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しおりを挟む「なんだそりゃ。ムカつく野郎だな」
放課後の廃庭園。
話題は魔法学科の先生のこと。
様子を聞きたがるブラムに、一部始終をノアが語る。
怒り任せのノアの話はかなり偏っていて、僕はちょっと焦ってしまった。
メグレ先生が差別主義者なのは間違いではないけど、貴族なら普通のことだし、それが悪いとなるとほとんどの貴族が悪いとなってしまう。
本当なら平民や流民と建前でも対等に接してくれる貴族の方が少数派なはずで。
僕が平和に学校生活を送れているのは学校の方針が尊重されている証拠だと思ってる。
「ノアはちょっと先生を悪く言いすぎだよ。質問には答えてくれるし、助言もしてくれる。そこまで悪い先生じゃない」
「しっかしネイトが魔法のことそんな知らなかったとはなー。俺でも知ってるのに」
「言わないでよ。僕も恥ずかしいんだから」
「だから僕が教えるって言うのに」
そう。
僕もノアに教えてもらうつもりでいたんだけど。
「そろそろ行かなきゃ」
「あ、俺も。行政学科の奴らと約束してんだ。次の課題もまた大量でさ。手分けしなきゃ一人じゃ終わんないよ」
ノアが不満そうな顔をする。
「なんだか僕が一番暇じゃない?」
綺麗な顔でする膨れっ面に僕とブラムが思わず吹き出す。
「今度の休み、また街に行こうぜ」
「迷子にならないよう、次は気をつけるからさ」
そう言うと、ノアのご機嫌はたちまちに上向いた。
二人と別れて向かうのは北棟の二階。
今は使われてない小さな空き教室。
魔法学科も昔はそれなりに生徒がいたらしい。
残念なことに年々減少していって、今年の新入生はたったの二人。
そのうちの一人は、魔法を全く知らないど素人。
僕のことだ。
ノックをしてからドアを開ける。
「先輩」
窓ぎわにベル先輩の姿。深緑の制服の上着を肩に羽織って何かの本を読んでいた先輩が、僕の声に顔を上げた。
薄暗い部屋の中でも、束ねた濃い色の金髪が、開け放した窓の明かりを弾いて揺れる。
足を踏み入れれば埃が舞い上がり、床板が軋む。
「ネイト。まあ、そこ座んなよ。綺麗にしといたから」
どこから持ち込まれたのか大きめの古びたソファがあった。
背もたれに上着を放り投げて座ったベル先輩が「どうぞ」と隣に招いてくれる。
教壇側に乱雑に寄せられた長机と椅子達を避けて窓際のソファに辿り着く。
「お邪魔します」
ふっ、とベル先輩が笑った。
「俺の部屋じゃないんだけどね」
ソファの周辺にはテーブルや一人がけの椅子が二つ。その上に低俗だと評判の三文雑誌が積み重なっている。
「先輩方が溜まり場にしてたんだ。もう集まるような人数もいなくなっちゃったけど」
絵のついたカードの散らばるテーブル。
ソファの上のくたびれたクッションや、背もたれに掛けられた擦り切れた毛布。
カードゲームをしたり、もしかしたら昼寝をしたりしてたかもしれない。と、ベル先輩の先輩達がいた時の魔法学科の様子を想像してみる。
その前はもっとたくさん、教室いっぱいに生徒がいたなんて。
活気に溢れたかつての魔法学科の幻が見えた気がした。
「お菓子もお茶もあるよ」
ベル先輩が戸棚を開けて見せてくれた。
「実は酒も隠してある」
と、お茶のセットの後ろから酒瓶を取り出して「内緒、な?」と笑った。
「火と水でお湯になるのはわかりますけど雨が降るのがわからないんです」
「うん。本当に雨を降らせるわけじゃないんだ。雨雲はもっと高いところにあるからね。頭の上で作った水の塊を火の魔法で蒸発させて雨が降ったように見せかけてるだけで」
僕は今、ベル先輩に魔法で起こせる自然現象の再現の仕組みについて教えてもらっている。
ソファに並んで座って散らかったテーブルの上にメグレ先生から借りた本を広げてわからないところを聞いていく。
ノアに聞いたら「そういうものだから!」で終わってしまった。
「ネイトは理屈から入るんだな」
ってことでベル先輩が教えてくれることになったのだ。
「それじゃあ、畑の上で水と火の魔法を使ったら便利ですね」
「そうだな。広範囲だし位置と量を調整するのが難しいけど。風魔法で散らせたら。でも三つは無理か……」
「……いっぺんにやらなくても少しずつなら」
父さん達の仕事も楽にならないだろうか。
荒れた土地。
耕すごとに石が出て、その石を運ぶのが僕の仕事だった。
すぐ倒れて全然できてなかったけど。
父さん含め、村の人達が小作に割り当てられた土地は農地と呼べるものではなく、どうしようもない場所だった。
川の流れる森は切り開くことを禁じられていて水路も引けず、桶を担いで何度も往復して水を運んでいた。
これも本当は僕がやるんだけど、ほとんどできていなかった。
弟達の方がよっぽど……偉かったなあ。
なんて故郷に想いを馳せていると「ネイト、口開けて」と、言われるがまま開けた口の中に何か放り込まれた。
クッキーだ。
「確認しないで口、開けちゃダメだよ」
と苦笑いされた。
無意識だった。
「俺だからいいけどさ。腹減ったんだな。初日なのに色々あったしな。ほら」
もう一つ。ぱかっと口を開けて放り込まれるのを待つ。
もうそんなに食べなくてもいいのに。
先輩は薬を飲んでるのを知ってるのにな。
僕はすっかり食いしん坊として認識されてしまった。
食堂でも、みんなと同じ量のご飯を食べていると「なんだそれだけか?」「小遣い使いすぎたんだろ」と、誰かしらから声をかけられて供物みたいにおやつを置いていかれる始末。
先輩の薬のおかげでもう大丈夫なんだけどノアもブラムも「貰っておけ」と笑うだけ。
「はい」
ぼんやりしてたらまたクッキーを差し出される。
三つめともなれば口を開けるのになんの躊躇もなくなっていた。
「魔法の使用には制限があるし、領地によっては禁止されてる所もあるからできることは少ないけど」
そう言いながら、温めたカップにお茶を注ぐ。
さっき先輩が魔法で作ったお湯で淹れたお茶だ。
水と火。
目の前で見る間に湯気を出すポットの中の水。不思議だった。
「はい。熱くないからすぐ飲めるよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
先輩の少し垂れた目が細くなる。
「でも、できたら面白いよね」
緑の目がきらきらしてる。
僕も、こんな目をしていたんだろうか。
「はい。きっと、面白いだろうなって思います」
先輩は嬉しそうに笑って「はい口開けて」と、またクッキーを僕の口に放り込んだ。
「こっちも食べる?」と違うお菓子を見せられて、僕はおやつを食べに来たんだろうか、と思いつつ口を開けた。
***
寮に帰るとエルマ様からお手紙が届いていた。
元気かどうか。ご飯は食べているのか。友達とは仲良くやっているのか。お金は足りているか。欲しいものはないか。
勉強のことは一つも書かれていなかった。
僕、期待されてないのかな。
魔法学の基礎の勉強の続きをする前に、お返事を書くことにした。
体はすごく調子が良いこと。食事はきちんと食べていること。ノアという友達ができたこと。親切な先輩がいること。行政学科の課題で優をもらったこと。学科を魔法学科に変更したこと。
を書いた。
また、倒れたことは書かなかった。
ベル先輩に貰ってる薬のことも。
それから「流民」と呼ばれたことも。
書けないことが増えていく。
悪いことをしているわけじゃないけど、心配をかけたくなくて隠してしまう。
夏休み。会ったときに上手くやれるかな。
「なあなあ。ネイトってどこで勉強してたんだ?図書室、覗いた時には居なかったけど」
手紙に封をしていると、ブラムが話しかけてきた。
今日は本を読まずに机に向かって課題に取り組んでいる。
課題の調べ物でも良く図書室を利用するから気になったのだろう。
魔法学科の空き教室は図書室の上にあるから方向的にも図書室に向かったと思われたのかもしれない。
「北棟の空き教室だよ。魔法学科の使われてない教室」
背中合わせに机に向かっていたブラムのペンを走らせる音が止まった。
「魔法学科の空き教室って……ベル先輩、とだよな?」
「そうだけど」
「二人だけ?」
「そうだね。ノアは帰っちゃったから」
変な質問に不思議に思って振り返ると、ブラムも複雑そうな顔をこちらに向けていた。
「ええと、そうか?そうなのか?空き教室。は、勉強。にも、使うか?そうか?」
「当たり前だろ。今は使われてなくても元々は教室なんだから。勉強するに決まってる」
教室とは言い難い有様だったけど、教室は教室だ。
他に何に使うって言うんだ。
きっとベル先輩は僕が恥ずかしくないようにあの場所を提供してくれたんだろう。
子供でも知ってる魔法の基礎の基礎を知らない僕のために。
僕の言葉が聞こえているのかどうなのか、ブラムは机に向き直ると、頭を抱えて唸り始めた。
それから、急に顔を上げて僕を見て、
「そんなことないとは思うんだけど。絶対、大丈夫、だとは思うんだけど…………食われんなよ?」
と言った。
真剣な顔で意味のわからないことを言うブラムが、遠い遠い外国の人のように思えた。
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