28 / 29
第19話
背後に迫る影〈二〉
しおりを挟む
暗がりにも目が慣れ始めた頃、私はようやく狭い道を抜けた。
手に持っていた蝋燭はすっかり消えていた。
上がった息を整えながら私はあることに気づく。
「やばっ、笛がない。どこかで落としたかな……」
衣類の中を隈無く探すが一向に見つからない。
額からじわりと汗をかいていることにも気がつかないほど私は焦っていた。
「どうしよう………。地図は翠玲が持ってるし……。もしかして一生このまま……」
二度と翠玲達に会えないと想像したら全身の震えが治らなかった。
そんな時だ。
突然後ろから肩を掴まれた。
もしやと思いすぐさま振り向いた。
「あ……ああぁぁ」
しかし、そこにいたのは翠玲でも凛月でもなかった。
一体の屍が只々うめき声を上げているのである。
「ぎゃー⁉︎ あっち行けー‼︎」
昔から気が動転すると拳を突き上げる癖があり、今回も考えるより先に身体が動いてしまった。
私の拳は真っ直ぐに屍の顔面へと放たれた。
その反動で屍は勢いよく吹き飛びそのまま用水路に落ちてしまった。
何が起こったのか理解できず、私はしばらく固まっていた。
「今の、屍?何でこんなところに……ッ!」
どこからともなく現れた屍のことを考えていると、不意に旅の途中で凛月が言っていた言葉がよみがえった。
十年前、広大な領地を手に入れんとする鳳真国が作物がよく実る豊かな領地、斎賀に目をつけた。
鳳真国の圧倒的な武力を行使し、たったの数日で斎賀を国の一部として吸収したという。
斎賀は町としての機能を完全に失った。
配給される食糧や物資だけではままならなず、多くの民達が他の町や国に身を移した。
このままでは斎賀の領土が荒れ果てしまうと心配した鳳真国は、斎賀の領主に文を送ったという。
文の詳しい内容までは知らないが、どうせ都合の良い言葉をつらつらと並べただけだろう。
今の斎賀が置かれた状況を見ればおおよそ検討がつく。
まあそういう訳で、未だこの地の底には戦争の犠牲となった多くの兵士や民の亡き骸が眠っている。
誰かが知らずに掘り起こしていても不思議ではない。ただある一つの点を除いては……。
「あの屍、生きていた………」
本来屍が自分の意思で自由に動き回ることなどあり得ない。
それにあの屍からは霊魂が感じられなかった。
「嫌な予感がする……」
一刻も早く凛月さんや翠玲と合流しなくては。
ひとりで行動するには危険が大きすぎると判断し、来た道を引き返そうした。
「あっ⁉︎」
しかし右足を前に出した瞬間、私は体制を崩し転倒した。
何事かと思い振り返ると術式が編み込まれた陣のようなものがあることに気づいた。
「何なの、これ……」
次々と起こる不可解な現象に戸惑っていると、突然街の灯籠に火が灯り辺りが赤い光に包まれた。
「ツ………!」
突如明瞭になった視界に侵入してきた異様な光景に思わず息を呑んだ。
いつの間にか何百もの屍が私の周りを囲んでいたのだ。
これだけの数に囲まれていたのに全く気がつかなかった。
気になることは山程あるが、どうやら今はそれどころじゃなさそうだ。
屍達は私の出方を伺っているようだったが、向かってこないとわかるやいなや驚くべき行動に出る。
「ーえっ?」
まるで雪崩のように屍の大群が容赦なく迫り荒波のごとく私を呑み込んだ。
抵抗しようにも身動きが取れず呼吸すら怪しくなってきた。
「す、……いれい、ごめ………」
今考えると、私達は今回の事件を舐めていたのかもしれない。
手に持っていた蝋燭はすっかり消えていた。
上がった息を整えながら私はあることに気づく。
「やばっ、笛がない。どこかで落としたかな……」
衣類の中を隈無く探すが一向に見つからない。
額からじわりと汗をかいていることにも気がつかないほど私は焦っていた。
「どうしよう………。地図は翠玲が持ってるし……。もしかして一生このまま……」
二度と翠玲達に会えないと想像したら全身の震えが治らなかった。
そんな時だ。
突然後ろから肩を掴まれた。
もしやと思いすぐさま振り向いた。
「あ……ああぁぁ」
しかし、そこにいたのは翠玲でも凛月でもなかった。
一体の屍が只々うめき声を上げているのである。
「ぎゃー⁉︎ あっち行けー‼︎」
昔から気が動転すると拳を突き上げる癖があり、今回も考えるより先に身体が動いてしまった。
私の拳は真っ直ぐに屍の顔面へと放たれた。
その反動で屍は勢いよく吹き飛びそのまま用水路に落ちてしまった。
何が起こったのか理解できず、私はしばらく固まっていた。
「今の、屍?何でこんなところに……ッ!」
どこからともなく現れた屍のことを考えていると、不意に旅の途中で凛月が言っていた言葉がよみがえった。
十年前、広大な領地を手に入れんとする鳳真国が作物がよく実る豊かな領地、斎賀に目をつけた。
鳳真国の圧倒的な武力を行使し、たったの数日で斎賀を国の一部として吸収したという。
斎賀は町としての機能を完全に失った。
配給される食糧や物資だけではままならなず、多くの民達が他の町や国に身を移した。
このままでは斎賀の領土が荒れ果てしまうと心配した鳳真国は、斎賀の領主に文を送ったという。
文の詳しい内容までは知らないが、どうせ都合の良い言葉をつらつらと並べただけだろう。
今の斎賀が置かれた状況を見ればおおよそ検討がつく。
まあそういう訳で、未だこの地の底には戦争の犠牲となった多くの兵士や民の亡き骸が眠っている。
誰かが知らずに掘り起こしていても不思議ではない。ただある一つの点を除いては……。
「あの屍、生きていた………」
本来屍が自分の意思で自由に動き回ることなどあり得ない。
それにあの屍からは霊魂が感じられなかった。
「嫌な予感がする……」
一刻も早く凛月さんや翠玲と合流しなくては。
ひとりで行動するには危険が大きすぎると判断し、来た道を引き返そうした。
「あっ⁉︎」
しかし右足を前に出した瞬間、私は体制を崩し転倒した。
何事かと思い振り返ると術式が編み込まれた陣のようなものがあることに気づいた。
「何なの、これ……」
次々と起こる不可解な現象に戸惑っていると、突然街の灯籠に火が灯り辺りが赤い光に包まれた。
「ツ………!」
突如明瞭になった視界に侵入してきた異様な光景に思わず息を呑んだ。
いつの間にか何百もの屍が私の周りを囲んでいたのだ。
これだけの数に囲まれていたのに全く気がつかなかった。
気になることは山程あるが、どうやら今はそれどころじゃなさそうだ。
屍達は私の出方を伺っているようだったが、向かってこないとわかるやいなや驚くべき行動に出る。
「ーえっ?」
まるで雪崩のように屍の大群が容赦なく迫り荒波のごとく私を呑み込んだ。
抵抗しようにも身動きが取れず呼吸すら怪しくなってきた。
「す、……いれい、ごめ………」
今考えると、私達は今回の事件を舐めていたのかもしれない。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる