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6章:異世界豪華客船連続殺人事件
急
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そうして、颯爽と現場に駆け付けた我らの目に飛び込んできたのは。
そやつは大きな包丁を胸のど真ん中に突き立てられて、無残にもそこに転がっていた。
「グ、グロリア……」
我はよろよろと力なくグロリアに近づく。
一体何があってこんなことになっとるのだ。こんなん完全に死体じゃないですか。
い、いや、姿かたちを自由に変えられるスライムが刃物で殺されるはずはないが、ここで魔物バレも良くない。
「完全に死んでる……」
もちろん完全に死んではいないが、状況的にこう言っておかないと、むしろ生きている方がおかしい。どこからどう見ても、大きな包丁で胸を一突きされている、という状態だからな。
「グロリア、少しの間死体になっていてくれ」こそこそと。
「かしこまりました」
グロリアがカモフラージュのために胸からおびただしい量の赤い液体を垂れ流すと、エントランスの床はあっという間に血だまりっぽくなってしまって、結構グロい。だが、そのおかげか我以外には誰も近づかなくなる。血で汚れる、なんて嫌だろうしな。これはこれで都合がいい、グロリアの身体を調べられるのは面倒だ。
「こやつは我の護衛の一人だったのだ。こやつの亡骸は我が部屋に連れて行く」
事情聴取は我が部屋で良かろう。さっさと犯人を言ってもらって事件解決だな。うひひ、そしたら我は一躍殺人事件を解決した探偵としてちやほやされてしまうな。いやー、参ったなあ。
「いいえ、ダメです」
「は? な、何を言って」
しかし、グロリアの身体に触れようとした我を鋭く制止する声。我はびくりとしながら振り返る。
「部屋で殺害の証拠を隠滅される可能性があります。この死体はこのカジノで皆さんの誰かしらが見えるようにしましょう」
「し、失敬な。我が犯人だとでも言うのか!?」
そんなのたまったもんじゃない。我は犯人じゃない! ずっと部屋にいたし疑われるようなこともしていないはずだ。
「そ、そうよ、彼女の護衛の人が殺されたのよ、彼女じゃないわ。それにこんなに小さくて可愛い子が殺人なんて」
「いや、失礼、つい癖でね、怪しい行動はどうしても気になってしまうのですよ」
小太りの身なりのいいおばちゃんが我をかばってくれた。ナイスおばちゃん! カワイイ見た目で得したぜ。
しかし、こうなるとグロリアを部屋に連れていき、犯人を聞き出す、というのも難しくなってしまった。ここで死んでいるはずのグロリアが喋るわけにはいかないしな。こんな逃げ場もない海上で魔物バレなんてした日には、せっかくの船旅が余計に台無しだ。
それもこれもみんな、さっきからなんか思わせぶりに仕切ってくるこやつのせいだ。
「な、なんだ、さっきから貴様は」
「私ですか? 私はたまたま居合わせただけのしがない探偵ですよ」
すらりとした長身に皺ひとつない小綺麗な茶色のスーツ、上等な黒い革靴は顔もわかるのではないと思うほどにピカピカに磨き込まれている。蜜蝋でピシッと撫でつけた黒髪は七三に分けられていて、そのうすらと浮かべた余裕のある微笑とともにどこか漂う自信の現れのようだった。
なんつー都合の良い展開だ。しかし、探偵がいるならもう安心だ。きっとスパッと犯人を見つけて事件解決だ。本当は我が美少女探偵としてカッコよく事件を解決するつもりだったが、本職の方がいらっしゃるならそちらに手柄を譲ろうではないか。
「けどよ、お前が探偵さんなら、どうして最初の殺人が起きたときに名乗らなかったんだよ?」
その醜く太った身体中に纏う宝石をぎらつかせたおじさんが食って掛かる。いいぞ、きったねえおっさん、もっと言ってやれ!
そうだ、こやつが最初に名乗り出ていれば犯人もビビってグロリアを殺す(死んでないが)ことなんてなかったかもしれない。そして、この澄ました探偵に向けられた周囲の冷ややかな眼差しからするに、そう考えたのは我だけではなかった。
だけど、探偵はちょっとムカつくほどにいたって冷静で、その澄ました表情を一切変えることなく。
「第一の事件が殺人かどうかわからなかったからです」
「はあ? おい、お前、なんだそれ? どういうことだ?」
「最初の被害者は後頭部を強く打って死んでいた。それなら階段から足を踏み外しただけのただの事故、という可能性もありますからね」
なるほど、確かに服は薄汚れていたし、体勢もおかしかった。階段から落ちた、と言われた方がしっくりくる状況だったかもしれない。だが、それならどうして我も含めてみんなが事件だと思ってしまったのだろうか。
「でも、状況は変わった」
我が思案は探偵の刃物のようにも思ってしまう怜悧な声に遮られてしまった。まあ、別にいいか、我は探偵じゃない、先代魔王だ。こんなのは些細な違和感だ、気にするほどでもない。
「彼女は明らかに他の人によって危害を加えられている。つまり、殺人を犯した者がこの中にいる、ということが確実になったのです」
胸に包丁が深々と突き刺さって死んでいる、という状況で殺人以外の場合を考える者はほぼいないだろう。
「ということは、最初も殺人事件の可能性があります」
なん……だと。どういうことだ、あれは一見すると階段から足を踏み外したただの事故のようにしか見えなかったが。だからこそ、なぜ皆が殺人事件だ、といって騒いでいたのか我には理解できなかったのだが。
「さっき遺体を運ぶついでに調べたんですがね、」
探偵は少し無精ひげの伸びた顎を黒い革手袋をした右手でさすりながら、もったいぶったようなゆっくりとした口調。ああもうッ、じれったい! 我らは別に貴様による高尚な推理が聞きたいわけじゃない。ただただ身の安全を保障してほしいだけなのだ。
「最初の被害者、ヘイズディングズさんの死因は階段からの落下によるものではありません。彼は後頭部を強く殴打されたことによって死んでいるのです」
エントランスに乗員乗客全員が集められた、というのもなんだか気に入らない。我らはただ楽しく穏やかに船旅を満喫したかっただけだぞ。それこそ、今回に限っては人間どもに危害を加えるつもりはなかったのに。
「おい、グロリア、犯人の顔を見たのだろ、一体誰なのだ。いい加減この茶番に付き合うのはうんざりだ」
「それは……」
「おや、お嬢さん、そこで何しているのですか?」
「あ、い、いや、大切な護衛との別れを惜しんで、な、何が悪い!」
む、むう、これ以上グロリアに近づくのは無理か。怪しまれて素性を探られるのもマズいし。我は渋々グロリアから離れる。
「そういえば、貴女にはもうひとり護衛がいましたね? その方はどちらに?」
そう言われれば、この騒ぎを聞きつけた野次馬どもの中にオフィーリアの姿が見えない。あやつなら真っ先に駆け付けそうなものだが。いや、まさかな。
「一緒に部屋にいたのではないのですか?」
「……少し部屋が寒くてな、毛布でもくれないかと乗員に頼みに行ってくれたのだ」
なんとなく船の到着時間を聞いてこいと言ったことは黙っておくことにした。そんなことを言って、船を早く降りたいと思われるのは心外だし、他の人間どもの印象も良くないだろう。少しでも疑いの目を向けられたくはない。
「そうですか。しかし、彼女がこの騒ぎの中でも姿を現さないのはなぜでしょう」
「そんなものは知らぬ。我はずっと部屋にいたのだからな」
「探した方がいいかもしれません」
「は?」
「ここにいる人で、彼女のもう一人の護衛の方を見かけた者はいませんか」
静かなざわめきとともに不穏と疑念が、まるで水面に落ちた水滴の波紋のように広がる。ああ、これはマズい。とてもマズい展開だ。できるだけ他の人間には見られぬように、という忠告が完全に裏目に出てしまった。
この場にいない、誰にも見られていない、つまり、動向を誰も把握できていない人物、というのはもうほぼほぼ犯人のようなものなのだ。あるいは。
「彼女を探しましょう。彼女はこの事件について何か知っているかもしれません」
いや、絶対にそんなことないはずなんだが、しかし、なぜかオフィーリアが疑惑の中心人物になってしまった。何をやっとるんだ、あやつは。
そやつは大きな包丁を胸のど真ん中に突き立てられて、無残にもそこに転がっていた。
「グ、グロリア……」
我はよろよろと力なくグロリアに近づく。
一体何があってこんなことになっとるのだ。こんなん完全に死体じゃないですか。
い、いや、姿かたちを自由に変えられるスライムが刃物で殺されるはずはないが、ここで魔物バレも良くない。
「完全に死んでる……」
もちろん完全に死んではいないが、状況的にこう言っておかないと、むしろ生きている方がおかしい。どこからどう見ても、大きな包丁で胸を一突きされている、という状態だからな。
「グロリア、少しの間死体になっていてくれ」こそこそと。
「かしこまりました」
グロリアがカモフラージュのために胸からおびただしい量の赤い液体を垂れ流すと、エントランスの床はあっという間に血だまりっぽくなってしまって、結構グロい。だが、そのおかげか我以外には誰も近づかなくなる。血で汚れる、なんて嫌だろうしな。これはこれで都合がいい、グロリアの身体を調べられるのは面倒だ。
「こやつは我の護衛の一人だったのだ。こやつの亡骸は我が部屋に連れて行く」
事情聴取は我が部屋で良かろう。さっさと犯人を言ってもらって事件解決だな。うひひ、そしたら我は一躍殺人事件を解決した探偵としてちやほやされてしまうな。いやー、参ったなあ。
「いいえ、ダメです」
「は? な、何を言って」
しかし、グロリアの身体に触れようとした我を鋭く制止する声。我はびくりとしながら振り返る。
「部屋で殺害の証拠を隠滅される可能性があります。この死体はこのカジノで皆さんの誰かしらが見えるようにしましょう」
「し、失敬な。我が犯人だとでも言うのか!?」
そんなのたまったもんじゃない。我は犯人じゃない! ずっと部屋にいたし疑われるようなこともしていないはずだ。
「そ、そうよ、彼女の護衛の人が殺されたのよ、彼女じゃないわ。それにこんなに小さくて可愛い子が殺人なんて」
「いや、失礼、つい癖でね、怪しい行動はどうしても気になってしまうのですよ」
小太りの身なりのいいおばちゃんが我をかばってくれた。ナイスおばちゃん! カワイイ見た目で得したぜ。
しかし、こうなるとグロリアを部屋に連れていき、犯人を聞き出す、というのも難しくなってしまった。ここで死んでいるはずのグロリアが喋るわけにはいかないしな。こんな逃げ場もない海上で魔物バレなんてした日には、せっかくの船旅が余計に台無しだ。
それもこれもみんな、さっきからなんか思わせぶりに仕切ってくるこやつのせいだ。
「な、なんだ、さっきから貴様は」
「私ですか? 私はたまたま居合わせただけのしがない探偵ですよ」
すらりとした長身に皺ひとつない小綺麗な茶色のスーツ、上等な黒い革靴は顔もわかるのではないと思うほどにピカピカに磨き込まれている。蜜蝋でピシッと撫でつけた黒髪は七三に分けられていて、そのうすらと浮かべた余裕のある微笑とともにどこか漂う自信の現れのようだった。
なんつー都合の良い展開だ。しかし、探偵がいるならもう安心だ。きっとスパッと犯人を見つけて事件解決だ。本当は我が美少女探偵としてカッコよく事件を解決するつもりだったが、本職の方がいらっしゃるならそちらに手柄を譲ろうではないか。
「けどよ、お前が探偵さんなら、どうして最初の殺人が起きたときに名乗らなかったんだよ?」
その醜く太った身体中に纏う宝石をぎらつかせたおじさんが食って掛かる。いいぞ、きったねえおっさん、もっと言ってやれ!
そうだ、こやつが最初に名乗り出ていれば犯人もビビってグロリアを殺す(死んでないが)ことなんてなかったかもしれない。そして、この澄ました探偵に向けられた周囲の冷ややかな眼差しからするに、そう考えたのは我だけではなかった。
だけど、探偵はちょっとムカつくほどにいたって冷静で、その澄ました表情を一切変えることなく。
「第一の事件が殺人かどうかわからなかったからです」
「はあ? おい、お前、なんだそれ? どういうことだ?」
「最初の被害者は後頭部を強く打って死んでいた。それなら階段から足を踏み外しただけのただの事故、という可能性もありますからね」
なるほど、確かに服は薄汚れていたし、体勢もおかしかった。階段から落ちた、と言われた方がしっくりくる状況だったかもしれない。だが、それならどうして我も含めてみんなが事件だと思ってしまったのだろうか。
「でも、状況は変わった」
我が思案は探偵の刃物のようにも思ってしまう怜悧な声に遮られてしまった。まあ、別にいいか、我は探偵じゃない、先代魔王だ。こんなのは些細な違和感だ、気にするほどでもない。
「彼女は明らかに他の人によって危害を加えられている。つまり、殺人を犯した者がこの中にいる、ということが確実になったのです」
胸に包丁が深々と突き刺さって死んでいる、という状況で殺人以外の場合を考える者はほぼいないだろう。
「ということは、最初も殺人事件の可能性があります」
なん……だと。どういうことだ、あれは一見すると階段から足を踏み外したただの事故のようにしか見えなかったが。だからこそ、なぜ皆が殺人事件だ、といって騒いでいたのか我には理解できなかったのだが。
「さっき遺体を運ぶついでに調べたんですがね、」
探偵は少し無精ひげの伸びた顎を黒い革手袋をした右手でさすりながら、もったいぶったようなゆっくりとした口調。ああもうッ、じれったい! 我らは別に貴様による高尚な推理が聞きたいわけじゃない。ただただ身の安全を保障してほしいだけなのだ。
「最初の被害者、ヘイズディングズさんの死因は階段からの落下によるものではありません。彼は後頭部を強く殴打されたことによって死んでいるのです」
エントランスに乗員乗客全員が集められた、というのもなんだか気に入らない。我らはただ楽しく穏やかに船旅を満喫したかっただけだぞ。それこそ、今回に限っては人間どもに危害を加えるつもりはなかったのに。
「おい、グロリア、犯人の顔を見たのだろ、一体誰なのだ。いい加減この茶番に付き合うのはうんざりだ」
「それは……」
「おや、お嬢さん、そこで何しているのですか?」
「あ、い、いや、大切な護衛との別れを惜しんで、な、何が悪い!」
む、むう、これ以上グロリアに近づくのは無理か。怪しまれて素性を探られるのもマズいし。我は渋々グロリアから離れる。
「そういえば、貴女にはもうひとり護衛がいましたね? その方はどちらに?」
そう言われれば、この騒ぎを聞きつけた野次馬どもの中にオフィーリアの姿が見えない。あやつなら真っ先に駆け付けそうなものだが。いや、まさかな。
「一緒に部屋にいたのではないのですか?」
「……少し部屋が寒くてな、毛布でもくれないかと乗員に頼みに行ってくれたのだ」
なんとなく船の到着時間を聞いてこいと言ったことは黙っておくことにした。そんなことを言って、船を早く降りたいと思われるのは心外だし、他の人間どもの印象も良くないだろう。少しでも疑いの目を向けられたくはない。
「そうですか。しかし、彼女がこの騒ぎの中でも姿を現さないのはなぜでしょう」
「そんなものは知らぬ。我はずっと部屋にいたのだからな」
「探した方がいいかもしれません」
「は?」
「ここにいる人で、彼女のもう一人の護衛の方を見かけた者はいませんか」
静かなざわめきとともに不穏と疑念が、まるで水面に落ちた水滴の波紋のように広がる。ああ、これはマズい。とてもマズい展開だ。できるだけ他の人間には見られぬように、という忠告が完全に裏目に出てしまった。
この場にいない、誰にも見られていない、つまり、動向を誰も把握できていない人物、というのはもうほぼほぼ犯人のようなものなのだ。あるいは。
「彼女を探しましょう。彼女はこの事件について何か知っているかもしれません」
いや、絶対にそんなことないはずなんだが、しかし、なぜかオフィーリアが疑惑の中心人物になってしまった。何をやっとるんだ、あやつは。
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