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(2)――「うみゃ……うみゃ……」
しおりを挟む予想が的中したことで脱力しつつ、俺は言う。
「やだよ。俺、まだ死にたくないもん」
「そ、そんなに飲みませんよ!」
「本当に?」
「本当です!」
そう言われても、安心なんてできるわけがない。体の良いことを言って俺を騙し、血を飲み干す悪党かもわからないのだ。
「相手が死ぬまで血を飲むなんて、絶対にしませんよ! そんなことしたら、吸血鬼ハンターに追われちゃいます」
「あんたは既に俺を襲ってるわけだけど、それでハンターは動かないの?」
「はい。殺したわけではないので」
割と判断基準緩めなんだな、吸血鬼ハンターって。
……なんて、なんだか和やかに会話をしているが、今だって俺の血を彼女に分け与えるかどうかの駆け引きの最中である。
「わかった。それじゃあ、俺が失血死するほどの血を飲まないと、信じるとしよう」
さっさと帰って楽しみにしている配信を観たい俺は、言う。
「俺はあんたに血を飲ませる。それで、あんたは?」
「『あんたは』とは?」
「等価交換、物々交換……どっちでも良いけど、なにか見返りが欲しいって話」
今日日、献血だってあれこれと景品が貰えるのだ。
行き倒れの吸血鬼に酷なことを言うかもしれないが、これがお互いの精神衛生上の為だと思う。
「それなら……夕飯を奢ります!」
「残念、もう買ってあるんだ」
持っていたビニール袋を見せ、俺は言った。さっきあげた水だって、今夜のぶんにするつもりだったのだ。
「じゃ、じゃあ、朝ご飯を……」
「俺、朝食食べない派なんだよね」
「お昼は……」
「昼は学食で食べるから無理」
「で、でしたら明日の夕飯は、如何ですか?!」
「明日の夕飯なら、うん、大丈夫」
でもさ、と俺は続ける。
「あんたに奢らせて、俺一人が食べるのって、あんまり気が進まないんだけど」
「ああ、ご心配なく。わたし、満腹感を得られないだけで、人間の食事も楽しめるタイプの吸血鬼ですので」
「ふうん」
得意気に胸を張った吸血鬼に、俺は、大変そうだなあ、なんて月並みな感想を飲み込みつつ頷いた。
「それでは、交渉成立……ですね」
口から漏れ出る涎をじゅるりと啜りながら、吸血鬼は言った。
せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、台無しである。
「もう一度言うけど、俺が死ぬまで飲むんじゃないぞ」
「もちろんです!」
吸血鬼は、俺の念押しの確認が聞こえているのか怪しいほど、俺の首一点を見つめながら、首肯した。
大丈夫か、これ。
一抹の不安が脳裏を過る俺をよそに、吸血鬼はがばっと俺に抱き着いたかと思うと、かぷりと首筋に噛みついた。
「いっ……」
堪らず声が出てしまったが、しかし、さきほどより痛みは少ない。あくまで最初のは、我を失い過ぎていたが故のものだったということか。
「うみゃ……うみゃ……」
首元で、吸血鬼がなにやら喋りながら俺の血を飲んでいる。喋りながら食べる子猫か。
そんなしょうもないことを考えている自分が馬鹿らしくなるが、そうでもしないと、美女に抱き着かれ首を噛まれているという状況に、どうにかなってしまいそうな自分が居るのだ。さっきから、汗が尋常でない。じっとりとかいた汗で服が背中に張り付いて気持ちが悪い。早く終われと、そう願うばかりだ。
「――ふはー! ごちそうさまでしたっ!」
それから、どれくらい経った頃か。
少なくとも、俺の頭がくらくらとしてきた頃になって、ようやく、吸血鬼は満足そうにそう言って俺から離れた。
「いやあ、おかげさまで生き返りました! おにーさんの血、めっちゃ美味しかったですっ!」
「そりゃあ、なによりだよ……」
身体はふらつくが、これだけ元気になったのなら良かったと思うのは、あまりにお人好し過ぎるだろうか。けれど、これだけ美しい満面の笑みを向けられたら、それで良いと思ってしまうのだ。
「それじゃあ、おにーさん。明日の夜、駅前広場まで来てください」
今度は不敵な笑みを浮かべ、吸血鬼は言う。
「おにーさんの食べたいもの、なんでも奢ります。なにが食べたいか、考えておいてくださいね」
そう言うと、吸血鬼は指をぱちんと鳴らした。
途端、今までそこに居たはずの姿が、霧が晴れるように消えてなくなり。
その場に残ったのは、ざあざあと降りしきる雨と、貧血気味の俺一人だけだった。
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