風に溶けた詩

karon

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詩人

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「アリスか」
 父親がため息をついた。
「すいませんね、お客が珍しいようで」
 アリスは父親の身体の隙間か書斎をのぞき込んだ。唐突に扉が開く。
「かわいらしいお嬢さんだ」
 お客はアリスを見て笑う。
 アリスは背後を見た。ここから駆け去っていく小さな足が見えた。どうやらエイミーとデイジーはアリスを見捨てて逃げたようだ。
「アリス、盗み聞きは感心しないな」
 父親が難しい顔でアリスを見た。
 どうしようかとアリスは父親の様子をうかがう。
 もう一人の客である女はアリスにさして興味を示さずただソファに座っていた。
「アリス、しばらく我が家に滞在するメイフェザー氏だ、ご挨拶しなさい」
 父に促されてアリスは小さくスカートをつまんで一礼した。
「アリス,バドコックです」
「ごきげんよう、詩人バドコックのお嬢様」
 アリスの父親は詩人としてそれなりに名が知られているそうだ。
 そう母親は言っていた。それがどういう意味かアリスにはわからない。
 父親は書斎にこもっていてたまに遠い町から手紙を受け取りそしてもっとたまに出かけていく。
 それでアリスの衣食住に召使たちの給料も賄われているのだがそれがどういう仕組みによるものなのかアリスは知らない。
「詩人バドコックのお嬢様はずいぶんと控えめですな」
「やめてくださいよ、メイフェザー氏、自分のこととも思えない」
 父親が慌てて割って入った。
「おや、文壇にその名も高きバドコック氏とは思えませんな」
 メイフェザーと呼ばれた男はそう言って口ひげをしごいた。
 父親はやれやれといった風に肩をすくめた。そして額にかかる前髪を後ろに流した。
 父親が外出するときは油で固めてあるが普段はそのままとかしたきりだ
 紺色のチョッキとスラックス、白いシャツといういでたちの父親はこの客人が尋ねてくると全く知らなかったようだ。
「お父様、お客様すぐ帰るの?」
「おや、悲しいな、私にすぐ帰ってほしいのかね」
 メイフェザーはおどけた様子でそう言った。
「だって、お客様をおもてなしする準備は全然できてないもの」
 アリスは首をかしげる。
「以前お客様が来たときは三日前からお母様は準備していたわ、それにお父様もきちんと正装してお客様を迎えていたわ」
 アリスの素朴な疑問に父親の顔が引きつる。
 実際急な来客というのはいろいろと迷惑なのだ。そのうえ長期滞在希望ときた。 
 この村は村の住民の知り合い以外が尋ねてくることはあまりない。そのため宿屋といった施設が一つもない。来てしまったら泊めるしかないのだ。
 今頃は二回の客間二つを妻が呪いの言葉を吐きながら使えるようにしているはずだ。
 子供の素直な疑問にどうこたえようかと大人たちはしばし固まっていた。
「まあ、それでもちょっと変わったことがあるのはいいことだよ」
 父親がようやく絞り出した。
「そうなの?」
 アリスが首を傾げたままだ。アリスの頭に結んだリボンが揺れる。
「そうなんだ」
 父親は断固としてそういった。
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