それは語られなかっただけ

karon

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祟られたくない男

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 武力行使は共食いを生みやすい。これは古今東西の歴史書を自由に読める現代人だからこその視点に過ぎない。
 つまり日本最初の歴史書がようやく日の目を見られたというこの時代において歴史史観など存在さえ知られていなかった。
「つまり天武天皇も祟りを恐れていた」
「自分でやっといて?」
 太郎の疑問はもっともだ。天武天皇は自らの手を汚して天智天皇の血族を殲滅した。
「だが、天武天皇が祟りを恐れていた証拠がある。日本書紀のこの部分」
 皇極天皇は前夫の間に漢皇子という息子がいた。父親は用明天皇の孫高向王である。
「バツイチの皇后って珍しくね?」
「まあな」
 もしかしたらこれが最初で最後の例かもしれない。
「高向王は用明天皇の子孫ではないが子孫ということになっている」
「どういうことだ?」
「用明天皇の子孫に高向王の名前はない、ではその息子漢皇子とは一体何か、公式に漢皇子の活躍は記されていない」
「だから、それ何?」
「漢皇子は、天武天皇の昔の名前ではないかという説は根強い、俺もこの説を押すな」
「それじゃ、天武天皇は欽明天皇と血のつながりがないことに」
「だから天智天皇を殺す必要があったんじゃないかね」
 俺の言葉に太郎は沈黙する。
「天智天皇と天武天皇では年齢がおかしいとか天智天皇は自分の娘を二人も天武天皇に嫁がせている。同母兄弟ならそんな必要があるかなど、天武天皇の出自は疑問を呈する人間はかなり多い。天智天皇と天武天皇は日本書紀では同母の兄弟と太字で協調してあるように書いてあるが、同父の兄弟だとは記されていない」
「でも、普通は父親が同じって言うのは大前提みたいなもんじゃねえの?」
「だから、そこをついたんだろうな、それなら嘘はついていない、誤解するほうが悪いって感じで」
「うーわ、えげつねえ」
「そういえば、この時から大兄という称号が消えるんだよな。大海人皇子から天武天皇になってるし、本当に両親ともに同じ兄弟なら大海人皇子は大兄になってもおかしくなかったのに」
「そうなんだ」
「まあ、漢皇子が用明天皇子孫というでっち上げをした理由が、天武天皇が祟りを逃れるためのことだったんじゃないかってことだ」
「どういうこと?」
「豊臣秀頼の嫁、千姫は秀頼の死後再婚して娘が生まれたんだが、その娘に秀頼の側室薔薇の娘と同じ名前を付けたらしい。何でそんなことをしたかというと、秀頼の娘と同じ名前を付けることで祟りを避けようとしたってことらしい、それと同じだよ」
「漢皇子は天武天皇、天武天皇は用明天皇子孫という呪文で用明天皇の身内になろうとした?」
「まあね」
 共犯者たちが次々と破滅していく。大化の改新の日そんな未来を彼は思い描くことができただろうか。
 渦中にありながら祟りを感じていたのかもしれない。

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