香水のせいにすればいい

弓葉

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金木犀前線

過去を閉じ込めたもの

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「誰からその話を聞いた?」

 僕は香水斗の顔を見るのが怖かった。バレなきゃいいと甘い考えを持っていたのは僕だ。自分が悪いからとわかっているからこそ、今すぐこの場から逃げたくなった。

「津幡さんから」

 香水斗はそれ以上何も言わない。ただ、不機嫌そうな顔をして僕を見てくる。謝罪してほしいように見えた。

「断りきれなかったんだ」

――そうだ、次の週末は僕の家に来るかい? KANATOブランド以外の金木犀の香水もコレクションしてあるんだ。ぜひ、君に感じてほしくて。

 津幡さんはニッコリと笑い、僕は返答に困っているとわかりやすく悲しそうに目を伏せた。

――ダメかな? 他社の香水を勉強するのもいいと思うんだけどな……。

 とにかく僕には経験が足りない。そう実感させる言葉だった。考え過ぎかもしれないが、特に香水斗から何か言われたわけじゃない。自分のプライドだ。

 藤さんや津幡さんに僕がアロマティック部門に馴染んでいないと思われたくなかった。

「あのさ、香水斗。子どもじゃないから騒ぎ立てることはしないけど、藤さんを筆頭にした他のアロマティック部門の人たちには反感を持たれていることは百も承知だ。わかっている」

 実際、関わりが多いのは香水斗だけだ。僕はアロマティック部門から浮いている存在。

「だから、津幡さんにとって香水はどんな存在なのか知りたかった」

 僕は過去のトラウマから逃げるように香水と距離を取っていた。香水と人の関係を僕は知らなければ成長しないと思ったからだ。

「……マーケティングをしていたと言うのか?」

 香水斗は不機嫌そうな顔をやめた。どうやら、僕の話に聞き耳を持ってくれるようだ。

「ああ、そうさ。マーケティングだ。津幡さんは香水斗が考えているようなことはしなかったよ。津幡さんにとって香水は過去を閉じ込めたものだった」

 思い出そうとすれば、鼻孔に甘く儚い優しい匂いがした。時間が経てば消えてしまいそうな香りを思い出し、胸が締め付けられる。
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