上 下
81 / 100

猿芝居

しおりを挟む
 アメリアは女に黙ってついていった。
 女がどのような勘違いをしているかは知らないが、アメリアは自分に課せられた任務を果たすだけだ。
 薄暗い庭園の端で女は足を止める。
「王孫殿下は今はおられませんが、手引きはできます」
 別に要らない、会いたくもない。そんな本音は微笑で押し隠す。
 アメリアは命を狙いやすい行動をとることになっている。それはゾディークの息子につかづくのが一番の早道だ。
 本来は一番近づきたくない相手だが。
 女が何を思ってアメリアの手引きを引き受けたのかはわからない。アメリアはしがない男爵令嬢だ、金など持っていないし。誰かの身分を引き上げることもできない。
 この女はいったい何者なのかもアメリアは知らない。ただユーフェミアに命じられたからアメリアはこの女に近づいた。
 身に着けているのはすべて一級品ばかりだ。たとえ下級貴族でも、いや下級貴族だからこそ、ドレスや宝石の見立ては必須技術なのだ。
 ドレスや宝石で相手の身分を押しはばかり、ついうっかり高位貴族の前でやらかすのを防ぐためにもその眼力は磨き上げられている。
 着ているものが一級品だが、物腰がここか品がない。
 妙にきびきびしている気もする。
 上流貴族の貴婦人は万事おっとりとしたしぐさをしているはずなのだが。
 アメリアは軽く目を伏せる。
 嘘をついているときの癖だ。
 ユーフェミアがどういう風に話を通したかはわからない、アメリアとしては最低限のことを頷いていればいい。
「殿下は、普段離宮でお暮らしで、王宮にはめったに来られることはありません」
 そのことをアメリアは意外に思う。国王のたった一人の孫だ。ふつうかわいがって頻繁に近辺に呼ぶのではないだろうか。
 そこまで考えて軽く首を振る。
「殿下が王宮に来られる日は三日後、その時に備えてくださいね」
 にこやかにほほ笑むが、目が笑っていない。あるいはこの女は、ゾディークが仕掛けようとしたことをユーフェミアがやろうとしていると判断しているのかもしれない。
 目には目を歯には歯をと。
 アメリアはそっと目を伏せたまま相手を値踏みする。あちらもアメリアをそうしているだろうことはすでに分かっていた。
 女はアメリアを怪訝そうに見る。
 地位を求める女ならもっとぎらついたものを持っているはずだ。しかしアメリアは静かだ、まるで凪いだ湖のように。
「殿下にお目にかかって、あの方は私をどう思われるかしら」
 薄く微笑んでアメリアは呟く。
「それはもちろんお喜びになりますとも」
 ヒロインだからね。という言葉はアメリアは飲み込んだ。この女には意味不明だろう。
 おそらく三日後が、結構日なんだろうなとアメリアは判断した。
 その三日後に生きるか死ぬか。
 アメリアは唇をゆがめた。そして慌てて笑みを形作る。
 芝居がばれてはいけないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?【続編公開】

一番星キラリ
恋愛
「お前は何も悪くはない。だが、爵位も剥奪された。お前を養うことはもうできない。このまま身売りをするよりはマシだろう……」 号泣する父であり、元ベラスケス公爵を見て、私は唇をかみしめる。確かに私はまだ19歳になったばかりで、もちろん未婚。身売りすることになれば、高値で取引されるだろうと、容姿と美貌を見て自分でも分かる。 政治ゲームで父は負けた。ライバルであるドルレアン公爵は、父にやってもいない横領の罪をなすりつけ、国王陛下も王太子もそれを信じてしまった。しかもドルレアン公爵の娘カロリーナと私は、王太子の婚約者の座を巡り、熾烈な争いを繰り広げてきた。親同士が政治ゲームで争う一方で、娘同士も恋の火花を散らしてきたわけだ。 でも最初から勝敗は決まっていた。だってカロリーナはヒロインで、私は悪役令嬢なのだから。 え……。 え、何、悪役令嬢って? 今、私は何かとんでもないことを思い出そうとしている気がする。 だが、馬車に押し込まれ、扉が閉じられる。「もたもたしていると、ドルレアン公爵の手の者がやってくる」「で、でも、お父様」「パトリシア、元気でな。愛しているよ」「お、お父様―っ!」その瞬間、ものすごいスピードで馬車が走り出した。 だが、激しい馬車の揺れに必死に耐えながら、自分が何者であるか思い出したパトリシア・デ・ラ・ベラスケスを待ち受ける運命は、実に数奇で奇妙なものだった――。 まさか・どうして・なんでの連続に立ち向かうパトリシア。 こんな相手にときめいている場合じゃないと分かっても、ドキドキが止まらない。 でも最後にはハッピーエンドが待っています! パトリシアが経験した数奇な運命を、読者の皆様も一緒に体験してみませんか!? 111話から続編を公開しています。もしよろしければご覧くださいませ(2024/1/15) 小説家になろうで3月より掲載しており、日間恋愛異世界転生/転移ランキングで22位(2023/05/16)を獲得しているので、きっとお楽しみいただけると思います。こちらのサイトでも続編更新が追いつくよう、投稿作業頑張ります。本サイトでは初投稿でいまだ緊張中&手探り状態。温かく見守っていただけると幸いです。第4回HJ小説大賞前期の一次選考通過作品。 ◆模倣・盗用・転載・盗作禁止◆ (C)一番星キラリ All Rights Reserved.

処理中です...