翠玲の幸福代行屋

黄瀬冬馬

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第12話

依頼4 〈三〉

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「……私が間違っていたというの?知らないうちに私があの子を苦しめて……」
広い座敷部屋でひとり啜り泣く静麗の母親の元に大きな足音が迫る。
突如障子が開き威勢のいい声が鳴り響いた。
「ふふふっ、感謝するがいい!凛月の代わりにこの私………が⁉︎」
目の前でうずくまる母親に気づき翠玲は言葉を詰まらせた。
「あ、違うのよ⁉︎ これはその……」
目を丸くして戸惑う翠玲に母親は急いで涙を拭い言い訳の言葉を探しているようだった。
「ちょっと翠玲!他人の家をむやみやたらに走り回るんじゃないの!って、あれ?」
翠玲の後に続き部屋に足を踏み入れた私は棒立ちになっている翠玲を疑問に思い、彼の眼差しを追った。
そして瞬時に状況を察した私は静麗の母親に歩み寄り声をかけた。
「大丈夫ですか⁉︎ 一体翠玲に何をされたんです?怪我はしていませんか?痛いところは?」
「其方、私を何だと思っているのだ……」
私の言葉に翠玲は眉をひそめ唇をとんがらせる。
「--お気遣いどうもありがとう。でも翠玲さんのせいじゃないわ。少し目にゴミが入っただけ……」
手の甲で涙を拭きながら私達を安心させようと母親はそう告げた。
私は手ぬぐいを彼女に差し出しながら言葉をかけた。
「さっき、凛月さんに頼まれたんです。自分達が戻るまで貴方の側にいてあげてほしいって」
「そう、彼が……。---凛月さんが娘の本当の恋人だったら良かったわね」
彼女の何気ない一言に私と翠玲は動揺する。
「貴方達、代行屋さんでしょ?最初から気づいていたわ。何の音沙汰もなかった娘が突然恋人を連れてくるなんておかしいもの。あの子、昔から嘘が下手だから。貴方達には申し訳ないことをしたわね。謝礼はちゃんと」
「いや、今回は代行屋の仕事として依頼を受けたわけではないからな、金は不要だ」
袖の中から金封を出そうとする静麗の母親を翠玲は右手で制した。
「でもそれじゃあ……」
「なら代わりに昼飯は私に作らせてもらえないだろうか?」
翠玲の申し出に母親は申し訳なさそうな顔をしていたが、やがて涙を堪えながら頷いた。
「よし、決まりだな。今日は気合いを入れてとびっきり豪勢な料理をお目にかけよう!」
張り切りながら昼食の支度に取り掛かる翠玲の背中を見つめ私は自分の母親のことを思い出していた。

その頃、静麗と凛月は雑談を交わしながら町を散策していた。
「勝手に連れ出してしまってすみませんでした。母のことも翠玲さん達に任せる結果になってしまって……」
「お気になさらず。彼らのことなら心配いりませんよ。僕が保証します」
「……お母さん、泣いてました。思えば私、母を泣かせたのも反抗したのも生まれて初めてかもしれません。今までは母に負担をかけまいと自分の感情を押し殺して生きてきましたから」
沈んだ声でそう語る静麗に凛月の表情が曇る。
しかし次の瞬間、雲ひとつない青空を見上げながら晴れやかな顔で静麗は言った。
「でも私、不思議なことに後悔は全くしてないです!正直に気持ちをぶつけて良かったって。これも凛月さんが背中を押してくれたおかげですね」
静麗は頬を綻ばせ凛月の方に顔を向けた。
静麗の真っ直ぐな思いに凛月は思わず口元を緩ませる。
「静麗さんがそう思えたのなら、それは間違いなく貴方の力ですよ。称賛なら僕ではなくご自分に」
その天使のような囁きに静麗は思わず歩みを止めた。
立ち止まった静麗に凛月は遅れて気づき後ろを振り返った。静麗は服の裾を力一杯に握り震える唇をゆっくり開いた。
「あの、凛月さん。今日だけでいいんです。私と……デート、してくれませんか?」
「え?」
突然何事かと言わんばかりに凛月がきょとんとする。
「ごめんなさい!いくら恋人の振りでも嫌ですよね?私みたいな地味な人間……」
胸元に手を当てて気を落とす静麗に凛月は近寄り明るく答えた。
「もちろん喜んで。行きましょうか」
「は、はい!」
静麗の顔がみるみる赤く染まる。
凛月は静麗の手を優しく引いて彼女をエスコートする。それからあらゆる店を回り買い物を楽しんだ。まるで本物の恋人同士のようにふたりは幸せなひと時を過ごした。
デートを満喫した後、ベンチに腰掛け昼食を取ることにした。
「ん~、しあわへでふ!」
屋台で買った栗どら焼きを幸せそうに頬張る凛月に静麗はクスクスと小さく笑った。
凛月はあっという間に栗どら焼きを平らげるが、手に持ったまま口をつけない静麗を見て不思議そうに尋ねた。
「どうしました?……もしかして、お腹の具合でも悪いのですか?」
凛月の問いに静麗は慌てて首を横に振り、自分の手元に目を落とした。
しばらくして、静麗は意を決したように口を開いた。
「---実は私、将来はこの国を出て世界を見て回りたいと思っているんです」
「--それは、素敵な夢ですね」
「でも、旅をするにはかなりお金が必要で。うちはあまり裕福じゃないので、母親に迷惑をかけるぐらいなら逸そのこと諦めようかなと思っていて……。すみません、辛気臭い話で。忘れてください」
場の空気を重たくしてしまったと後悔した静麗は、話を中断し持っていた小豆のどら焼きにかぶりついた。
必死に愛想笑いを向ける静麗に何か思うことがあったのだろうか。凛月は前を向いて自分の過去話を始めたのだった。
「……僕は以前、自分の店を構えるまでは違う仕事をしていたんです」
凛月の身の上話に静麗は驚きつつも真剣に耳を傾けていた。
「常に死と隣り合わせで危険な仕事でしたが僕自身やり甲斐を感じていましたし、自分の夢そのものでした。あの人に出会うまでは」
「あの人?」
「僕に夢をくれた人です。新しい可能性を広げてくれた、僕にとって特別な存在」
凛月は遠くを見据えながら愛おしそうにけれど力強く呟いた。そして話に聞き入っていた静麗に向き直りはっきりと言葉を伝えた。
「静麗さん、貴方は母親思いの素晴らしい方です。ですが、母親の目を気にするあまり自分のことが疎かになっている」
「それは……」
「先程おっしゃっていましたよね?自分には叶えたい夢があると」
「--⁉︎」
凛月の言葉に静麗は目を大きく見開き反射的に凛月を見る。凛月は頷き柔らかい表情で話した。
「進むべき道が見えているのなら恐れずに手を伸ばすべきです。子が親に甘える義務があるように親が子の夢を否定する権利なんてないんですから」
「……でもお金が」
「--方法ならありますよ。少し手間はかかりますが」
そう言って凛月は袖口から一枚のビラを取り出して静麗に手渡した。そのビラを受け取った途端静麗の目の色が変わり記された文面にざっと目を通す。
「--り、凛月さん。私はまだ自信がありませんしどこまでやれるかわからないですけど、自分の夢、追いかけてみようと思います」
「それは良かった。頑張ってください。僕も応援していますから」
「ありがとうございます。あ、そうだ!お礼ついでに私からも知り得た情報をお話しします」
「それは興味深いですね。どんな情報なのですか?」
目を輝かせる凛月に静麗は軽い前振りをしてから情報を話し始めた。
「実は私も小耳に挟んだだけで本当かどうかはわからないんですけど……」
最後まで情報を聞き終えた後、凛月は目を細め落ち着いた声色で呟いた。
「--それはまた、物騒な話ですね」
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