赤い箱庭

日暮マルタ

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3章山神編

誘拐

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 背筋が冷たくなるほどに静かな場所だった。目を開けると、石の狐達が十……二十……数えきれないほど立ち並んでいる。異様な光景だった。それに少し寒い。あまりにも雰囲気が違うので戸惑ったが、ここも神社の境内のようだ。
「神様だったの、コクトミと同じ……」
「あんな弱小とは僕は違うよ」
 彼はきっぱり言い捨てた。その笑顔は今まで見慣れてきたものと同じ。変わったのは私。私が彼を見る目が変わった。
「ここはどこなの……?」
「僕の世界。コクトミとは違う。やっと出られたね、嬉しい?」
 彼はあどけない瞳で私を覗き込んだ。
 確かにコクトミの世界とは違うのだと、肌身で感じる。触れ合う紅葉のざわめきが聞こえない。どこからも生き物の気配がしない。季節感もない。
 嬉しいかどうか聞かれて、正直……この世界には、いたくない。世界の主の冷たさを表すようで……。
「どうして? わかった、僕の方がいいって思わせてあげる。僕なら閉じ込めたりしない。何があっても守ってあげる。見て!」
 少年はどこからか鏡を取り出した。いや、鏡の枠しかない。肝心な鏡の部分が欠けている。
 その枠を賽銭箱の上に置き、彼が服の裾に手を隠す。枠に隠した手を掲げると、どこからかさらさらと水が落ちてくる。
「水鏡……」
 思わず声が漏れ出た。
 吸い込まれるようにそれを覗き込む。そこには同じように覗き込んでいた少年と私がいたが、水面が揺らぎ、すぐ人が大勢いる豪華な境内が映された。懐かしい、人の群れ。ざわめきが聞こえてくる。無数の絵馬がカラコンコロンと音を立てて、一つ一つに人々の願いが書き込まれている――。
「年末年始はここから、サヤカの家族だって見ることができるよ。ね、魅力的でしょう?」
 水鏡に目が釘付けになった。胸がぎゅうと痛む。欲しかった、二度と手に入らない光景。あそこに私はいた。今はいない。
「それでも、私は主様が……例え家族を見れなくても、私が閉じ込められていたとしても!」
 決意の言葉だった。目頭が熱くなる。今、私は何を諦めた? いいや、元からそう決まっていたことだ。
 少年の目は冷たかった。水鏡のビジョンを手で振り払って消される。辺りはまた静けさに包まれた。
「僕も好きなんだ、サヤカって人間のことが……」
 彼は私の肩を押し、神社の壁に押しつけた。番の動物がするように、暴力的な愛情を押し付ける。
「や、やめて、何をするの……」
「コクトミともこういうことするんでしょ?」
「しない、そんなことまでしない……」
「あいつ不能なの、ふーん」
 違う違う、と強く抵抗する。彼は拘束を解こうともしないが、強行しようともしなかった。私よりも背丈が小さいのに、力は強い。そこらの大人よりもずっと。だって、びくともしない。
「山神!」
 その時、聞き慣れた主様の声がした。バリバリと世界のカーテンが破けて、暖かな植物達の匂いがなだれ込む。
「コクトミ……!」
 主様の声は酷く焦っている。来てくれたんだ……!
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