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◆拾
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「美慶様、こちらへ」
警備の目を掻い潜り、伊織が塀の上に登ると美慶に手を差し出す。
「うむ、かたじけない」
美慶が塀を乗り越えようと手を伸ばしたまさにその時、美慶の腕を何者かが掴んだ。美慶が振り向くとそこには血相を変えてピクピクと目元を痙攣させながら微笑む宇木がいた。
「どちらに行かれるおつもりか?」
「当人は置いてきた。偽者には用は無かろう」
「はて、何の事やら私には解りかねまする。此度は警備に不備がござり、面目次第もござらぬ。寝所に入り込みました曲者はこの通り――、ご安心召されよ」
そこには余程急いで来たのか、乱雑に敷布で包まれ、縄でぐるぐる巻きにされた早菜姫が地べたに転がっていた。
「何を――!? 気でもお狂いになられたか、寝所に居たそれは早菜姫御本人だぞ!」
「さあ、じきにお目見えのお時間でございまする、早菜姫様!」
「宇木殿っ――」
血走った宇木の目は狂気を孕んでいる。
宇木は美慶の手の先にいる伊織を睨んで声を張り上げた。
「曲者じゃ! 引っ捕らえよ!」
屋敷からわらわらと侍達が出てくる。このままでは伊織まで捕まってしまうだろう。
「――っ」
宇木は美慶と伊織にだけ届く声音で言った。
「此度の脱走、後方から支援しているのは坂口豊稔守、宗近様でござろう?」
「何を……。私はただ一人、己の責任で行動したまででございますれば――」
「美慶殿、そなたは宗近様の寵児でござろうっ」
「――っ」
「……予定通りのお目通りを」
「何を考えておるのだっ、私は――」
「御前様は肉感的な女性を好まれますが、締まりの無い女性は好まれませぬ。あの醜女では付き添う私の首が飛びまする。多くは望みませぬ、お目通りだけで構いませぬ故――」
「………………わかった」
「美慶様!」
掴まれた腕は解くこと叶わず、美慶は頷くしかなかった。
宇木は美慶の意向を読み取ると薄く安堵の笑みを浮かべて、早菜姫を伊織に投げつけた。
「こちらはお返し致します」
「――っ!」
伊織は早菜姫を受け取ると、宇木を射殺さんばかりに睨んだ。
「……伊織、宗近様に事の顛末をお伝えせよ」
美慶は伊織にしか聞こえないように囁いた。
「しかし――」
「ゆけ!」
「――っ、ご武運をっ」
伊織は風のごとく瞬時に姿を消した。
「豊稔の隠密でございますか。なかなかの腕前、畏れ入ります。見つけ出すのに苦労致しました」
美慶は宇木を睨みつけ、口端をあげ、皮肉を込めて言った。
「まさか連れ戻されることになろうとは思いもしなんだ。さすがでございますな」
「お褒めにあずかり光栄でございまする。命がかかっている故、尽力致したしだい」
しかし宇木は満面の笑みを美慶に返した。
「くだんの件は聞かなかったことに致すと言っていたはずでは――?」
宇木はただにんまりと笑顔を崩さずに美慶を見つめて言葉を紡いだ。
「何事も臨機応変にございますれば……、約束はお守りくださいませ」
「どの面下げてほざくかっ!」
「豊稔守のことは聞かなかったことに致します故、御容赦くださいませ」
「今の今でその言葉を信じろと?」
「貴殿には……信じるしか道はありますまい?」
「……お主……よい性格をしておるな」
「小心者でございまする。そう睨まないでくださいませ」
「ふん、……互いに生き残れるとよいがな」
美慶は鼻で嗤うと宇木から目を逸らしてそう呟いた。
警備の目を掻い潜り、伊織が塀の上に登ると美慶に手を差し出す。
「うむ、かたじけない」
美慶が塀を乗り越えようと手を伸ばしたまさにその時、美慶の腕を何者かが掴んだ。美慶が振り向くとそこには血相を変えてピクピクと目元を痙攣させながら微笑む宇木がいた。
「どちらに行かれるおつもりか?」
「当人は置いてきた。偽者には用は無かろう」
「はて、何の事やら私には解りかねまする。此度は警備に不備がござり、面目次第もござらぬ。寝所に入り込みました曲者はこの通り――、ご安心召されよ」
そこには余程急いで来たのか、乱雑に敷布で包まれ、縄でぐるぐる巻きにされた早菜姫が地べたに転がっていた。
「何を――!? 気でもお狂いになられたか、寝所に居たそれは早菜姫御本人だぞ!」
「さあ、じきにお目見えのお時間でございまする、早菜姫様!」
「宇木殿っ――」
血走った宇木の目は狂気を孕んでいる。
宇木は美慶の手の先にいる伊織を睨んで声を張り上げた。
「曲者じゃ! 引っ捕らえよ!」
屋敷からわらわらと侍達が出てくる。このままでは伊織まで捕まってしまうだろう。
「――っ」
宇木は美慶と伊織にだけ届く声音で言った。
「此度の脱走、後方から支援しているのは坂口豊稔守、宗近様でござろう?」
「何を……。私はただ一人、己の責任で行動したまででございますれば――」
「美慶殿、そなたは宗近様の寵児でござろうっ」
「――っ」
「……予定通りのお目通りを」
「何を考えておるのだっ、私は――」
「御前様は肉感的な女性を好まれますが、締まりの無い女性は好まれませぬ。あの醜女では付き添う私の首が飛びまする。多くは望みませぬ、お目通りだけで構いませぬ故――」
「………………わかった」
「美慶様!」
掴まれた腕は解くこと叶わず、美慶は頷くしかなかった。
宇木は美慶の意向を読み取ると薄く安堵の笑みを浮かべて、早菜姫を伊織に投げつけた。
「こちらはお返し致します」
「――っ!」
伊織は早菜姫を受け取ると、宇木を射殺さんばかりに睨んだ。
「……伊織、宗近様に事の顛末をお伝えせよ」
美慶は伊織にしか聞こえないように囁いた。
「しかし――」
「ゆけ!」
「――っ、ご武運をっ」
伊織は風のごとく瞬時に姿を消した。
「豊稔の隠密でございますか。なかなかの腕前、畏れ入ります。見つけ出すのに苦労致しました」
美慶は宇木を睨みつけ、口端をあげ、皮肉を込めて言った。
「まさか連れ戻されることになろうとは思いもしなんだ。さすがでございますな」
「お褒めにあずかり光栄でございまする。命がかかっている故、尽力致したしだい」
しかし宇木は満面の笑みを美慶に返した。
「くだんの件は聞かなかったことに致すと言っていたはずでは――?」
宇木はただにんまりと笑顔を崩さずに美慶を見つめて言葉を紡いだ。
「何事も臨機応変にございますれば……、約束はお守りくださいませ」
「どの面下げてほざくかっ!」
「豊稔守のことは聞かなかったことに致します故、御容赦くださいませ」
「今の今でその言葉を信じろと?」
「貴殿には……信じるしか道はありますまい?」
「……お主……よい性格をしておるな」
「小心者でございまする。そう睨まないでくださいませ」
「ふん、……互いに生き残れるとよいがな」
美慶は鼻で嗤うと宇木から目を逸らしてそう呟いた。
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