上 下
15 / 43

15 聖皇

しおりを挟む

 私のおしりの痛みが限界を迎えそうになった頃、ようやく目的地にたどり着いた。
 長時間の馬車ってなかなかつらい。

 それにしても。
 ほんと、ファンタジーって感じ。
 森に囲まれた湖の中心に、巨大な神殿が建ってるんだもの。
 湖にかかる広大な橋を、神殿へと向かって馬車がゆっくりと進んでいく。
 ……緊張してきた。

「そういえば、聖皇猊下げいかはどんな方ですか?」

「穏やかな方ですよ。なのでそう緊張しなくて大丈夫です」

「あはは、緊張してるのばれてましたか」

「おかしな顔をしていましたから」

 おかしな顔。

「聖皇は『神託の書』に選ばれた者がなります。そして聖皇だけがそれを読むことができるとされています」

「神託の書ってどういうものなんですか?」

「女神が気まぐれに預言を書いて寄越すのだとか。曖昧な言葉が多く、それがいつ起こることなのかもはっきりしません」

「女神様から神託を受けられるってすごいことですよね。聖騎士問題があったとしても、神殿はもっと崇められていてもいいような気がするんですけど」

 神の力を身近に感じさせてくれるような宗教なのに、長年の聖女不在と魔獣退治の問題だけでそんなに勢力が衰えるものなのかな、と。

「神託は非常に気まぐれです。二代前の聖皇の時代、立て続けに大きな自然災害が起きたのにそれに関する神託はなく、多数の被害者が出ました。長年の聖女不在も相まって女神に見捨てられた神殿という噂が広まってしまったのです。聖騎士候補を多く奪われたのもその頃です」

「なるほど……」

 とそこで、馬車が停まる。
 ルシアンの手を借りて降りると、荘厳な神殿が目の前に。
 ああ、本当に緊張してきたー!

 中に入ってホールを通り抜け、長い長い廊下を真っすぐに歩く。
 突き当りにある巨大な扉と、その横に立つ聖騎士と神官。きっとあの奥に聖皇がいるんだろう。
 廊下の壁と床は目が痛くなるほど白くて、足元に敷かれた青い絨毯がなければ、色味がなさすぎて不気味に感じていたと思う。
 案内をしてくれる神官以外は歩いている人間は誰もおらず、その神官と私とルシアンの足音だけが響く。
 そしてようやく扉の前にたどり着くと、聖騎士が両側から扉を開いた。
 私とルシアンだけが中に入り、扉が閉められる。
 謁見の間のようなその部屋は、思ったほど広くはなかった。
 正面奥の一段高くなったところに、四十代と思しき男性が座っている。

「聖皇猊下におかれましては、ご機嫌麗しく」

 ルシアンが胸に片手を当て頭を下げる。
 私もルシアンに事前に教えられていたとおり、胸の上で両手を重ねて頭を下げた。

「久しぶりですね、ルシアン。そして、聖女オリヴィア」

「……お初にお目にかかります」

 織江と名乗るべきか、オリヴィアと名乗るべきか。
 そこに迷いが生じて、名乗ることができなかった。

「ふふ、そう硬くならなくていいのですよ。ルシアンから事情は聴いています。突然のことで戸惑ったでしょう」

 優しい声と言葉に、少し緊張が解ける。

「はい……」
 
「ルシアンは強引なところがあるので、いろいろと大変だったのではありませんか?」

「はい、大変でした」

 即答すると同時に隣から視線を感じたけど、あえてそちらには目を向けなかった。
 聖皇が小さく笑いを漏らす。

「ルシアン」

「はい」

「以前のオリヴィアはいなくなりました。そして今、彼女がオリヴィアです」

「……はい」

「彼女がその体に入ったのは、きっと女神様の思し召し。ならばそれに従うのが我々の役目です」

「この娘に、聖女オリヴィアとしての地位と役割を完全に与える、と?」

「ええ。以前のオリヴィアはもういません。何度魂喚ばいの儀をおこなっても戻ってこないのなら、そう考えた方がいいでしょう。ならば今ここにいる彼女こそが、聖女なのです。オリヴィア」

「は、はい」

「あなたの心のままに。もう他人のふりをする必要はありません。あなたが、聖女オリヴィアです」

「ですが、いいのでしょうか。私には神力が……」

「あなたが聖女でいてくれることが、重要なのです」

 聖皇が穏やかに微笑む。
 よくわからないけど、もうオリヴィアのふりをしなくていいってことだよね?
 私が聖女として生きていくことへの見返りなのかな。

「さて、ルシアン」

「はい」

「私は彼女と話をしたいと思います。少し出ていてもらえますか」

「……承知いたしました」

 ルシアンがちらりと私を見る。何か言いたげな様子だったけれど、何も言わずに踵を返し、扉へと向かった。
 大きな扉が自動ドアのように開かれ、また閉じられる。

 この空間に、聖皇と二人きりになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

勇者の幼馴染は領主の息子に嫁ぎました

お好み焼き
恋愛
結局自分好みの男に嫁いだ女の話。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

公爵令嬢の狼

三国つかさ
恋愛
公爵令嬢ベアトリスは、家柄・魔力・外見と全てが完璧なお嬢様であるがゆえに、学園内では他の生徒たちから敬遠されていた。その上、権力者の祖父が獣人差別主義者であるために、獣人生徒たちからは恐れられて嫌われている。――だからバレてはいけない。そんなベアトリスが、学園内の森で狼と密会しているなんて。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...