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しおりを挟む昨日、僕は初めて授業をサボった。
熱があったわけでも用事で仕方なくでもなく、完全なサボりだ。
ベル先輩はあの後、僕が寮まで逃げ帰ったことを知らずに探し回っていてくれたらしい。
医務室に居ないのを確かめ、魔法学科の教室に来たノアにもし僕が来なければ「具合が悪くなって早退しているかもしれない」と言って、行政学科の自習室でブラムを捕まえて「明日、具合が悪くなければ待ってるから」と僕に伝えるように言われたそうだ。
全部ブラムから聞いた話。
短い昼休みを台無しにさせてしまった。
「具合どう?夕食、食べられそうか?」
寮の自室で帰るなり鞄を放り出し、部屋着に着替えて、毛布を頭から被って引きこもる僕にブラムが声をかけてきた。
「大丈夫。ごめん。ほっといてほしい」
毛布越しの声を聞き取れたかわからないけど、ブラムは慰めるみたいに毛布の山をポンと軽く叩いて部屋を出て行った。
ブラムに心配をかけて、きっとノアにも心配させただろう。
メグレ先生はどうだか知らないけど。
そしてベル先輩。
どうして僕はこうなんだろう。
グートシュタイン先輩に注意されていたのに、ベル先輩に手間をかけさせてしまった。
心配してくれてた手を振り払って逃げるなんて。
明日はちゃんとしよう。
へこむのは今日だけにして、早く授業に追いついて、それからもう大丈夫って先輩を安心させるんだ。
僕、本当は変なこと考えてる暇なんてないんだから。
逢引き部屋なんて、たとえ本当にそうだとしても僕とベル先輩には何の関係もないことだ。
忘れよう。
忘れて勉強に集中するんだ。
そしてそのまま眠ってしまって気がつけば日付の変わった朝だった。
なんだかだるい。
頭も痛い。
「少しだけど熱い気がする」
僕のおでこに手を当ててたブラムが眉間に皺を寄せた。
「休めよ。飯、ここ置いとくから。食えよ」
僕は黙って頷いて、その言葉に素直に従うことにした。
頑張ろうと思っていたけど実はまだ覚悟はできていなかった。
ベル先輩に会ったら、またおかしな態度をとってしまいそうで自分が怖い。
ブラムが学校に行って部屋に一人になるとまた余計なことを考えてしまう。
忘れようと思っても「逢引き部屋」はなかなか頭からなくなってくれない。
ベル先輩と二人きりで、ソファに並んで座ってあんな近い距離で目を合わせて話をして。
今までどうして平気だったんだろう。
眠っていた先輩の顔。
僕の口にお菓子を放り込む先輩の指。
問題が理解できると僕の髪をくしゃくしゃにして撫でてくれる手のひら。
濃い色の金の髪。きらきら光る緑の目。
表情や話す声や仕草がいくつも浮かぶ。先輩の肩越しに見えていた木漏れ日が綺麗だったことも。
その全部を当たり前みたいに受け取っていたけど。
もう無理だ。どうしよう。
これからどうやってベル先輩と接したらいいんだろう。
***
覚えのある感覚がした。
体の中を暴れる何かが宥められ大人しくなっていく。
目隠しをされたみたいに方向感覚を失って僕の体の中であちこちにぶつかっていた力は急にお利口になって、規則正しく整列して僕の体の中を流れている。
額に、優しい感触。
意識が浮き上がって目を覚ました。
ぼんやりとした視界の中にいるはずのない顔。
夢かな。まさか。
「ベル先輩?」
「うん。俺だよ」
「なんで」
深緑の制服姿のベル先輩が僕のベッドの端に腰掛けている。
学校は?もう終わったのかな。僕そんなに長い時間寝てたのかな。
「サボった。まだ昼前だよ」
僕の心の声が聞こえたみたいにベル先輩が笑って言った。
「ネイト、薬は飲んだ?」
僕の髪を梳くように撫でる手にうっとりとしていて、ベル先輩の言葉が頭に届くまで時間がかかった。
……薬?
「あ」
昨日の朝は忘れてた気がする。
その後も「逢引き部屋」に気を取られて朝も昼も残したような。
夜はご飯も食べないで寝ちゃったし、今朝も……。
「やっぱり。変だとは思った」
ベル先輩のため息に心臓がきゅっとなる。
呆れられた。何回目だって。
僕だって自分に呆れている。
なんのために薬をもらっているのか。
飲まなければどうなるのか自分が一番分かっているのに。
熱だなんだとそうやって、すぐにサボろうとする怠け者。
ベル先輩をがっかりさせてしまった。
「あの子に聞いたよ。ブラム君にね。魔法学科の空き教室の話。俺が無理やり聞き出したから彼を責めないでやってほしい……ネイト、そんな顔しないで」
僕、どんな顔してるんだろう。
胃が冷たくなってひっくり返りそうなんだけど。
ベル先輩の顔を見れなくて頭から毛布を被った。
ブラムはなんて話したんだろう。
もしも昨日ブラムが言ってたそのままだったら先輩とはこれきりだ。二度と会うことはないだろう。
恥ずかしい。恥ずかしくて消えてしまいたい。
学校辞めて子爵家に帰ったらダメかな。
エルマ様ならきっと許してくれる。
仕事もきっとなにか与えてくれるはずだ。
「逢引き部屋って言われてるのは三階の教室で、あの部屋は本当に先輩たちの溜まり場に使ってただけだったんだ」
毛布の向こうから先輩の声。
「ごめんな。言い訳になるけど、そんなに気にするとは思ってなかった。でもそれが当たり前だよな。俺が考え無しだった」
違うんです。ベル先輩。
気になんかしないのが当たり前なんです。
だって逢引き部屋だからって僕とベル先輩の間に何かあるわけなんかないんだから。
おかしいのは僕の方で、僕がいつも通りにしていられたらあのまま楽しい時間が続いていたんです。
先輩は悪くない。
「ネイト、俺のこと怖くなっちゃった?」
弱々しい声に毛布から顔を出して首を振る。
いつでも優しくて太陽みたいに明るい先輩。
僕のために怒ってくれた時も怖いとは思わなかった。
一度だけ、夜会の話をした、あの時だけ。
結婚はしないとそう言った、ベル先輩は少し怖かったかもしれない。
でも、それ以外で怖いと思ったことはない。
「怖くないです」
ほっとしたようにベル先輩が口元を緩める。
まるでそれまですごく緊張してたみたいに。
「実はね、俺の腹違いの弟もネイトと同じ魔力循環不全なんだ。小さい時は同じようによく熱を出してね。今は元気なんだけど」
初めて聞く話に僕の頭が混乱する。
弟?ベル先輩の。
『俺が六歳になる頃、本妻に息子が生まれたんだ』
そう言っていた先輩の弟。母親の違う。
「弟……」
「そう、俺の弟。腹違いだけど、仲はいいから熱を出した時はよく面倒を見てたな。だからほっとけなくて……こんなことでネイトに避けられたら悲しい」
聞きたいことはたくさんあったけど、寂しそうに微笑むベル先輩に何も聞けなくてしまった。
「あの、昨日はすみませんでした。僕、混乱してて。もう大丈夫です。避けたりしません」
「ありがとう……ごめんな」
どうしてベル先輩が謝るんだろう。
謝らないでほしい。
ベル先輩に申し訳なさそうにされればされるほど僕のお腹の中に黒くてモヤモヤした何かが溜まっていく。
「ごめんなさい」を言わなければならないのは僕の方だ。
ベル先輩の弟。
僕と同じ病気で僕と同じように熱を出して、そしたら寝込んだりもして。
それをベル先輩は心配したり励ましたり
僕にしてくれてたみたいに世話を焼いていたのか。
そっか。
弟みたいでほっとけないから優しくしてくれてたんだな。
なあんだ。そうだったのか。
……それは、嫌だなあ。
ベル先輩。僕、弟は嫌みたいです。
そう言ったらベル先輩はどんな顔をするんだろうか。
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