のコンビニの常連である、男子高校生の黛 隼人(まゆずみ・はやと)と組み、前の住人・ヒカリの死の真相を調べ始めるのだが…… 恋愛/ТL/NL/年の差/高校生(17)×フリーター(27) スラップスティックヒューマンコメディ、オカルト風味。 イラスト:がちゃ@お絵描き(@gcp358)様

処理中です...