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引退魔王卍リベンジャーズ
ダンジョンと配信と我と
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「やあやあ、名無し、ダンジョンの調子はどうかね?」
「わ、ヘラ様、お久しぶりです。というか、名無しなんてやめてくださいよ、わたしにはヘラ様からいただいた素敵な名前があるんですから」
「すまぬな、なんか名無しと呼んでいたからそっちの方が呼びやすくてな」
「もー、あ、キミのお名前は? わたしの名前はね」
「キミ、なんか明るくなったね」
垢抜けたというか、一回り成長したというか、吹っ切れたというか、とにかく、あの時の名無しのどこか後ろめたさもあったような少し気弱だった雰囲気はもうどこにもなかった。我らと話しながらも、何やら忙しそうにテキパキとラスボスの部屋を行き来している。
「しかし、このダンジョンのマスターだというのに、そのラフな服装はどうかと思うぞ」
「なッ……」
なにやら作業中だったのかへそ出しの黒いタンクトップに茶色の革のショートパンツ、どちらもぴったりと名無しの身体にフィットしていて、元武闘家だった彼女の引き締まった身体付きを否が応にも強調してしまう。こやつ、案外と着痩せするタイプだな。脱いだらすごいやつだ。
「そうですよ、ヘラ様もそう思いますよね、私の方が気を遣ってしまいますよ。一応私も男なんですからね」
「な、なな、なんてこと言うんですか、ヴィッシュグルドさんまで!」
名無しに、ヴィッシュグルド、と呼ばれたダークエルフの男は、こちらはちゃんとしたエルフ族の伝統的な民族衣装を着ていた。エルフ族には珍しい長い黒髪と、日を好まぬダークエルフの灰色の肌を持つすらりとした長身。
メガネを掛けた端正な顔立ちから理知的な雰囲気を醸し出しているが、苦笑しながら名無しのサポートをしている様子はなんとなく柔和で温厚そうでもあった。
そんな彼にそう言われると、なんとなく気恥ずかしくなったのか名無しはこそこそと大きめの白い半そでのシャツを羽織ることにしたらしい。もしかしたら、あまり他の者と交流がないとこんな感じでだらけてしまうのかもしれぬな。サクリエルが最たる例だ。
「それで、キミ達はさっきから何をガサゴソしてんの?」
「あ、ちょっと配信の準備を」
「いや、ホント何してんの?」
ふたりは何やら配信のための魔道具やらよくわからぬ機械、モニターやカメラの位置をせっせと調整したりしてた。いや、何してんの?
「少しでもこのダンジョンの宣伝をと思って。ね、ヴィッシュグルドさん?」
「はい、今ダンジョン配信者が人気となっていますからね、我々も便乗してみようかと」
「キミ達のその流行に積極的に乗っかっていく謎の姿勢は何なの?」
乗るしかない、このビッグウェーブに、とでも思っているのだろう。だけど、二番煎じはそんなにバズらない。ほら、SNSでそのへんのどーでもいい女が誰かがバズらせたダンスの振り付けを下手くそなりにパクるようなお粗末なことしてるだろ? そんなの誰がどう見ても面白くないし可愛くもなければ新鮮味もないじゃん。そういうことよ。バズりたいなら自ら道を切り拓いていけ!
まあ、確かにこのダンジョンはサクリエルが運営していた時とは見違えるように、すっかりさっぱりきっちりかっちり変わっていた。これならば、以前のように汚くて臭くはないし、ちゃんと配信画面にのせることもできるだろう。
あの広大な砂漠を飲み込まんとするほどに巨大。地上にも現われたその迷宮はいかにも太古のお宝が眠っていますよ、と言わんばかりの神秘的かつ荘厳な雰囲気を醸し出していた。
ダンジョン自動生成魔法なんていうとんでもない代物をここまで行使できるとは、さすが、名無し、リッチになりたてとは思えぬな。やはり、復讐と憎悪を糧にする者は強い、隠れ病んでるとかいう謎の属性の名無しには逆らわんでおこう。こんなん閉じ込められたら一生出れんしな。リスポーンはできない仕様です。
「ところで、ヘラ様はわざわざこんなところまで来てくださってどうしたんですか?」
名無しは、我の後ろに隠れているイサナのために膝を屈んでにっこりと彼女に微笑む。が、イサナは余計にちっちゃくなって隠れてしまった。ここに来てから、あのイサナが珍しく無口だ。もしかしたら、なんとなく名無しのことを人間ではないのだと感じ取ったのかもしれない。リッチは魂無き死体、わかる者にはわかるのだ。
「うむ、魔王に仇なす者どもが現れてな、力を貸してくれる者を集めているのだ」
「わ、それは大変ですね」
我が事情を説明している間、名無しとヴィッシュグルドは、年相応に好奇心旺盛なイサナが配信機器を触ってしまわないようにとチラチラ少女の動向を見守りながら、なんだかそわそわしていた。
我はすでに一線から退いた身。天魔異會のことは魔王であるステラに一任してもいいのだ。だが、リーゼに仲間を捕らわれてじっとしているような性分でもない。それに、戦力は多い方がいいだろう。
このダンジョンの存在は、ステラもまだ把握しきれていない。一体どれほどの戦力になるか想像もつかないだろう。サクリエルが逃亡したせいで魔界にこのバカげた空間魔法のこともイマイチ伝わっていないような気がするし。ステラが名無しの配信をチェックしていたらワンチャンあるかもしれぬが、この少し寂しい登録者数ではあまり期待もできぬか。
聖都をぶっ壊しちゃった罪滅ぼしも兼ねて、な。これでステラの機嫌が直って、父としての我が評価も威厳も回復してくれたらいいのに。
「――なるほど、ヘラ様の査察中に天魔異會と呼ばれる秘密結社のひとりから襲撃を受けたと。しかも、それが魔王領の領主だったと」
ちなみに、ありがたいほどに話の呑み込みが早いヴィッシュグルドは我が先代魔王だとは知らない。名無しの友人兼魔界からの査察だと思っている。その方が変に気を遣われて話が進まなくなるよりはずっといい。さりげなく査察もできるしな。
そんな我が思惑など知る由もないヴィッシュグルドはふむふむと頷きながら何かを考えているようだったが、ふと顔を上げると。
「そうだ、名無し様。このダンジョンに住まう凶悪な魔物達を集結させましょう。ダンジョンに付随するものです、それらは自動で生成されるのでまさに不死身の軍団ですよ」
「ねえ、ヴァッシュグルドさんまでわたしのことをそう呼ばないでよ」
「いいではないですか。なんとなく隠されし真名というのもかっこいいですよ」
「え、そ、そうかなあ~」
……なんだ、何を見せられているんだ、我らは。このイチャイチャ空間はなんだ。すごい良い雰囲気じゃん。幸せオーラがこっちまで溢れてるじゃん。闇属性の我には少し眩しくて目からなんか漏れ出てきそうなんだが。
「ヘラお姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「う、うむ、こういうのはな、我らのような陰キャは邪魔にならぬようにそっと陰から祈り奉るのがベストなのだ。よく覚えておけ、イサナ」
「う、うん?」
イサナはピンと来ていないようだ。好奇心旺盛で人見知りせず、誰にでも話しかけられるこやつは、どちらかと言えば陽キャ寄りだしな。せめてこやつだけはパリピにならぬように我がしっかり育てていこう。パリピフロストドラゴンには絶対に会わせぬようにしなくては。
「わ、ヘラ様、お久しぶりです。というか、名無しなんてやめてくださいよ、わたしにはヘラ様からいただいた素敵な名前があるんですから」
「すまぬな、なんか名無しと呼んでいたからそっちの方が呼びやすくてな」
「もー、あ、キミのお名前は? わたしの名前はね」
「キミ、なんか明るくなったね」
垢抜けたというか、一回り成長したというか、吹っ切れたというか、とにかく、あの時の名無しのどこか後ろめたさもあったような少し気弱だった雰囲気はもうどこにもなかった。我らと話しながらも、何やら忙しそうにテキパキとラスボスの部屋を行き来している。
「しかし、このダンジョンのマスターだというのに、そのラフな服装はどうかと思うぞ」
「なッ……」
なにやら作業中だったのかへそ出しの黒いタンクトップに茶色の革のショートパンツ、どちらもぴったりと名無しの身体にフィットしていて、元武闘家だった彼女の引き締まった身体付きを否が応にも強調してしまう。こやつ、案外と着痩せするタイプだな。脱いだらすごいやつだ。
「そうですよ、ヘラ様もそう思いますよね、私の方が気を遣ってしまいますよ。一応私も男なんですからね」
「な、なな、なんてこと言うんですか、ヴィッシュグルドさんまで!」
名無しに、ヴィッシュグルド、と呼ばれたダークエルフの男は、こちらはちゃんとしたエルフ族の伝統的な民族衣装を着ていた。エルフ族には珍しい長い黒髪と、日を好まぬダークエルフの灰色の肌を持つすらりとした長身。
メガネを掛けた端正な顔立ちから理知的な雰囲気を醸し出しているが、苦笑しながら名無しのサポートをしている様子はなんとなく柔和で温厚そうでもあった。
そんな彼にそう言われると、なんとなく気恥ずかしくなったのか名無しはこそこそと大きめの白い半そでのシャツを羽織ることにしたらしい。もしかしたら、あまり他の者と交流がないとこんな感じでだらけてしまうのかもしれぬな。サクリエルが最たる例だ。
「それで、キミ達はさっきから何をガサゴソしてんの?」
「あ、ちょっと配信の準備を」
「いや、ホント何してんの?」
ふたりは何やら配信のための魔道具やらよくわからぬ機械、モニターやカメラの位置をせっせと調整したりしてた。いや、何してんの?
「少しでもこのダンジョンの宣伝をと思って。ね、ヴィッシュグルドさん?」
「はい、今ダンジョン配信者が人気となっていますからね、我々も便乗してみようかと」
「キミ達のその流行に積極的に乗っかっていく謎の姿勢は何なの?」
乗るしかない、このビッグウェーブに、とでも思っているのだろう。だけど、二番煎じはそんなにバズらない。ほら、SNSでそのへんのどーでもいい女が誰かがバズらせたダンスの振り付けを下手くそなりにパクるようなお粗末なことしてるだろ? そんなの誰がどう見ても面白くないし可愛くもなければ新鮮味もないじゃん。そういうことよ。バズりたいなら自ら道を切り拓いていけ!
まあ、確かにこのダンジョンはサクリエルが運営していた時とは見違えるように、すっかりさっぱりきっちりかっちり変わっていた。これならば、以前のように汚くて臭くはないし、ちゃんと配信画面にのせることもできるだろう。
あの広大な砂漠を飲み込まんとするほどに巨大。地上にも現われたその迷宮はいかにも太古のお宝が眠っていますよ、と言わんばかりの神秘的かつ荘厳な雰囲気を醸し出していた。
ダンジョン自動生成魔法なんていうとんでもない代物をここまで行使できるとは、さすが、名無し、リッチになりたてとは思えぬな。やはり、復讐と憎悪を糧にする者は強い、隠れ病んでるとかいう謎の属性の名無しには逆らわんでおこう。こんなん閉じ込められたら一生出れんしな。リスポーンはできない仕様です。
「ところで、ヘラ様はわざわざこんなところまで来てくださってどうしたんですか?」
名無しは、我の後ろに隠れているイサナのために膝を屈んでにっこりと彼女に微笑む。が、イサナは余計にちっちゃくなって隠れてしまった。ここに来てから、あのイサナが珍しく無口だ。もしかしたら、なんとなく名無しのことを人間ではないのだと感じ取ったのかもしれない。リッチは魂無き死体、わかる者にはわかるのだ。
「うむ、魔王に仇なす者どもが現れてな、力を貸してくれる者を集めているのだ」
「わ、それは大変ですね」
我が事情を説明している間、名無しとヴィッシュグルドは、年相応に好奇心旺盛なイサナが配信機器を触ってしまわないようにとチラチラ少女の動向を見守りながら、なんだかそわそわしていた。
我はすでに一線から退いた身。天魔異會のことは魔王であるステラに一任してもいいのだ。だが、リーゼに仲間を捕らわれてじっとしているような性分でもない。それに、戦力は多い方がいいだろう。
このダンジョンの存在は、ステラもまだ把握しきれていない。一体どれほどの戦力になるか想像もつかないだろう。サクリエルが逃亡したせいで魔界にこのバカげた空間魔法のこともイマイチ伝わっていないような気がするし。ステラが名無しの配信をチェックしていたらワンチャンあるかもしれぬが、この少し寂しい登録者数ではあまり期待もできぬか。
聖都をぶっ壊しちゃった罪滅ぼしも兼ねて、な。これでステラの機嫌が直って、父としての我が評価も威厳も回復してくれたらいいのに。
「――なるほど、ヘラ様の査察中に天魔異會と呼ばれる秘密結社のひとりから襲撃を受けたと。しかも、それが魔王領の領主だったと」
ちなみに、ありがたいほどに話の呑み込みが早いヴィッシュグルドは我が先代魔王だとは知らない。名無しの友人兼魔界からの査察だと思っている。その方が変に気を遣われて話が進まなくなるよりはずっといい。さりげなく査察もできるしな。
そんな我が思惑など知る由もないヴィッシュグルドはふむふむと頷きながら何かを考えているようだったが、ふと顔を上げると。
「そうだ、名無し様。このダンジョンに住まう凶悪な魔物達を集結させましょう。ダンジョンに付随するものです、それらは自動で生成されるのでまさに不死身の軍団ですよ」
「ねえ、ヴァッシュグルドさんまでわたしのことをそう呼ばないでよ」
「いいではないですか。なんとなく隠されし真名というのもかっこいいですよ」
「え、そ、そうかなあ~」
……なんだ、何を見せられているんだ、我らは。このイチャイチャ空間はなんだ。すごい良い雰囲気じゃん。幸せオーラがこっちまで溢れてるじゃん。闇属性の我には少し眩しくて目からなんか漏れ出てきそうなんだが。
「ヘラお姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「う、うむ、こういうのはな、我らのような陰キャは邪魔にならぬようにそっと陰から祈り奉るのがベストなのだ。よく覚えておけ、イサナ」
「う、うん?」
イサナはピンと来ていないようだ。好奇心旺盛で人見知りせず、誰にでも話しかけられるこやつは、どちらかと言えば陽キャ寄りだしな。せめてこやつだけはパリピにならぬように我がしっかり育てていこう。パリピフロストドラゴンには絶対に会わせぬようにしなくては。
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