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しおりを挟む昼食をとった後。昼休みのほんのわずかなひととき。
ベル先輩と僕の時間だ。
空き教室のソファの僕の隣にベル先輩が戻ってきた。
「なんでそんな離れてんの?」
「離れてません」
「遠いよ」
にじり寄りベル先輩が、僕をソファの端に追い詰める。
上着を脱いでネクタイも取り外したベル先輩の、シャツの襟元から鎖骨が見えて思わず目を逸らす。ボタンを三つも外すなんて。
「勉強、する?」
背もたれと肘置きにベル先輩の腕が置かれ、挟まれて動きを封じられた。
この姿勢でいったい、
「なんの」
勉強を。
「何がいい?」
心臓が破裂しそう。
ベル先輩の緑色の目に熱がこもる。
僕は火をつけられたみたいに熱くなって目を開けていられなくてぎゅっと瞼を閉じた。
唇に柔らかい感触。
つつくみたいに何度も僕の唇を啄む。
どうしていいかわからなくて硬く閉じた唇を舌でこじ開けられ、食いしばる歯を舐められた。
「ネイト。そんなに力入れたらだめだ」
指が優しく唇をなぞる。
そう言われても、体が言うことを聞かない。余計に硬くなる僕に、口付けを諦めたのか抱え込むようにして抱き寄せたベル先輩。
緊張をほぐすように背中をさする手のひらに、少しだけ力が抜けた。
緩やかに波打つ金の髪を結くベルベットの黒いリボン。微かに残る薬草の匂い。
ぴったりとくっついた体の間から聞こえるやけに大きな心臓の音はどちらのものなんだろうか。
先輩の体が離れた。
温もりも離れて寂しくなってシャツの胸元に縋る。
ベル先輩の手のひらが僕の顔を包む。
額やまぶたや頬に触れる唇。
その動きと一緒に先輩の横に垂らした髪が僕の頬を掠めてため息みたいな声が漏れた。
「くすぐったい?」
囁きに目を開けたら至近距離のベル先輩が僕を見つめていた。
「……わから、ないです」
「そう?」
鼻の頭を齧られてびくりと震える。
ベル先輩の手のひらが僕の頬を撫でて、唇は触れるか触れないかの距離で頬を滑り落ちて顎の先に吸い付いた。
反射的に喉が反れる。
上を向いたせいで開いた唇が塞がれて舌が滑り込んだ。
防ぐ間も無く。逆らうすべもなく。
押し返そうとする手を握られて僕の抵抗は呆気なく封じられた。
混じり合う吐息と唾液。口の端からあふれてこぼれ落ちる。わけがわからないまま弄ばれる僕の舌。噛まれて吸われて絡め取られ息ができない。
溺れそうだ。
握られていたはずの僕の手は、いつの間にか自由になっていて先輩の背中に縋り付いていた。
この日の昼休みは、一度も教科書を開くことなく終わった。
***
課題に添えて、遅刻と授業に集中できなかったことに対する反省文を提出すると、メグレ先生は「まあいいだろう」と授業への参加と補習をの再開を許してくれた。
ノアの何か聞きたそうな視線を躱しつつ、見るもの全部が桃色に染まりそうになるのをメグレ先生を凝視することで必死に対抗していたら「睨むんじゃない」と怒られた。
考えまいとすればするほど頭の中はベル先輩のことでいっぱいになる。
「特別」がどう「特別」なのか僕自身もよくわかっていないまま口にした「特別がいい」をベル先輩はどんな風に受け止めたんだろう。口付けをするのは「特別」だからで間違いないとは思うんだけどと、こんな風に思考はままならなず。
授業に集中しなければ。
「ネイト・ガウス。私を睨むんじゃないと言っているだろうが」
「ごめんなさい」
隣に座るノアのため息が耳に痛かった。
例えば。
廊下ですれ違うと笑ってくれる。
食堂で目が合えば小さく手を振ってくれる。
僕は恥ずかしくて会釈しかできないけどベル先輩は気にした様子はない。
あんなことをしておいて。
困るのが、たまにある二年生が一緒に授業を受ける日だ。
教室ではお互い知らんぷりでいるけれど、ノアにも打ち明けたからとてもやり難い。
「普通に話せばいいのに」
「無理だよそんなの。は、恥ずかしい」
「でも、思い返してみたら今まで散々ベタベタしてた気がする。仲いいな、くらいにしか思ってなかったけどさ」
「ベタベタなんかしてない」
思わず大きな声が出た。
「しーっ。静かにしてよね」
ここは図書室で今は昼休みだ。
ブラムは相変わらず大量の課題に追われ、仲間と行政学科の自習室に集まっている。
今日はベル先輩に会えないからノアに付き合って図書室で昼休みの後半を過ごすことにした。
「ごめん」
でもベタベタなんてしていた覚えはない。
と、思う。
「もう。本、探す気ないならあっちで待ってて」
「ごめんってば。手伝うよ」
最近のノアは精霊に興味があるらしい。
今ではもう誰も見ることのできない精霊について記された本はこの高等教育学校には少ない。
「王立アカデミーは貴族しかいないから」
行きたくなかった、と言う貴族社会が苦手なノア。
母親の社交に付き合うのも着飾って黙ってニコニコしていれば済むからなんとかなってるけどアカデミーではそうはいかない。
「ここでも一人を覚悟してたんだけど、二人がいてくれてよかった」
そう言ってくれたことがあった。
僕にとっても同じことが言える。
ブラムとノアがいなければ誰とも関わらず学校生活を送っていたかもしれない。
「そういえば、もうすぐ女神様の降臨祭があるね」
借りたい本を一通り抱え、ひそひそと小さな声でノアが言う。
女神様の降臨祭は夏休み前の一大イベントだ。
大陸で起きた魔法を使った戦争に女神様が降臨して各国の王たちを懲らしめた日。
そんな日にお祭り騒ぎになる王都ってなんだかすごい。
でも、結局一度しか街に行けていない僕は楽しみで仕方がない。
「そうだね。楽しみだな。今度はちゃんと二人についていくからね」
「え?ネイト、僕たちと一緒に行くつもりなの?ベル先輩は?」
「え?」
まるで考えてなかった。
そのまま顔に出ていたようでノアが呆れたようにため息をつく。
「嘘でしょ」
「だって、先輩は忙しいだろうし」
「その日はどこもお休みだよ。もちろん研究室だってね。働いてるのは屋台や大道芸人くらいなもんだよ」
そうだったのか。
そんな話はしたことがなかった。
まだ先の話だし、それに一緒にだなんて。先輩だって友達と行くかもしれないのに。
怪訝そうな顔でノアが僕を見る。
「ネイトとベル先輩って恋人同士なんだよね?」
「こっ」
恋人!
僕とベル先輩が!
「静かにしてってば」
ノアの小言も僕の耳には届いていない。
恋人だなんて!
違うともそうだとも言えず、頭の中が再び桃色に染まる。
桃色のまま午後の授業を受けて、久しぶりに一人の放課後。
今日はメグレ先生の都合で補習がない。
することもないので寮に帰ろうと東棟の廊下を歩いていたところ。
「やあ、ネイト・ガウス君じゃないか」
僕を呼び止める声がした。
「最近、ここに運び込まれてこなくなったけど調子はどう?」
校医のプロイ先生だ。
そういえばここは医務室の前だった。
途端にエルマ様の手紙が頭に蘇った。
それからブラムの言っていたことも。
銀の髪を三つ編みにして垂らし白衣を着た姿は立派なお医者さんに見えたし、そこまで変わってるとは思えなかった。
「ん?どうかしたかな?」
考えていたら返事が遅れてしまった。
「いえ、あの、大丈夫です。おかげさまで、元気です」
「いやいや!僕は何もしていないよ!元気ならよかった。それより、せっかくだから少し話でもしようじゃないか。ほら、そんなところにいないで中に入って」
と、強引に医務室に連れ込まれてしまった。
ドアが閉まる。
「さあ、ここに座って」
にこにこ顔で丸い椅子を勧められたけどドアの前で立ち尽くして動けない僕。
「遠慮しないで。そうだ、お茶を淹れてこよう」
いそいそと続きの部屋に入って行ったプロイ先生。
しばらくすると、湯気と一緒に苦い匂いが漂ってきた。
どうしよう。帰ったらだめかな。
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