翠玲の幸福代行屋

黄瀬冬馬

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第18話

暗雲漂う斎賀〈三〉

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依頼人の話によると夜中の2時ごろ、目を覚ました時には既に息子さんの姿はなかったと話していた。
今回の事件、目撃者は一切おらず犯人の足取りさえ掴めずにいる。
誘拐犯はいったいどうやって子どもを誘拐したのだろうか?
それに幼児だけを狙う目的はいったい……。
「……さん、蓮花さん!」
あれこれ考えを巡らせていると突然名前を呼ばれ私は驚いて顔を上げる。
すると凛月が心配そうに私の顔を覗きこんでいた。
「大丈夫ですか?なんだか心ここに在らずって感じでしたけど……」
「ーえ?そ、そんなふうに見えちゃいました⁉︎ すみません、変な心配かけちゃって……。全然大丈夫です!」
「しかし、何処となく顔色が悪いような……」
「本当に平気ですから、あははは……。それはそうと翠玲はどこに?」
ふと翠玲の姿が気になり辺りをキョロキョロと見渡す。
「ご主人に息子さんをよく知る方に話を通していただきましてね。聞き込みがてらそちらに向かわせました。おや、話をすれば何とやら」
話の途中で凛月が何かに気づいたようで向かってくる長く伸びた影に手を振った。
遠目からだがすぐに翠玲だとわかった。
「どうでした?何か収穫はありましたか?」
凛月がそう尋ねると翠玲がコクリと頷いた。
「事件が起きた日の夕方、この場所から数メートル離れた公園で遊んでいたところを見かけたらしい」
「公園か……。確かに、子どもを狙うなら絶好のスポットかもね」
「行ってみましょう!」
凛月は少し考えた後、私達にそう合図した。



私達3人は僅かな目撃情報を頼りにその場所を訪れた。
するとそこにいたのは6歳くらいの小さな男の子で、袖で顔を覆い泣いているように見えた。
何事かと思い私はその少年に近づき声をかける。
「こんばんは。……ねえ僕、なんでそんなに泣いてるのか聞いてもいいかな?」
「…………。あのね、母さんに頼まれておつかいに来たんだけど、目を離した隙に弟とはぐれちゃったんだ……」
嗚咽を堪え少年が一生懸命声を絞り出す。
気づくと翠玲と凛月も少年の話に耳を傾けていた。
「ぼくのせいだ……。うえ~ん‼︎」
そう言葉を吐き出すと少年は遂に号泣してしまった。私は気の毒に思い少年の小さな背中を優しくさすりこう提案した。
「大丈夫だよ、泣かないで。お姉ちゃん達が一緒に探してあげるから!」
「……ほんと?」
瞳を潤ませながら尋ねる少年に私は微笑み頷いた。私の言葉を耳にして側にいた翠玲と凛月が驚き顔を見合わせる。
「ふたりも協力してくれるよね?」
私は振り返りふたりに協力を仰ぐ。
「そうしたいのはやまやまだが……。我々には大切な任務が……」
珍しく乗り気でない様子で翠玲が決まり悪そうに私の提案を拒否する。
「僕は協力しますよ」
その時、凛月が咄嗟に翠玲の言葉を遮った。
もちろん翠玲は動揺していた。
「な、本気か⁉︎」
「……状況が状況ですし、いついかなる場所で危険に晒されるかわかりません。万が一誘拐されては不味いでしょう」
さすが凛月さん。ここまで言われたら誰も反論できない。
私と凛月、そして少年が答えを待ち侘びるなか、翠玲はようやく重いこしをあげた。
「……わかった手伝う。しかし、あくまで被害者の救出が最優先だ。そのために一刻も早く見つける。絶対にな!」
真剣な表情でそう強く声を張る翠玲。
その覚悟は少年にも届いたようで……。
「ぼ、ぼくも探す、探したい!」
「駄目だ」
そう高らかに叫ぶ少年に対して翠玲は意外にも素っ気ない言葉を返した。
少し可哀想に思えたが、翠玲なりの心配りなのだとすぐに気づいた。
少年を危ない目に巻き込まないために。
翠玲に断られ落胆する少年の肩に凛月が手を添えて優しく諭す。
「弟さんのことは僕たちに任せて貴方は早く家に帰って親御さんや町の人にこのことを伝えていただけますか?」
「………わかった。その、……弟のことお願いします!」
少年の言葉に私達3人は首を縦に振って少年を送り出した。
「もう暗いですから、なるべく人通りがある明るい道を通ってくださいね!」
遠のく小さな背中に向かって凛月がそう大声で言葉を投げかける。
少年の姿が見えなくなるのを確認してから翠玲が口を開いた。
「よし、じゃあ始めるとするか。時間も無いしな」
「でも、探すってどこを?こんな広い町、今日中に回れるかな……」
私の言葉を見越していたかのように翠玲が凛月に問いかける。
「ーー凛月、其方確か地図を持っていただろう?」 
「ええ、ありますよ。どうぞ」
凛月が背負っていた麻布から地図を取り出し翠玲に渡した。
その地図にひと通り目を通してから翠玲は自分の考えを述べる。
「……あの歳の子どもの体力と可能な行動範囲から考慮すると、この2箇所が当てはまるな」
地図に載っている場所を指で指し示しながらそう口にした。しかし私はその二箇所を見てふと疑問に思うところがあった。
「どっちの道も人けがなくて狭いわよ。誰も近寄らないんじゃない?」
「だからこそ迷い込んでしまった可能性もある」
「なるほど、一理ありますね。では作戦はそのように」
静かに翠玲の話を聞いていた凛月が、一か八かの作戦に僅かながらも価値を見出したようだ。
「僕はこの道を探すのでおふたりはもう一方の道をお願いできますか?」
「それは構いませんけど……」
凛月の予期せぬ言葉に一瞬驚いてしまう私と翠玲。それは3人一緒ではなく、あえて単独での行動を選んだことにだ。
「凛月………」
翠玲が凛月の身を案じそう語りかける。
その思いに勘づいたかのように凛月はにこりと微笑みかけた。
「心配いりませんよ。もし何かあれば落ち合いましょう。ふたりとも笛は持っていますね?」
私達ふたりは旅の道中、非常時の備えとして凛月から渡された笛を首から下げた。
それを見てホッとしたかのように凛月が頷く。
「ではまた後ほどここで。ご武運を」
「ああ、其方も」
「気をつけてください!」
こうして一旦凛月と離れ、私と翠玲はふたりで地図上の場所に向かうことになったのだった。

そしてこの時の私達はまだ、迫りくる最悪の事態に気付いていなかったのだ。
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