上 下
14 / 43

14 ただ生きたい

しおりを挟む

 神力が、回復?
 どうしてわかったの……って、そういえばさっき馬車に乗るときに彼の手に触れた。
 彼は触れることで私の神力がわかるんだった。

「その程度の神力があれば鑑定くらいはできているでしょう」

 その言葉にぎくりと体が強張る。
 できるでしょう、ではなくできているでしょう、と言ったよね、今。

「時折不自然に他人の顔の横に視線をやっていますし」

 うっ!

「鑑定の話をしたときも『あー!!』といった顔をしていましたし」

 ううっ!

「私に隠し事をするとは、ひどい方ですね。ましてや神力にかかわることを」

 口元は笑っているけれど、目は笑っていない。
 怖い怖い怖い。

「す、すみません……言おうと思ったんですけど、なんというかその……」

「まあいいです。もう隠し事はしないでくださいね」

 にっこりと彼が笑う。
 私はひきつった顔でうなずくしかなかった。
 
「その調子で神力を取り戻していってくれるといいのですが。やはり神力はあるに越したことはないので」

「ルシアンは、“私が”この体に留まることを望んでいるのですか?」

「ええ」

「あ、扱いやすいからですか」

「それもあります」

 クスッと彼が笑う。
 トラブルばかり起こす聖女よりは、自分の言うことを聞く聖女のほうがそりゃいいんだろうけど。
 理由はどうあれ、私がオリヴィアであることを彼が望んでいるというのなら。

「あの、ルシアン」

「はい」

「それなら、オリヴィアを――変えていってはいけませんか?」

「変えていく、とは?」

 彼が私と目をしっかりと合わせる。
 アイスブルーの瞳がきれいだな、と場違いなことを思った。

「言動をオリヴィアに合わせようとすると、どうしてもボロが出てしまいます。私とオリヴィアはあまりに違うので」

「それはそうですね」

「だから、例えば眠っていた間に女神の意思に触れたとか、死に似た経験をしたことで人生観が変わったとか……そんな感じの理由で、オリヴィアは変わったのだと徐々に周囲に知らせていっては駄目でしょうか」

「……」

 彼が自分の口元を手で覆う。
 考え込むときの彼の癖。迷っているようだった。

「いつまで私がオリヴィアでいられるのか、正直なところわかりません。でも、この体が寿命を迎えるまでずっと私がオリヴィアのままなのかもしれない。それなら、ずっと作った性格ではいられません」

「……ずっとオリヴィアとして生きていく覚悟ができている、と思っていいのでしょうか」

「はい」

「なぜ?」

 なぜ、と聞かれるとは思わなかった。
 私の心の奥底まで見抜こうというような彼の視線を息苦しく感じて、視線を下げる。

「私は……ただ生きたいんです」

「生きたい?」

「自分が生まれ育ったのとは違う世界でも、体が他人でも、ただ生きてみたい。百まで生きたいなんて言いません。でも、いい人生だったなって少しは思えるようになるまでは、生きたい。でも、ずうっと他の誰かのように振る舞っていたら、“私”は生きていないのと同じかなって」

「……」

「そんな個人的なレベルの話をしている場合じゃないってわかってます。他人の体で自分の人生を生きたいなんて浅ましいことなのかもしれません。それでも……」

 私は何を言ってるんだろうと思う。
 ルシアンは、私がオリヴィアでいることを何よりも望んでいるのに。
 私は、オリヴィアの代役に過ぎないのに。
 彼がどういう顔をしているのか、怖くて隣を見られない。

「……短命だったゆえですか」

「そうだと思います。私……健康に生まれた人の人生を、うらやむばかりでした。私にも幸せな日はあったんだと思います。でも、いつまで生きられるのかなっていう思いがいつもあって」

 同じ境遇でも強く生きている人はたくさんいる。幸せを感じている人もいる。それはすごいことだと思う。
 でも私は弱い人間だった。
 健康に生まれたかった。
 普通に学校に通って、友達や彼氏を作りたかった。
 興味本位に覗いた他人のSNSは、あまりにも自分と世界が違っていてすぐに見なくなった。
 読んだ漫画や遊んだゲームに異世界が多かったのは、つらい現実から目をそらしたかったから。
 両親には感謝している。最期まで治療させてくれたんだから。
 でも、お父さんやお母さんを笑顔にするのは明るく元気な妹で、私はいつもつらい顔や悲しい顔ばかりさせていた。
 きっと私に愛情があったからだよね? でも……。

「生きたいというのは自然な気持ちです。特に、死に瀕すれば、何がなんでも生きたいと思う人は多いでしょう。そして若くして散ってしまったあなたの人生のその先を、この第二の人生で生きてみたいという思いも、決して悪いことではありません」

 予想外の優しい言葉に、胸が痛む。
 こらえきれず、うるんでいた目からぽたりと涙が落ちた。 
 彼が、無言でハンカチを差し出す。

「ごめんなさい、また泣いてしまって」

 ルシアンらしい飾り気のない白いハンカチ。
 あまりにきれいで使うのをためらっていると、彼がそれを私の頬にそっと押し当てた。
 驚いて彼を見る。
 相変わらず感情に乏しい表情をしているけれど、冷たい表情だとは感じなかった。

「別に謝る必要はありません。ただ、先ほどのあなたの提案は少し保留にさせてください。まずは聖皇の意向を確認しなくてはなりません」

「はい」

 もし、聖皇が私の魂を追い出してオリヴィアの魂を戻そうと言ったら。
 彼は、それに従うのかな?
 そんな考えが浮かんで、苦い笑みが浮かぶ。

 それでも、私の手の中になかば押し込まれたハンカチが彼の不器用な優しさの表れような気がして、胸が温かくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

勇者の幼馴染は領主の息子に嫁ぎました

お好み焼き
恋愛
結局自分好みの男に嫁いだ女の話。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

公爵令嬢の狼

三国つかさ
恋愛
公爵令嬢ベアトリスは、家柄・魔力・外見と全てが完璧なお嬢様であるがゆえに、学園内では他の生徒たちから敬遠されていた。その上、権力者の祖父が獣人差別主義者であるために、獣人生徒たちからは恐れられて嫌われている。――だからバレてはいけない。そんなベアトリスが、学園内の森で狼と密会しているなんて。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...