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番外編

侯爵家

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 それは冬のある日、彼は唐突に昇進が申し渡された。
 それもただの昇進ではない。男爵家の次男から侯爵家の跡取りに昇進することが決まったのだ。
 思わず顔をつまんでみた。感触は分かる。
「嘘だろ?」
 誰もいないのを確認して呟いてみた。
 これは破格の出世だ、おそらく向こう百年は語り継がれるに違いない。かつて百年起きず、これから先の百年もこんな機会はないだろう。
 だが、どうしてこんなことが起きたのかということを考えると彼の脳裏に苦いものが沸き起こる。
 つい先日、国家反逆罪で多数の貴族が処断された。
 その結果何故か彼が空いた侯爵家に入ることになったのだ。
 家系図を手繰れば、迷路のような順路の果てではあるが、一応血はつながっていることは分かっている。
 彼、ジョゼフは実家を出て、侯爵家に入ることになった。
 男爵家に残ることになった長兄のなんとも複雑な顔を思い出す。
 継ぐ家のない男子の人生は過酷。そうでなくてよかったと弟たちを見下していた長兄。
 その長兄は目を大きく見開いていたが、その目は何も映していなかった。
 顔の前で手を何度か降ってみたが全く反応がない。目を開けたまま気絶していたらしい。
 両親はありがたいことですと涙を流して喜んでいたが、事の重大さをわかっていたか少々疑わしいと思われる。
 自分以外の兄弟も長兄のことを嫌っていたのでどんどん自分にすり寄ってきた。
 しかし、いきなり家督を継ぐことになったんだ、弟たちの面倒まで見れるかどうか怪しい。
 そのあたりも含めて真剣に話し合いが必要だと思った。
 そして話し合わねばならない相手がもう一人いた。
 婚約者のキャロルだ。
 キャロルの実家は男爵家であるが、キャロル自身は極めて聡明でついでにかなり美しい女性だ。彼女なら公爵夫人は務まるだろう。
 いや、勤めてもらわねば困る。彼女の有能さが命綱になる可能性は高い。
 ジョゼフはキャロルの能力はかなり高く買っていた。むろんちょっとそっけない性格はいただけないと思っていたが、あまりべたべたした関係も面倒くさいのでそれもまたよしと思っていた。
 そして残念なことに彼女は今この場にいない。
 実家の領地に冬の間引っ込んでいるのだ。
 貴族は王宮に勤めるが、その勤務体制には三種類ある。
 一つは通年春夏秋冬王宮に勤務しているもの。そして秋から冬の間領地にこもるもの。そして農繁期である春から秋の間領地で働き農閑期である冬に王宮で勤務するもの。
 キャロルの実家は冬は領地にこもることになっていた。
 それは領地で生産される品目や地形で決まるので貴族自身が自分で決めることはできない。
 とにかくいないものはどうしようもない。そのためすべては手紙で知らせることとなった。
 冬は交通の便が悪いので時間がかかるのは覚悟の上だった。
 事情を記した手紙を送り返事を待つ。ものすごく時間がかかったがようやく返信が帰ってきた。
 ペーパーナイフで封を切った。カーマイン家の封蝋を崩さないように外して机に置く。
 手紙の内容は一言きわめてそっけないものだった。
「事情は理解いたしました。それでは婚約破棄を受け入れさせていただきます」
 それだけしか書いてなかった。
 三度読み返した、しかし文面が変わるわけがなく。
「なんでだ?」
 思わず机に突っ伏した。
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