上 下
26 / 43

26 聖女とメイド

しおりを挟む

 暗い。何も見えない。体が痛い。
 でも、体の痛みと傷はきっとすぐに消える。いつもそうだから。
 月明かりが差し込んで、部屋がほんの少しだけ明るくなる。
 鉄格子の向こうの小さな窓から、月を見上げた。
 あまりに綺麗で、枯れたと思った涙が流れ落ちる。
 どうしてだろう。
 あなたのこと、信頼していたのに。
 どうして、私をこんな目にあわせるの?

 
 ***************


 ――また、オリヴィアの夢。

 そう思いながら、体を起こす。
 今見たのは、いつ頃の出来事なんだろう。というか、内容がはっきりしない。
 ただ、とても悲しく感じていたこと、そして裏切られたと思っていたことだけはわかっている。
 なんだか気分が重い。
 幸い熱は下がったようで、四日目にしてようやくだるさを感じずにすんなりと起き上がることができた。 

 時計を見ると、もうお昼近くになっていた。朝食を食べ損ねたらしい。
 ひとまず食事はあとで昼食を持ってきてもらうとして、お風呂に入りたい。
 メイドを呼ぶためベルを鳴らす。
 入ってきたのは、メイだった。

「メイ! もう体は大丈夫なの?」

 そう問うと、メイは涙目になって勢いよく頭を下げた。

「申し訳ございません……!」

 驚いて、言葉に詰まる。
 メイは頭を下げたまま小刻みに震えていた。

「何を謝るの?」

「私のせいで、聖女様がお倒れになったと聞きました。大変申し訳ありません!」

「……メイ、聞いて。それはあなたのせいじゃない。私にはメイの傷を治す力があって、メイに生きてほしいからその力を使った。ただそれだけのことよ」

「ですが……!」

 顔を上げたメイは、いまにも泣き出さんばかりの表情だった。

「倒れたのは、目覚めたばかりで神力が安定していなかったせい。もう体調もほとんど回復しているのよ。だから申し訳ないだなんて思わないで」

 私とメイは、決して対等じゃない。対等じゃないから、友達にはなれない。
 だから、申し訳ないと思うな謝罪するなというのは無茶なのかもしれない。
 だけど。

「ねえ、メイ。あなたは私に対して最初から何の偏見もなく接してくれたわ。ただ新人だからという理由じゃない。あなたは心の温かい人よ。そんなあなたが、私は好きなの。だから、助かって良かったと心から思うわ」

 そう言うと、メイがぼろぼろと涙をこぼした。

「わ、私こそ、聖女様にお仕えできて本当に幸せなんです。以前いた神殿では、神官長様のお目に留まったのをお断りしたら、神殿内でひどく虐められるようになって……。もう、どうして私なんて生きているんだろうとまで思うようになっていたんです」

 それで異動を願い出たのかな。
 とんでもない生臭神官だわ。腹が立つ。
 
「でも、聖女様は私をちゃんと一人の人間として扱ってくださっただけでなく、優しくしてくださいました。だから、私、本当に……うれしくて……」

 しゃくりあげながら必死で訴えるメイを、年上なのにかわいいと思った。
 一人の人間として扱うなんて、そんなの当たり前のことなのに。
 でも、メイにとっても、私に偏見なく接してくれたのは「当たり前」のことだったのかもしれない。
 何気ないことがお互いの心を温かくするって、なんだかいいよね。

「そう言ってくれてありがとう。私も専属がメイでよかったと思っているわ。これからもよろしくね、メイ」

 メイがしばらく考え込む。
 そして袖でごしごしと目元をぬぐって、笑顔を見せた。

「はい、よろしくお願いいたします。精一杯お仕えいたします!」

 きっとメイの中にはまだ罪悪感があるんだろう。
 でも、謝罪ばかりしていては私の負担になると考えたのだと思う。やっぱり優しい人だ。
 私の専属メイドがメイで、本当によかった。


 彼女の手伝いで入浴と着替えを終え、再び一人になる。
 そこではっとした。
 そうだ、日記……! 私、前回の返事を書くのを忘れてた。
 引き出しを開けると、日記が青い光を放っていた。昼間だと青い光は目立たないみたい。
 おそるおそる日記を開く。

『織江さん、返事がないけど大丈夫?
 もしかしてルシアンに何かされたの?
 心配だわ、無事にこれを読んでいるならどうか返事をしてね。』

 なんて返事を書こうか迷う。
 ルシアンが本当のことを言っているなら、少なくともルシアン関連についてオリヴィアは嘘をついている。
 その理由は、よくわからない。もしかしてルシアンに執着しているからとか?
 わからない……。
 とりあえず、無視していたら怪しまれるかもしれないから無難に返しておこう。

『私は無事です。
 ただ、どうしたらいいのかわからなくて色々怖くなってしまって……。
 少し、考える時間をください』

 ひとまずこれでよしっと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

勇者の幼馴染は領主の息子に嫁ぎました

お好み焼き
恋愛
結局自分好みの男に嫁いだ女の話。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

公爵令嬢の狼

三国つかさ
恋愛
公爵令嬢ベアトリスは、家柄・魔力・外見と全てが完璧なお嬢様であるがゆえに、学園内では他の生徒たちから敬遠されていた。その上、権力者の祖父が獣人差別主義者であるために、獣人生徒たちからは恐れられて嫌われている。――だからバレてはいけない。そんなベアトリスが、学園内の森で狼と密会しているなんて。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

私モブ(幽霊)だよねっ!

弥生 桜香
恋愛
目が覚めたら綺麗な花壇にいた私 そこで出会ったイケメン男子 見覚えがあるような、ないようなイケメン男子遭遇し 違和感を覚える えっ!ちょっと、待ってっ! 嘘でしょっ! 透ける体 浮いている足元 …まさか…私…… 幽霊少女と出会った、イケメン男子 その出会いは偶然か? 謎多き、秘められた物語(ストーリー)が始まった

処理中です...