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5.――「ロイドの好きなように、して」

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 結論から言うと、ロイドは夕飯の時間に帰ってはこなかった。
 約束をした手前、ぎりぎりまで待ってはいたものの、ロイドの部下の人から「ボスは本日、帰りが遅くなるそうですので、先に夕飯をお召し上がりください」と言われれば仕方ない。
 一人で夕飯を食べて、シャワーを浴びて、今朝目を覚ました部屋のソファーに身体を沈め、一応は寝ずにロイドの帰りを待つことにした。
「……」
 愛人としてここに置かれた以上、俺に与えられた役割はロイドの夜の相手――つまり性欲処理以外には考えられない。
 ロイドがバイなのかゲイなのかはさておき、知識だけは一応はあったから、後ろの準備は整えておいた。うろ覚えな上に、洗浄しただけ。解しておければ一番良かったのかもしれないが、指を一本挿れただけで心が折れた始末である。
 ロイドがネコだったらこの苦労は無意味に終わるわけだが……なんとなく、あんなキスをしてくる男は、ネコではないような気がしていた。
 侵略してくるような。
 犯し尽そうと、貪るような。
 そんなキスだった。
「……」
 いやしかし、主導権は絶対的にロイドにある。
 仮にロイドがネコだった場合は、俺がタチに回るのだ。そうなれば後ろの準備以上に深刻な問題が発生する。即ち、俺が男相手に勃つかどうかという点だ。勃たなければ挿れられない。
「――ただいま!!」
「っ! お、おかえり」
 悶々と思考を巡らせていたところに飛び込んできたロイドの声に驚かされて、少し上ずった声でそう返す。ロイドは笑顔で頷いたかと思うと、次の瞬間には捨てられた子犬のようにしゅんと眉を下げた。
「僕から約束したのに、一緒に夕飯を食べることができなくて、本当に悪かった。ヒイロ、君はちきんと食べた?」
「きちんと、な。うん、ちゃんと食べた。美味しかったよ」
 もう日本語をマスターしたのか、朝以上にしっかりした文法で話しながら、ロイドは早足に距離を詰めて来た。そうして朝同様に、当然のように隣に腰を下ろして俺の肩を抱く。
 見れば、ロイドの服は寝間着になっていた。
「もうシャワーも浴びたみたいだけど、いつ帰って来てたんだ?」
「アー、一時間くらい前かな?」
 肩にあった手はするりと鎖骨を撫で、首筋を滑り、頬を撫でた。
「でも、仕事終わりで汗とか火薬とか血の臭いがしてたから、先にシャワーを浴びてきたんだ」
「ふうん」
 物騒な単語が連続したが、いまさらだ。それらは全て受け流して、顔を寄せてロイドのにおいを嗅いでみる。えげつないほどの体格差が起因して、胸元に顔をやるかたちになった。
 確かに、そういう物騒な臭いはしない。今のロイドから香るのは、俺と同じせっけんのにおいだった。
「……ヒイロ……」
 少しだけ緊張を孕んだ声で俺の名前を呼びながら、ロイドはそっと俺の頭に手を置いた。撫でるというよりかは、それ以上は動くなという意思がこもった手に、反射的に顔を離そうとする。しかし後頭部を押さえられてしまえば、俺から身を引くことはできない。
「嫌なら、離れるよ?」
「嫌じゃない! 嫌じゃないんだ……。むしろ、とても、嬉しい。でも、それ以上動かれたら、ちょっと我慢できない……」
 我慢? と訊き返そうとして、ロイドの心臓が早鐘を打っていることに気づく。その様が、なんだか初めて彼女とデートした自分の中学時代を彷彿とさせ、思わず笑みがこぼれた。
「ははっ」
 面白くて、ロイドの胸元に頭をぐりぐりと押し付ける。
 俺ごときを相手にこんなに緊張しているのが、なんだかひどく可愛らしく思えて、これなら先の問題――挿れるだの勃つだのの問題も、そうハードルの高いものではないような気さえした。
「――ヒイロ!」
 ロイドが切羽詰まったような大声を上げたのと、強い力で俺の両肩を掴んで引き離したのは、ほぼ同時だった。
 紅鳶色の瞳はひどく興奮し、震えていて。
 俺は遅まきながらに、ああ、調子に乗ってしまったんだなと気づいたのだった。
「ご、ごめんなさい……」
 これは、彼の逆鱗に触れてしまったに違いない。
 頭の中で、冷静沈着なもう一人の俺がそう囁く。
 なんて浅はかだったのだろう。プロの殺し屋を相手に、なにを勝手に親近感を抱いているのか。俺なんかを相手に優しく接してくれるから、勘違いしてしまった。身勝手が過ぎた。殺されても文句は言えない。幸い、ロイドがもう世間から俺の存在は消し去ってくれているから、ここで殺されても面倒事にはならないだろう。
 怖くて、目を瞑る。
 けれど次の瞬間に訪れた感覚は、拳銃により撃たれた痛みでもなければ、ナイフに刺された痛みでもなく。
 ぽすん、と。
 ソファーに押し倒された、柔らかな感触だけだった。
「僕は言ったはずだよ。我慢できないって。それでも止めなかったのはヒイロ、君だ」
 ねえヒイロ、目を開けて。
 温かい口調でそう言われ、そろそろと瞼を上げる。
 すぐ目の前には、ロイドの顔があった。
 耳まで真っ赤にした、ロイドの顔が。
 それが激怒からくるものでなく、昂っているものであることくらいは、俺にでもわかった。
「今日は、ヒイロと一緒に寝るだけにしようと思ってたんだ。ヒイロだって、いきなり環境が変われば落ち着かないだろうから、落ち着くまで待つつもりだった。ヒイロが僕を信じてくれているのは嬉しいけど、僕はそんなにできた人間じゃあない」
 感情を吐き出すよう言うと、ロイドは唇を押しつけてきた。舌で俺の唇をなぞりあげ、上唇に吸いつくようなキスをする。
「お願いだヒイロ、僕に失望しないでくれ……!」
「…………よ」
「What?」
 羞恥のあまり喉元で押し潰された声は、案の定、ロイドの耳にまで届いてはくれなかった。
「失望なんて、してないよ」
 今度は真っ直ぐ、ロイドの瞳を見据えて。
 顔から火が出そうな思いで、言う。
「俺だって、その……するのかと思って、後ろ、準備してたから……」
「What……,what did you say?」
「――ッ、だからあ! ロイドとセックスするのかと思って、俺なりにアナルを解してみたりしてたのっ!」
 俺はなにを言っているのだろう。
 そう思うと、余計に恥ずかしくなった。
「笑いたきゃ笑えよ。俺だって笑ったんだし」
「ヒイロ」
「なんだよ」
「……本当に良いの?」
 良いもなにも、俺はその為に連れてこられているのだ。
 拒む理由など持ち合わせていない。
「うん。良いよ」
 俺はお前の愛人なのだから。
 性欲処理器なのだから。
「ロイドの好きなように、して」
「Oh, love!」
 言うが早いが、ロイドは再びキスをした。
 今度は触れ合うようなものではなく、ねっとりと絡みつくような、蹂躙するような、情熱的なキスで――それはあの路地裏で交わしたとき以上のものだった。さらにはロイドの両手が俺の耳を塞ぎ、必要以上に舌同士が絡み合う水音を脳内に響かせる。
 男同士でも、キスはこんなにも気持ち良い。
「っん、……ッ、ふ、ぁ……」
 ロイドの舌は俺の口内をたっぷり堪能すると、そこを離れて徐々に下へ移動していく。丁寧に首筋や鎖骨を舐め上げられれば、ぞくりと身体が震えた。
「ヒイロ……」
 俺の名前を呼ぶロイドの声は、何故か不安気に震えていた。
 どうしたのかと疑問符を抱いたのも束の間、俺は自身の身体が震えていることに気づく。
 ああ、俺、怖いんだ。
 キスだけで骨抜きになってしまうのに、それより先に進むということが。
 これから俺の中に、この男が這入ってくることが。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから……」
 ロイドに、そして俺自身にも言い聞かせるよう言って、ロイドの背に腕を回す。
 俺は今、彼の性欲処理器としてここに居るのだ。
 それを拒絶したら、もう俺に居場所はなくなってしまう。
「ヒイロが嫌なことは、なにもしない。一緒に気持ち良くなろう?」
 額にキスをすると、ロイドは軽々と俺を抱き上げ、ベッドへと運んだ。
 そうして再び首筋と鎖骨にその熱い舌を這わせながら、するりと俺の上着を脱がせていく。呆気なく晒された上半身を、ロイドはその厳つく大きな手で丁寧に触れてきた。最初は冷たいと思ったロイドの手は、身体の輪郭をなぞるように動くにつれ、次第に馴染み、心地良いものとなる。脇腹や胸の辺りから背中へと手は動く。くすぐったいような、気持ちの良いような、不思議な感覚にとらわれているうち、ロイドはゆっくりとこちらに体重をかけて俺をベッドに寝転ばせた。
「アッ……、ん、ふっ……!」
 何度かロイドの手が胸の辺りを掠め、その刺激を敏感に感じ取ったそこは、ぷっくりと立ち上がっていた。その主張を見逃すはずもなく、手はゆっくりと胸の頂をめがけて這い寄ってくる。片方はこねくり回してつまみ、もう片方は舌によって刺激を与えられれば、俺の意思とは無関係に身体が動き、ロイドの挙動のひとつひとつに、過剰なほど反応してしまう。
「っ……、あ、――ッ」
 念入りに愛撫された身体は、まるで自分のものでないような錯覚を覚えるほど火照り、脱力していた。
 そんな頃合いを見てか、ロイドは無意識に腰が浮き上がっていた俺からズボンと下着を奪い去る。羞恥から反射的に足を閉じようとした動きはいとも容易く封じられ、逆に、ロイドからはペニスもアナルも丸見えになるよう足を開かせられた体勢になってしまう。
「脚、閉じちゃ駄目」
「はずかしい……」
 思わず両手で顔を覆うも、その微々たる防御は軽々と破られ、俺の右手はロイドの左手に絡めとられてしまう。
「顔も隠しちゃ駄目。全部、見せて」
 触れ合うようなキスをすると、ロイドの右手は俺の下腹部へと伸び、緩く勃ち上がったペニスに触れた。
「っ、あ、ぅ」
 指先で裏筋をなぞられれば、股間に熱が集まり、みるみるうちに持ち上がる。脈打つペニスからは先走りが溢れ、熱に浮かされたように揺れた。所在なさげに揺れる陰茎を握られ上下に擦られると、その熱を吐き出したい衝動に駆られる。
「アッ、や、でちゃ、――ッ」
 我慢できず、ロイドの手の中に吐精した。どくどくと出されるそれを、ロイドは最後まで自身の手で受け止めた。
「いっぱい出たね」
 息の上がっている俺にそう言って、ロイドは精液まみれの手をこちらに見せた。さらに見せつけるように指先をぺろりとひと舐めすると、その中指で俺の後孔を撫で、第一関節まで挿し込んだ。
「んっ……、……ッ」
「ヒイロ、力を抜いて。大丈夫だから」
「ぅ……、ん……」
 言われた通りにする為に必死で息を吐くと、襞を割るように指が内側を侵略してくるのがわかる。それは快感とは程遠く、ただただ異物感ばかりで、気持ち悪いだけだった。けれど、こうして解さなければ痛い目をみるのは俺なのだ。
 ロイドは「一緒に気持ち良くなろう」などと言ってくれたが、しかし、俺が気持ち良くなる必要は全くない。むしろ、すぐさま受け入れられるだけの準備を怠った穴に、ロイドは優し過ぎとも言えた。
「考えごと?」
「え? いや、――ッ?!」
 なんでもない、と返そうとして、声が詰まった。
 内側をまさぐるロイドの指先がある一点を掠めた刹那、全身が総毛立つような感覚に襲われたのだ。
「な、なに? ぁ、それ、やだ……ッ」
「嫌じゃないよ。ここは、ヒイロのイイところだ」
 言って、ロイドはそこに何度も触れた。否、これは触れるなんてものではなく、力強く押していると言ったほうが正しい。
「んッ……、ぁ、いぃとこ?」
「そう。ここが、前立腺」
 そこを押し上げられる度、嬌声が喉を突いて漏れる。その声を聞きたくなくて、どうにか堪えようとするのだが、反射的に零れるそれに、俺はどうすることもできない。
「ねえヒイロ。気持ち良い?」
「わ、わかんない」
 首を横に振って問いに答えると、ロイドは、そう? とでも言いたげに首を捻りながらに指を進める。
「ああっ……、やだ、ろいど、それ、やだ……!」
 ぐりぐりと弄ぶように前立腺を押し上げられれば、射精させられそうな、未知の感覚に陥る。さっき出したばかりだというのに、欲求に素直な肉棒はまたも熱を帯びていた。
「大丈夫。気持ち良い。ね?」
 絡めていた左手を離すと、言ってごらん、とでも言いたげに、その左手で俺の唇を親指でなぞった。
「……ッ、き、きもち、いい……」
「よくできましタ」
 言いながら、左手で俺の頭を撫でる。直前まで繋いでいた手はやけに温かくて、撫でられるととても安心できた。その手を離してほしくなくて、気がつけば、両手でロイドの手を掴んでいた。
「ヒイロ……?」
 きょとんとした顔でこちらを見るロイド。しかしナカの手は止まらない。
「も、だいじょうぶ……。んッ、きもちぃ、から」
 俺の言葉に、ロイドは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「んぶ?!」
 その表情に心臓を握り締められるような思いがしたのも束の間、口腔内にロイドの指が這入ってきた。二本の指が舌を挟み込み、上と下の両方から愛撫する。舌で押し返そうとすると、指は口の中を器用に動き回り、その度に快感を落としていく。
「そのまま、気持ち良いことだけ集中して」
「ん、ふ……」
 口の中と後孔をロイドの手で攻めたてられる。快楽に身を捩る俺に、ロイドは優しく声をかけ続けた。俺のほうこそロイドを気持ち良くさせなければいけないのに、と思いつつ、与えられるそれらに集中するだけで精一杯だった。

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