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7.REALEFFECT
ゲーム開始の合図は少年を何処に駆り立てるのか
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『今回のチャレンジャーは大餓、アハルギと……、』
この大歓声の中でもこのリングアナウンスだけは相変わらず能天気に良く響き渡る。まるで、この鬱陶しいほどの爽やかな快晴みたいだ。少しは空気を読んだらどうなのかね、天殻のドラゴンも。
熱気、いや、今まさにこの無機質なはずの仮想フィールドに渦巻いているのは熱狂だ。
それもそうだ、今日のこの一戦は世界中の誰しもが待ち望んでいたんだから。
そう、久しぶりにやつが戻ってくる。
だけど、その前に。
がしゃり、空中に展開された仮想フィールドなんて踏み抜いてしまうのではないかと思ってしまうほどの超重量級の鋼の甲冑を纏った巨体。その姿は甲冑を纏ってなお、騎士というよりは鋼の鬼、という方がしっくりきている。その兜には鬼を模したのか大きな銀色の角まで輝いている。
アハルギの超本気、完全武装の特別製義体。身体構築と再定義の許容限界。
「もしここで勝てたらその時はルジネに……」
いや、なんかぶつぶつ言うとりますけど、どっちにせよ不穏すぎる。
『そして今回はなんともう一人!』
「とうッ! 我が名はラビット仮面だ、その聖遺物を貰い受ける!」
長い白髪が容赦なくさらさら煌めく。入場ゲートからぴょこりんッと飛び出すや否や、ババーンッと仁王立ちで登場したのは、ド派手な黒いバニーガール衣装に、太古の仮面舞踏会を模したような目元を隠すマスカレードマスクを着けた……
『その名は、ウサ耳のほのか!』
「ち、ちが、ほのかではない、我は」
観衆を煽るように響き渡るコールに、ほの……ラビット仮面の狼狽を掻き消すオーディエンスの盛大な『ほのか! ほのか!』コール。い、いつの間にかすごいファンが増えている。
「つーか、ほのか! お前、今までどこ行ってたんだ!」
「だ、だから、違うって! 我は」
「ほのかちゃん、心配したんだぞ、もしかしら迷子になっちゃったんじゃないかって」
「ア、アハルギ殿、我はほのかでは」
『うおおおおおッッッ、ほのか! ほのか!』
「我はほのかじゃないって言ってるんですけど!?」
「……え、何言ってんだ、お前?」
「おいいいッ、観客も含めてみんな揃ってそのキョトンとした表情をやめろ!」
断固としてそのきらびやかなマスクは取らないらしい。いや、だからどうした、その恰好。完全に痴女じゃねえか。……オ、オレは、き、嫌いじゃねえけどさ?
「……で、親子の問題は解決したのか?」
「うむ。ま、もう大丈夫だ。我はもう一人暮らしできるからな!」
良くわからんが、何か吹っ切れたような力強くていい返事だったのでこれ以上はいいだろう。かくいうオレもあんなに複雑怪奇な親子のごたごたはいまいちピンとこねえし。今はこのどエロ破廉恥コスプレ褐色バニーを信じよう。
「それに……」
「あ?」
「皆が我が活躍を心待ちにしていたのだ、ここで登場しないわけにはいかないだろ!」
『うおおおおおおおおッッッ!!!』
高々と掲げてみせた右の拳、その少女の姿に合わせて野太い歓声が上がる。
「我は人気者なのだ!」
「ハッ、確かに違いねえな」苦笑、その高まる歓声を見上げながら。
そして、こんなくだらねえ茶番劇はどうでもよくて。
いよいよ本日の主役のお出ましだ。
『さあさあさあ! 皆様お待ちかね、なんと2か月ぶりの登場です、ランキング1位、絶対不動のチャンピオン、我らが英雄王、アーサー!!』
コールが終わるや否や、戦うにはあまりにも優雅な白いスーツの青年が姿を現した瞬間から仮想フィールドが耳を劈くような大歓声に揺れる。そう、文字通り、揺れたんだ。
そう、彼らはこいつの出場をずっと待ち望んでいた。
超有名ゲームランカーの謎の失踪から、様々な憶測や身もふたもない噂とそれについた盛大な尾ひれがアーサーのミステリアスな人気をさらに押し上げていた。人気者はつらいねえ。
まあ、真相は誰も知らないだろう。
ガチで遺伝子的に本物のアーサーが本物の聖剣を手に入れて、すっかりゲームに飽きてしまっている、なんてさ。いや、そもそも、誰も信じねえか、そんなファンタジー。
「それにしても、」
アーサーはオレ達の姿を見ると、うんざりとため息を吐いた。こいつにはオレ達はずいぶんと滑稽な大道芸人にでも見えているのだろう。明らかに自分と戦うには不釣り合いな場違い者だと蔑んでいるに違いない。
「……これは何の余興だ? ふざけているならボクは」
「でもよ、誇り高きチャンピオン様は棄権なんてしないだろ?」
アハルギは全身を鋼鉄の甲冑で完全武装していて、その表情は窺えず、そして、その声も頭をすっぽりと覆った鬼みたいないかつい兜に反響してくぐもっていた。
「ちょいと俺らの一族は管理局と仲が悪くてね、その代理戦争みたいなもんだ」
「なるほど、だからボクが引き出されたってわけか」
そう、【イマジンコード】の絶対的チャンピオンはその生来のプライドの高さ故か、勝負を挑まれたら決して断れない。
「やるだろ? 不敗のチャンピオン」
「ま、すぐに終わるさ」
アーサーはまるでちょっとした手間であるかのようにそれだけを言うと、つまらなさそうにそっぽを向いた。
アーサーを【イマジンコード】に引きずり出す作戦はうまくいった。あとは。
『え? い、いや、でも……』
珍しくリングアナウンサーが言い淀む。それもそうだ、きっとこのゲーム始まって以来の不測の事態。不穏な気配に静かにどよめく観客。
それもそのはずだ、仮想フィールドの入り口からゆっくりと現れたその少年はすでにここに入ることを許可されておらず、そもそも立ち入ることすらできないはずなのだから。
少し前まではその異質で不気味な聖遺物の考察に世間を賑わせていた新人が、ゲームにおける不正なチート行為で炎上して姿を消した。管理局とゲームの運営が作ったシナリオはそうだったな。
イマジンコードの選手登録抹消、聖遺物使用権限のはく奪。確か、アーサーはそんなこと言ってたっけ。
オレは全てを奪われて、その復讐の機会すら与えられない。
そのはずだった。
『こ、今回は特別に参戦を許可されたとのことです、魔剣士、ルジネ!』
この場を盛り上げようと無理やり声を張り上げるアナウンサーの努力も虚しく、興奮の最高潮だったはずのフィールドが静まり返る。あっという間に盛り下がるテンション。オレの登場でアンチがすぐにログアウトしたのが見えた。あーあ、観客冷えちゃった。
しんとした空間に電子を踏むオレの足音だけがぱきりと鳴る。バグとノイズが擦れた不快な金属音を奏でる。
「ふん、貴様が死んで魔剣が壊れたかと思ったが」
「ハッ、こんなクソッタレな魔剣を使うやつが簡単に死ぬと思ってんのか?」
クソつまらねえ予定調和を乱してやった。それだけでなんとなくしてやったりと、にやっとしてしまう。ハッ、いい気味だ。
オレがここにいるのはどう考えてもこのゲーム始まって以来最悪のエラーだ。永久BANをすり抜けてきたやつがいるなんて。
こんなクソッタレな世界で予定調和なんてつまらねえ。
オレみたいなちょっとしたバグこそが世界を変えるんだ。
ディストピアなんてもう流行らねえんだよ。
オレは高々と幻想籠手を装着した右手を掲げる。観客の誰もそれに呼応せず、むしろフィールドにはブーイングとアンチが吐く汚ねえチャットが飛び交っている。ハッ、ずいぶんと嫌われたもんだな。
そしてーー
この大歓声の中でもこのリングアナウンスだけは相変わらず能天気に良く響き渡る。まるで、この鬱陶しいほどの爽やかな快晴みたいだ。少しは空気を読んだらどうなのかね、天殻のドラゴンも。
熱気、いや、今まさにこの無機質なはずの仮想フィールドに渦巻いているのは熱狂だ。
それもそうだ、今日のこの一戦は世界中の誰しもが待ち望んでいたんだから。
そう、久しぶりにやつが戻ってくる。
だけど、その前に。
がしゃり、空中に展開された仮想フィールドなんて踏み抜いてしまうのではないかと思ってしまうほどの超重量級の鋼の甲冑を纏った巨体。その姿は甲冑を纏ってなお、騎士というよりは鋼の鬼、という方がしっくりきている。その兜には鬼を模したのか大きな銀色の角まで輝いている。
アハルギの超本気、完全武装の特別製義体。身体構築と再定義の許容限界。
「もしここで勝てたらその時はルジネに……」
いや、なんかぶつぶつ言うとりますけど、どっちにせよ不穏すぎる。
『そして今回はなんともう一人!』
「とうッ! 我が名はラビット仮面だ、その聖遺物を貰い受ける!」
長い白髪が容赦なくさらさら煌めく。入場ゲートからぴょこりんッと飛び出すや否や、ババーンッと仁王立ちで登場したのは、ド派手な黒いバニーガール衣装に、太古の仮面舞踏会を模したような目元を隠すマスカレードマスクを着けた……
『その名は、ウサ耳のほのか!』
「ち、ちが、ほのかではない、我は」
観衆を煽るように響き渡るコールに、ほの……ラビット仮面の狼狽を掻き消すオーディエンスの盛大な『ほのか! ほのか!』コール。い、いつの間にかすごいファンが増えている。
「つーか、ほのか! お前、今までどこ行ってたんだ!」
「だ、だから、違うって! 我は」
「ほのかちゃん、心配したんだぞ、もしかしら迷子になっちゃったんじゃないかって」
「ア、アハルギ殿、我はほのかでは」
『うおおおおおッッッ、ほのか! ほのか!』
「我はほのかじゃないって言ってるんですけど!?」
「……え、何言ってんだ、お前?」
「おいいいッ、観客も含めてみんな揃ってそのキョトンとした表情をやめろ!」
断固としてそのきらびやかなマスクは取らないらしい。いや、だからどうした、その恰好。完全に痴女じゃねえか。……オ、オレは、き、嫌いじゃねえけどさ?
「……で、親子の問題は解決したのか?」
「うむ。ま、もう大丈夫だ。我はもう一人暮らしできるからな!」
良くわからんが、何か吹っ切れたような力強くていい返事だったのでこれ以上はいいだろう。かくいうオレもあんなに複雑怪奇な親子のごたごたはいまいちピンとこねえし。今はこのどエロ破廉恥コスプレ褐色バニーを信じよう。
「それに……」
「あ?」
「皆が我が活躍を心待ちにしていたのだ、ここで登場しないわけにはいかないだろ!」
『うおおおおおおおおッッッ!!!』
高々と掲げてみせた右の拳、その少女の姿に合わせて野太い歓声が上がる。
「我は人気者なのだ!」
「ハッ、確かに違いねえな」苦笑、その高まる歓声を見上げながら。
そして、こんなくだらねえ茶番劇はどうでもよくて。
いよいよ本日の主役のお出ましだ。
『さあさあさあ! 皆様お待ちかね、なんと2か月ぶりの登場です、ランキング1位、絶対不動のチャンピオン、我らが英雄王、アーサー!!』
コールが終わるや否や、戦うにはあまりにも優雅な白いスーツの青年が姿を現した瞬間から仮想フィールドが耳を劈くような大歓声に揺れる。そう、文字通り、揺れたんだ。
そう、彼らはこいつの出場をずっと待ち望んでいた。
超有名ゲームランカーの謎の失踪から、様々な憶測や身もふたもない噂とそれについた盛大な尾ひれがアーサーのミステリアスな人気をさらに押し上げていた。人気者はつらいねえ。
まあ、真相は誰も知らないだろう。
ガチで遺伝子的に本物のアーサーが本物の聖剣を手に入れて、すっかりゲームに飽きてしまっている、なんてさ。いや、そもそも、誰も信じねえか、そんなファンタジー。
「それにしても、」
アーサーはオレ達の姿を見ると、うんざりとため息を吐いた。こいつにはオレ達はずいぶんと滑稽な大道芸人にでも見えているのだろう。明らかに自分と戦うには不釣り合いな場違い者だと蔑んでいるに違いない。
「……これは何の余興だ? ふざけているならボクは」
「でもよ、誇り高きチャンピオン様は棄権なんてしないだろ?」
アハルギは全身を鋼鉄の甲冑で完全武装していて、その表情は窺えず、そして、その声も頭をすっぽりと覆った鬼みたいないかつい兜に反響してくぐもっていた。
「ちょいと俺らの一族は管理局と仲が悪くてね、その代理戦争みたいなもんだ」
「なるほど、だからボクが引き出されたってわけか」
そう、【イマジンコード】の絶対的チャンピオンはその生来のプライドの高さ故か、勝負を挑まれたら決して断れない。
「やるだろ? 不敗のチャンピオン」
「ま、すぐに終わるさ」
アーサーはまるでちょっとした手間であるかのようにそれだけを言うと、つまらなさそうにそっぽを向いた。
アーサーを【イマジンコード】に引きずり出す作戦はうまくいった。あとは。
『え? い、いや、でも……』
珍しくリングアナウンサーが言い淀む。それもそうだ、きっとこのゲーム始まって以来の不測の事態。不穏な気配に静かにどよめく観客。
それもそのはずだ、仮想フィールドの入り口からゆっくりと現れたその少年はすでにここに入ることを許可されておらず、そもそも立ち入ることすらできないはずなのだから。
少し前まではその異質で不気味な聖遺物の考察に世間を賑わせていた新人が、ゲームにおける不正なチート行為で炎上して姿を消した。管理局とゲームの運営が作ったシナリオはそうだったな。
イマジンコードの選手登録抹消、聖遺物使用権限のはく奪。確か、アーサーはそんなこと言ってたっけ。
オレは全てを奪われて、その復讐の機会すら与えられない。
そのはずだった。
『こ、今回は特別に参戦を許可されたとのことです、魔剣士、ルジネ!』
この場を盛り上げようと無理やり声を張り上げるアナウンサーの努力も虚しく、興奮の最高潮だったはずのフィールドが静まり返る。あっという間に盛り下がるテンション。オレの登場でアンチがすぐにログアウトしたのが見えた。あーあ、観客冷えちゃった。
しんとした空間に電子を踏むオレの足音だけがぱきりと鳴る。バグとノイズが擦れた不快な金属音を奏でる。
「ふん、貴様が死んで魔剣が壊れたかと思ったが」
「ハッ、こんなクソッタレな魔剣を使うやつが簡単に死ぬと思ってんのか?」
クソつまらねえ予定調和を乱してやった。それだけでなんとなくしてやったりと、にやっとしてしまう。ハッ、いい気味だ。
オレがここにいるのはどう考えてもこのゲーム始まって以来最悪のエラーだ。永久BANをすり抜けてきたやつがいるなんて。
こんなクソッタレな世界で予定調和なんてつまらねえ。
オレみたいなちょっとしたバグこそが世界を変えるんだ。
ディストピアなんてもう流行らねえんだよ。
オレは高々と幻想籠手を装着した右手を掲げる。観客の誰もそれに呼応せず、むしろフィールドにはブーイングとアンチが吐く汚ねえチャットが飛び交っている。ハッ、ずいぶんと嫌われたもんだな。
そしてーー
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