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番外編
番外編 聖女姫香(前編)
しおりを挟む私は、空気だった。
誰からも好かれないように、でもなるべく嫌われないように、目立たないように生きてきた。
十九歳になったら、この世界から消えるとわかっていたから。
常に無口で喜びも悲しみも感じていないような私を、両親は不気味だと思っていただろう。そんな私を見捨てることも虐待することもせずに育ててくれた両親には感謝しかない。
私に妹がいてよかった。明るく愛らしい、誰からも愛される妹。私がこの世界からいなくなっても、両親には妹がいる。
高校に入る意味もないので中学を出たら働こうと思ったけどそれは断固反対されてしまい、入学しやすくて荒れていない高校を適当に選んで入学した。
地味な髪形で伊達眼鏡をかけていたけど、もともとの容姿は悪くないから何度か告白されたりもした。でも、すべて断った。日本では友人も恋人も作らないと決めていたから。
本当は誰かと付き合ったり友達とたくさんおしゃべりしたりしたかった。
でも、そうしたら私がいなくなって傷つく人が増えてしまうかもしれないから、それもできなかった。
小説は高一の頃に書き始めた。
書けば書籍化するということは予知能力でわかっていて、卒業後の生活の足しにしようと思ったから。
誰とも関わらないようにしてきたのに文章を残していくなんて矛盾してる気がするけど、本当は私が日本で生きていた証を残したかったのかもしれない。
文章能力が高いほうではなくて感想欄にもうちょっと文章勉強したほうがいいですよとか書かれたこともあったけど、なんだかんだ書くのは楽しかった。
私が予知能力で見る未来を少し脚色したり補完したりしながら、完結まで書き上げた。
卒業後はアルバイトをしながらワンルームで一人暮らしをした。家賃の高い東京なら無理だったかもしれないけど、地方都市なのでフルタイムのバイトで生きていけた。多くないながらも印税もあったし。
両親を意識しなくなったので、テレビを見て思い切り笑ったりできるようになったし、ちょっとだけおしゃれもするようになった。
家族のぬくもりが時々恋しくはなったけど、少し気持ちが楽になった。
決められた運命は避けようがなく、私は予知で見ていた世界に召喚された。
召喚が近くなると日付までわかったので、一人暮らしの家は解約し、両親には「好きな人ができた、その人と一緒に暮らす。海外に行くかもしれない」という手紙を出してきた。
それだといつまでも私の行方を気にするかもしれないし戸籍その他書類上の問題もあるから「樹海で死にます」と迷ったけれど、自殺したとなると両親が自分たちを責めるかもしれないと思ってやめた。
召喚された私を見て、ドレイク王国の国王はたいそう喜んでいたけれど、二人の王子は申し訳なさそうにしていた。
後に、王太子は勝手に召喚したことを詫びた上で色々と話してくれた。
百年に一度、私の住む世界とこの世界につながりができること。
その際、最も貴重な予知能力を持つ人間を選んでこの世界に引きずり込むことができること。
それをするには多大な魔力が必要で、昔は大陸で最も魔力の強い人間がその命と引き換えに召喚していたこと。今は命がけでも召還を行えるほどの魔導士はどの国にもおらず、膨大な量の魔石を費やして作った大がかりな魔道具でドレイク王国が召喚を行ったこと。
恨んでくれて構わないと王太子は言った。
二人の王子が召喚に難色を示していたことは予知で知っていた。そして、国のために最終的に召喚を受け入れたことも。
一人の女の運命と国全体の発展を天秤にかければ、王子としてどちらに傾くかは考えるまでもない。
だから、私は言った。
「はい、恨みます。私に故郷を捨てさせたんですから、せめて楽しく生活させてくださいね」と。
誰もが私を敬い、どんなわがままも聞いてくれる。
自分の発言が時に国王すら動かせるのも、エドゥアの待遇改善の件で知った。
死んだように生きてきた私には、この国の頂点に立ったかのような感覚はとても甘美なものに感じられた。
最初は。
身分制度とは無縁な日本で生まれ育ったせいなのか、単に私の性格なのか。誰も私に逆らえないという状態は、次第に退屈になってきた。
だから、わがままを通して二年生の春から学園に入学した。
学園生活は楽しかった。勉強も行事も新鮮で楽しかったし、もう存在感を消す必要もないから人前で笑うという感覚を思い出していった。
あと予知通りモテた。
騎士団長の息子や次期公爵、次期伯爵、未来の宰相と色々。
ただ、逆ハーというのは私の趣味ではないようで、複数人にモテるという状態は面倒くさくなっていった。
だから、第二王子と恋人同士のように振る舞った。
お互いに愛し合ってはいないけれど、好感は抱いていたし、いずれこの人と結婚するっていう形で落ち着くんだろうなと思っていたから。
憧れだった同性の友人も、少ないながらもできた。
ただ、おとなしい子たちばかりで、「予言の聖女」に対してすごく遠慮しているのが伝わってきた。
だから、チクチク嫌味を言ってくる女の子たちに出会ったときは、むしろ喜びすら感じた。
さすがに表立って攻撃したり暴力をふるったりはしてこなかったけれど、第二王子や護衛騎士の目の届かない女性用化粧室なんかでちょっとした嫌味を言ってきた。
学園中の女性の憧れの的である第二王子と親しくしていたのが気に入らなかったんだろう。
でも、向けられているのが悪意であっても、聖女ではなく人間として見てくれている気がしてうれしかった。どこまでもついてこられる女性騎士の護衛を断っておいてよかったなとすら思った。
やっぱり私は変わった人間なんだなんだろうなあ。
そんな中、嫌味軍団の中で一人気になる人ができた。
セレナ・ウィンスフォード。三年生の夏休み中に死ぬとわかっている人。
死後に弟さんがヤンデレになるのが正直めんどくさいな、と思っていた程度だったんだけど。
なぜか、私がセレナに抱きついている運命が見えた。時期は三年生の夏休み明け。
夏休み中に弟さんに突き飛ばされて死ぬはずじゃ? しかもどうして私が抱きついているの? という疑問がわいたけれど、見えた光景は一瞬で詳細はわからなかった。
次に見たセレナの未来は、地下らしき場所で彼女が死んでいるというもの。傍には大柄な男がいて、彼女を見下ろしていた。
死に方が変わってる? 彼女を殺したのはあの男? とまた疑問に思ったけど、やっぱり見えたのは一瞬でわからなかった。
番組の次回予告で気になる展開をチラ見せされたような気分。
自分に関わりの深くない人について……というか、国に関わること以外で運命の分岐を見ることは滅多にないんだけど、どうして彼女だけ。
その答えは、三年生の夏休みに入ってからわかった。今までチラチラとしか見えなかった未来が、はっきりと見えるようになった。いくつかの運命の分岐までも、はっきりと。
そして知った。彼女は日本からの転生者なのだと。
喜びに、魂までもが震えるようだった。
この世界で郷愁の思いに押しつぶされないために、日本にあまり愛着を持たないよう生きてきた。でも、自分の生まれ育った国を愛さずにいられるわけがない。
懐かしい人、懐かしいもの。それらを知る人が、この世界にいる。
――死なせたくない。
そう思って、手紙を書きはじめた。
彼女の運命が枝分かれしているのは、私が手紙を書いて彼女の運命に干渉するせいだろう。本来なら、こんなことは許されないのかもしれない。
でも、許されざることでも、彼女に生きてほしい。
彼女を助けたいと思うのは、彼女のためじゃなく自分のためだ。私に空いた穴を埋めてくれる存在を手に入れたいという、私の欲望。
それでも、私をここまで衝動的に突き動かす存在を、この世界から消したくない。
本来の運命である「死」の結果に行き着く道が多いけれど、「生」の道もうっすらと見える。
どうか生きてと願いを込めながら、手紙を書き終えた。
いくつも枝分かれしていくセレナの運命にやきもきしながら過ごしていた夏休み。
この国にとって強い影響のある未来を二つほど見た。
一つは、国王が近々亡くなること。
もう一つは、エドゥアで魔獣が大量発生すること。
まず、後者は国に伝えるべき「予言」だ。
放っておけば罪のないたくさんの人が魔獣によって命を落とすし、国も混乱する。
でも、誰に伝えるべきかを迷った。
魔獣の大量発生が起きる頃には、国王はもう亡くなっている。
国王に伝えた場合、そのまま王太子にも話が行くならいいけど、国王は王太子を遠ざけたがっているからそれは望めないかもしれない。
それよりも、あの国王が中途半端な対策を立ててエドゥアの戦士が犠牲になったりしないかと心配になる。
だからといって王太子に魔獣大量発生を伝えれば、国王が亡くなるという予言を伝えるのと同じこと。
でもそれを伝えたら国王とあの方の運命が変わってしまうかもしれない。
だって、国王の死因は……。
ここまできたら、もう死の運命は変わらないか時期がずれるだけなのかもしれないけど。
そうやって何日も悩んでいたとき、王太子に呼び出された。
美しい花々がそこかしこに咲く庭園の中に佇む彼は、まさに絵本の王子のようだと思った。
まばゆい金色の髪に、深い青の瞳。容姿は第二王子と似ているけど、おっとりとした彼と違って王太子は迫力がある。正直、少し苦手だ。
「やあヒメカ、わざわざ来てもらってすまないね」
「いいえ。何かお話があると聞きましたが」
「ああ、あっちのテーブルで話そう。お茶とお菓子も用意してあるよ」
王太子と二人きりで話すのは、最初に謝罪された時以降初めて。
椅子に座った王太子は、「ここなら人目もあるから妻と弟に誤解されずにすむだろう?」と片目をつむった。
ああ、だから庭園なのか。
「人目はあるけど、このテーブルの周囲には防音の魔道具がおいてあるから、話は聞かれずに済むよ」
「そうですか」
聞かれてまずい話なんだろうか。国にかかわることだよね、私と話したがるっていうことは。
王太子が、優雅なしぐさで一口お茶を飲んだ。
「じゃあ本題に入ろうか。ヒメカ、父上はいつ死ぬ?」
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