翠玲の幸福代行屋

黄瀬冬馬

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第19話

背後に迫る影〈二〉

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暗がりにも目が慣れ始めた頃、私はようやく狭い道を抜けた。
手に持っていた蝋燭はすっかり消えていた。
上がった息を整えながら私はあることに気づく。
「やばっ、笛がない。どこかで落としたかな……」
衣類の中を隈無く探すが一向に見つからない。
額からじわりと汗をかいていることにも気がつかないほど私は焦っていた。
「どうしよう………。地図は翠玲が持ってるし……。もしかして一生このまま……」
二度と翠玲達に会えないと想像したら全身の震えが治らなかった。
そんな時だ。
突然後ろから肩を掴まれた。
もしやと思いすぐさま振り向いた。
「あ……ああぁぁ」
しかし、そこにいたのは翠玲でも凛月でもなかった。
一体の屍が只々うめき声を上げているのである。
「ぎゃー⁉︎ あっち行けー‼︎」
昔から気が動転すると拳を突き上げる癖があり、今回も考えるより先に身体が動いてしまった。
私の拳は真っ直ぐに屍の顔面へと放たれた。
その反動で屍は勢いよく吹き飛びそのまま用水路に落ちてしまった。
何が起こったのか理解できず、私はしばらく固まっていた。
「今の、屍?何でこんなところに……ッ!」
どこからともなく現れた屍のことを考えていると、不意に旅の途中で凛月が言っていた言葉がよみがえった。
十年前、広大な領地を手に入れんとする鳳真国が作物がよく実る豊かな領地、斎賀に目をつけた。
鳳真国の圧倒的な武力を行使し、たったの数日で斎賀を国の一部として吸収したという。
斎賀は町としての機能を完全に失った。
配給される食糧や物資だけではままならなず、多くの民達が他の町や国に身を移した。
このままでは斎賀の領土が荒れ果てしまうと心配した鳳真国は、斎賀の領主に文を送ったという。
文の詳しい内容までは知らないが、どうせ都合の良い言葉をつらつらと並べただけだろう。
今の斎賀が置かれた状況を見ればおおよそ検討がつく。
まあそういう訳で、未だこの地の底には戦争の犠牲となった多くの兵士や民の亡き骸が眠っている。
誰かが知らずに掘り起こしていても不思議ではない。ただある一つの点を除いては……。
「あの屍、生きていた………」
本来屍が自分の意思で自由に動き回ることなどあり得ない。
それにあの屍からは霊魂が感じられなかった。
「嫌な予感がする……」
一刻も早く凛月さんや翠玲と合流しなくては。
ひとりで行動するには危険が大きすぎると判断し、来た道を引き返そうした。
「あっ⁉︎」
しかし右足を前に出した瞬間、私は体制を崩し転倒した。
何事かと思い振り返ると術式が編み込まれた陣のようなものがあることに気づいた。
「何なの、これ……」
次々と起こる不可解な現象に戸惑っていると、突然街の灯籠に火が灯り辺りが赤い光に包まれた。
「ツ………!」
突如明瞭になった視界に侵入してきた異様な光景に思わず息を呑んだ。
いつの間にか何百もの屍が私の周りを囲んでいたのだ。
これだけの数に囲まれていたのに全く気がつかなかった。
気になることは山程あるが、どうやら今はそれどころじゃなさそうだ。
屍達は私の出方を伺っているようだったが、向かってこないとわかるやいなや驚くべき行動に出る。
「ーえっ?」
まるで雪崩のように屍の大群が容赦なく迫り荒波のごとく私を呑み込んだ。
抵抗しようにも身動きが取れず呼吸すら怪しくなってきた。
「す、……いれい、ごめ………」

今考えると、私達は今回の事件を舐めていたのかもしれない。







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