上 下
37 / 48
5.EXCALIBUR

魔剣は聖剣に打ち克てるのか

しおりを挟む
「イマジンコードの選手登録抹消、聖遺物使用権限のはく奪は……そうだな、そもそもキミは【イマジンコード】で使用可能な聖遺物を所持していないか。まあいい、今後の使用権をはく奪すればいいか」

 手も足も出ない。

 その強さの底が知れない。

 どうやったってコイツに勝てるイメージがわかない。

 これが、ランカー1位の実力。

 これが、人々の願いの強さ。

 クソ、ふざけやがって。オレはそれに抗うためにクソッタレな魔剣なんかと契約したんだぞ。

 人々の願いによって形作られた世界を変えるために。

 そもそも、だ。

 どうして、アーサーなんて超大物がオレなんかと対峙している?

「……てめえは何なんだ、どうしてこんなところにいやがるんだ……」

 地べたに這いつくばった無様な体勢のままじゃあ、睨み上げることしかできない。

 そんなオレを全く興味なさそうに見下ろすアーサーは、また小さくため息をつくと左手の時計を見る。

「ボクはアーサー、竜頭のウーゼルの血を継ぐもの、アーサーだ」

 その囁くような声が何故かよく響いた。誰もいない喧騒から離れた路地裏だからって何がそんなにオレの脳髄まで震動させたのか。

「……何をなんちゃってがイキっちゃってんの? そういうキャラでいく感じなの?」

 どす黒い粘泥に沈みながら精一杯の悪態を吐き出す。それしかできなかった。どう足掻いてもあの時みたいに身体の傷は塞がらなかった。

 こいつの名前がアーサーで、自身の聖遺物である聖剣、エスクカリバーを持ってるのはまあ理解できる。誰だってそれに憧れる。オレだって正義のヒーローが持ってるマントに憧れた時期がありました。

 けどよ、どれもこれも紛い物だろ?

 アーサーなんて本物はもう遠い昔の伝説の人物だし、そもそもその聖遺物はゲームのアイテムでしかない。

 だけど、アーサーのその憂いを帯びた青い瞳が冗談を言っているとも思えなかった。いや、こんなところで冗談なんてかましやがったらさすがにぶちギレるわ。

「正真正銘のアーサー本人だよ、ボクはそのクローンだからね」

「…………は?」

 こいつは何を言っている? このオレなんかに衝撃の事実をこんなにもあっさり明かしちゃってくれてんの?

 クローンは禁止されているはずじゃねえのか。

 シンギュラリティをとっくに超越しちまったこのイカれた世界で、この小綺麗な倫理だけがオレらの理性を押しとどめていたんじゃないのか。

 もうすでに、生と死の概念すら曖昧になっている。

 身体を一新することで千年前から不老不死は実現しているし、アーカイブから死者の声はリアルタイムの思考する観測機として聞けるようになった。死にたいと望むことも、その後生き返りたいと申請することもできる。そのどれもが少し面倒な手続きだけで可能なんだ。

 でも、死者の決定意思なくそれらを蘇生させるクローンは個人の尊厳を著しく損なうとして、法によって全面的に禁止されている。だから、たとえ太古の人物の遺伝子情報があったとしても、彼らが蘇生の意思を示さない限りは彼らをこの現代に蘇らせることはできないのだ。

「数千年前からしたらこの世界はまるで別世界だ」

 だけど、目の前の聖剣を振るう少年は、さも当たり前かのように自身をクローンだと言った。

 いや、待て待て、この世界の根底の全てが揺らぐような衝撃の事実だぞ。しとり達、内殻が起こした反乱もどきよりもさらに質が悪い。つまり、腐っているのが外殻の方だったってことだ。

「あ、安心してよ、クローンはボクだけだ。その技術はボクが全て破棄させたからね」

 そんなことはどうでもいい。

 問題は目の前にいるこのクソッタレ王子様がマジの本物だってことだ。

 もしかしたら。オレの中に浮かぶ荒唐無稽な考えが。

 もしかしたら、こいつは生前にすでに死者蘇生の意思決定をしてたんじゃないのか?

 自身が死んだその丘で最期に遺るその無念の意思を、数千年もの間誰かが引き継ぎ続けていたとしたら。

 それは、もう、妄執だ。幻想に囚われた怨霊だ。

「異世界に転生した最強の騎士王が世界を征服する、そんな物語も悪くないと思わないかい?」

「却下だ、絶対につまらなさそうじゃん。それにこれはSFだ、ファンタジーはカテゴリ違いだよ」

(いやいや、これは紛れもなくファンタジーじゃ、わらわを使うていて何を言うておるのじゃ)

 あのハイテンションから一転、落ち着きを取り戻したのか、それとも、見切りを付けられたのか、いつものようにアウラがオレを嘲笑する。良かった、壊れてこんな形になってもアウラはまだ健在だ。それなら。

 オレ達はまだ戦える。

「過去の異物が、オレの未来を潰そうとすんな」

(いひひ、主の未来は契約内容に含まれておったかのう?)

「おいおい、キミに未来があると思っているのか、小狡い泥棒風情が」

 ふわり、白熱の聖剣がオレの頬をかすめる。こんな圧倒的な敗北とあっけない終焉があってたまるか。……え、マジで味方いないの? アウラ、負けそうになるや否や急に突き放してくるじゃん。

 未だ癒えやしない致命傷を無視して、無理やり全身に力を込めて起き上がろうとするが。

「残念だが、魔剣に囚われたキミに未来なんてないよ」

 どす黒い血だまりの中で藻掻くオレの姿を、アーサーは冷ややかに見つめていた。こいつの足元に広がるこの泥の一滴さえ純然たる白熱を汚せない。

「じゃ、そろそろこの物語は終わりだ、これからはボクの番だ」

 無慈悲に振り上げられる聖剣。

 こんな過去にしがみつく亡霊に殺されるとか、無念しかねえ。

 クソ、オレは――

「探したわよ、ルジネ! こんな夜中にどこに行っちゃったかと思ったら……え、何、これ?」

「……急に出てきて何なんだよ、お前は」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...