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第10話 やり残した告白

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 明くる日の昼過ぎ、俺は例の喫茶店に居た。目的はもちろん北沢さんだ。
 コーヒーの嵩をなるべくゆっくりと減らしながらカウンターの様子を伺う。追加で注文をする客や新しく入店した客の対応で、中々店員――北沢さんに安息は訪れないでいる。

 右に、左に、その華奢な体で駆けまわる姿は、こう言ったら気持ち悪いかもしれないけど、とっても可愛かった。
チビチビと啜っていたコーヒーはもう少しで底をつく。30分は経ったであろうその頃、ようやく客は途絶え、カウンターに安息の時が訪れた。

 都合よくカウンター内に立つのは北沢さんひとり。俺はすぐさま席を立って北沢さんの元に向かった。
 心臓が激しく上下している。深呼吸、深呼吸、落ち着くんだ。

 こういう時は勢いのまま、突っ走って終わらせるんだ。

「あの……これ……」

「ん?」

 北沢さんが手を伸ばし、紙きれは指先からするりと抜けていく。

「あ、ありがと」俺は一目散に店から出た。一刻も早く彼女の前から姿を消したくてわき目もふらずに歩いた。店を出てからは走った。

 僅かな距離なのにサクラの元へ着いたときには汗をかいていた。

「長いよ」

「悪いな。帰ろう」

 俺が渡したものは電話番号とラインのIDを書いた紙だ。添えた文章は2時間悩んだ挙句に『良かったら連絡ください』のみ。そりゃあ良くなければ連絡なんかよこさないだろうに、何を馬鹿なこと書いてんだって今更ながらに思った。

「あのさ、返って来ると思うか?」

「知らない」

「女の子の意見を聞きたい」

「仲良かったんでしょ」

 それ以上は何も言わなかったし、俺も聞かなかった。
 ちなみに俺は北沢さんとの今後に期待して連絡先を渡したわけではない。というのは付き合うつもりなんて更々ないというか、そもそも俺なんかが相手をしていい存在だと思ってはいない。

 俺のやり残したことは北沢さんへの告白だ。

 高校時代、友達のひとりも居ない俺に対して北沢さんは優しく声を掛けてくれた。一緒に卒業しようって言葉に胸がときめいたことは今でも忘れない。もうほんとに単純だが、俺はそのひと言で淡い恋心を抱いてしまったのだ。

 そしてもうひとつ。
 純粋に、何故俺なんかに構ってくれたのかを知りたかったのだ。

 最初は何かのトラップだと思った。だって普通に考えたらそうじゃないか。クラスの中心人物で可愛くて異性からの人気が高い彼女が、何故俺なんかに話し掛けなければならなかったんだ。

 俺だって純粋に好意で仲良くしていたんだって思いたい。でもそれはあり得ない。
 だからある程度の覚悟を決めて連絡先を渡した。
 やり残したことなんだから、せめて白黒は、はっきり付けたいのだ。



 それから3日が経った。
 晴れ、曇り、晴れと天候は移っていき、今日は満天の雨空だ。傘を開く。途端にバチバチと雨音がビニールの面を攻撃した。冬目前の雨は暖気を丸ごと掻っ攫ったように寒く、そして暗い。

「なんでわざわざ」

「だっておかしいだろ」もう3日も経ってるんだぞ、と付け加える。

 黒い紳士傘(俺の私物)で表情が隠れているが、サクラはきっと面倒くさそうな顔をしていた。

「もしかしたらIDを書き間違えたのかもしれないし」

「番号も書いてたよね」

「番号も書き間違えたのかもしれない」

「んなわけ」

 もちろん、ポケットには新しく番号とIDを書いたメモを忍ばせている。

「それか、何か事情があったのかもしれない」

 サクラは雨音にかき消されない、大きなため息をついた。はあーあ、と。

「認められないんだね。フラれたってことを」

「そもそも告白してないだろ」

「してなくても」

 言い返そうとした手前、最寄りの駅に着く。傘を閉じて水滴を飛ばす。改札を通って地下のホームまで階段を下った。もう言い返す気持ちにはならなかった。サクラなんかに分かってもらわなくて結構だと思った。

 ところが、

「ずいぶんと面倒そうだな」

 明るい下で見るサクラの顔は想像を遥かに超えて憂鬱そうなものだった。

「そりゃあ答えが決まってるからね」

「だからなぁ……」

 決めつけるなよ。あぁムカつく。

「言っとくけどな、あの子はお前とは違って思いやりがある子だ。理由も無くシカトするなんて絶対にない。それに、少なくとも、俺に対して悪い感情は持ってない。だから絶対に無視はしないはずなんだ」

「根拠は?」

「……なんていうか、こう、話してる感じ」

「それだけ?」

「いや、高校時代だって。俺と喋るときはいつも笑顔だったし、気にかけてくれてたし、あと放課後とかも一緒に過ごしたり一緒に帰ったり……、とにかく悪い感情は持ってないことは確かだ。だから再会も嬉しかったに決まってるんだ」

「はいはい」サクラは俺をあしらった。

 カチンときて何かに当たりたくなったが、幸か不幸か電車がホームに流れ込んできてタイミングを逃す。もう今度こそサクラとは絶対に口を利かない、そう堅く誓って、目の前で開いたドアから乗車した。

 車内は休日だというのに珍しく混んでいて、俺たちは座ることができなかった。びちゃびちゃに濡れた床、生臭い雨の匂い、電灯の明かりだけで照らされる車内、まるでホラー映画に出てくるような薄気味悪い空間。それなのに談笑している男女や親子を見ていると、頭がおかしいのかなと思ってしまう。多分、おかしいのは俺のほうだけど。

 気分が優れないから、立ちながらだが目を瞑った。
 俺とサクラの微妙な隙間に誰かが割り込んだ。瞼を開けると、スマホをいじっている中年の男が居て、覗き見た感じRPG系のアプリをやっているらしかった。どうやら俺とサクラは赤の他人に見えるらしい。

 長すぎる時間を経て、俺とサクラはいつもの駅で降りた。

「手短にね」

 無視をして俺は喫茶店に向かった。
 いた。今日も元気にレジを打っている。

 店の前で俺は足を止め、呼吸を整える。何度か肺の空気を入れ換え、最後に大きく深呼吸をする。扉に手をかけて店に入った。俺はタイルと睨めっこをしながら一気にカウンターへ向かい、顔を上げた。

「らっしゃいませ」

 あれ?
 北沢さんが厨房のほうへと見切れていく。

「お客様」

「え? あ、はい」

「ご注文は」

 歳は俺と同じぐらいの、なんだか横柄な男だった。

「ブレンド……ひとつ」
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