バターカップガーデン

銭井

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金のたてがみ寮は学校の敷地のすぐ隣にある。
どこまでも続くような煉瓦の塀の先に黒光りする鉄製の立派な門が現れた。
門の隙間から芽吹き始めた樹々と赤い煉瓦造りの建物が見える。
表向き、敷地は分かれているけれど中では繋がってるらしく、金のたてがみ寮の生徒は登下校で外の道を使うことはない。
対して、緑のひづめ寮は平民街の中にある。
古宿を改装して、平民の生徒でも利用できるよう寮費もお手頃価格だ。
僕たちは緑のひづめ寮から二十分かけて、てくてく歩いてやって来たわけである。怪しまれないようわざわざ制服に着替えてまで。
ブラムには行ったり来たりさせて悪いことをした。
あとで何か埋め合わせしないと。
ベル先輩という人も、僕を抱き抱えて馬車に乗せ、付き添ってくれた上に部屋まで運んでくれたと聞く。
初っ端から、あちこちに迷惑をかけて少し落ち込んでしまう。
僕に返せることなんて、あるんだろうか。


さて。
建前では万人に開かれているけどお値段が万人向けではない金のたてがみ寮。
門はかっちり閉まっていて、どこから入ったらいいのかわからない。

「どうする?」
「学校の中から入れてもらうことはできないか聞いてみようか?」
「もう帰りたい」
「そんな、ここまで来て」
「明日、学校で探せばいいじゃん」
「上級生の教室を?嫌だよ」

そんなふうにブラムと門の前でコソコソひそひそやってると、大きな門の隣にあった木製の小さな扉が開いた。
「どうされました?何か御用ですか?」
門番の人だろうか。
壮年の男性が顔を覗かせた。
良かった、なんだか優しそうだ。
「あの。僕、この学校の新一年生のネイトって言います。ベル、先輩いらっしゃいますか?何年生のベル先輩かは、わからないんですけど、も……」
我ながら怪しすぎる。
制服を着てるとはいえ、訪ねる相手のフルネームも学年も知らない人間がやって来て、通してもらえるとは思えない。
思いっきり挙動不審だし。
子爵家の名前を出した方が良かっただろうか。
でも。
「申し訳ありません」
やっぱり。
「確認が取れるまで中に入ってもらうことはできないのです。そこで待っていただくことになるのですがよろしいですか?」
僕は思い切り、首を縦に振って、お願いした。
「すぐに戻って参りますので」
こんな怪しい子供に、品のいい笑みを向けてそう言ってくれた。
「お願いします」
再び扉が閉まる。
閉められた扉にノッカーを見つけ、これで知らせれば良かったのかと力が抜けた。
ベル先輩が来てくれるかはわからないけどとにかくできることはやった。
詰めていた息を吐く。
「良かったな」
後ろから声をかけられてブラムの存在を思い出した。
「気配、消してたよね?」
「だってさあ」
そりゃ「ついて来て」としか言ってないけども。

しばらく待っていると、さっきの扉が勢いよく開いて金ピカのお日様が飛び出して来た。
ベル先輩だろうか。
くつろいでいるところを急いで来てくれたのか、息を切らしている。
部屋着らしき、ゆったりとしたシャツの前ははだけたまま。
後ろで束ねた濃い色の金髪も、ところどころほつれて垂れ落ちていた。
思い出した。
魔法科の見学で、中に入るように手招きしてくれていた人だ。

「君、大丈夫だった?」
「あ、はい。もう大丈夫です。あの昨日はありがとうございます。一年のネイト……です。ガウス子爵家の。その……ベル、先輩ですか?」
子爵家の名を出すことにはいまだに躊躇ってしまう。
でも相手は貴族で多分、養子関係は知られているだろうし言わない方が不自然だ。
堂々と名乗ることまではできず、ごにょごにょと尻すぼみになってしまう。
それにさっきから後ろにいるはずのブラムの気配が感じられない。
僕だって緊張してるのに。
この人だよね?と確認のために振り返ると視線で肯定はするものの、じりじりと後ろに下がっていくブラムに期待するのをやめた。
「うん。そう。俺がベルだよ。わざわざ来てくれたんだね。熱は下がった?」
「はい。おかげさまで、ありがとうございました」
「そっか。良かった。そっか、そっか」
なにか言いたそうに口元に手をやってそわそわと落ち着きのない様子のベル先輩。
「助けていただいて本当にありがとうございます。今後、体調には充分、気をつけます」
さっさと帰りたい気持ちを我慢して、無礼にならないよう胸に手を当てて深々と頭を下げ、丁寧に礼を述べる。
ご縁はここまで。二度と関わることがないように。
そんな僕の願いをぶった斬るようにベル先輩は僕の肩を掴んで言った。
「あのさ!アレどうだった?」
隠しきれない期待が緑の瞳に溢れてきらきら光る。
「アレ?」
とは?
「ほら、後ろの子に渡したでしょ。俺の作った」
振り向くと、自分のことを言われたブラムが石みたいにかちこちに固まっていた。
せっかく気配を消していたのにね。

アレ、はやっぱりこの人の手作りだったんだな。
せめてお貴族様お抱え薬師の我が家秘伝のナントカであって欲しかった。
「ああ。ええ。はい。いただきました」
「本当?で?どう?元気でた?」
「はい」
精一杯の笑顔を作って頷いた。
嘘ではない。
実際、次の日にはすっかり良くなってたから異例の早さでの回復だ。
ベル先輩手作り薬のおかげかどうかまではわからないけどそう言うことにしておく。
「先輩の下さったお薬のおかげですね。すっかり良くなりました」
愛想笑いには自信があるし、おべっかだっていくらでも言える。
逆らっていいことなんかひとつもないんだ。
「そっかあ……うん。うん。じゃあこれ」
「は?」
僕の手を取ると、どこから出したのか、小さな紙の包みを握らせた。
直接、素肌が触れ合う。
思わず振り払いそうになるのをぐっと堪えて手の中の包みを握りしめた。
大きさの割にずっしりとしている。ごろごろとした感触。
嫌な予感しかない。
「あげる。昨日の薬、まだいっぱいあるから」
にこにこと眩しい先輩の笑顔にはどこをとっても善意しか見当たらない。
「ありがとうございます」と、返した僕の顔は引き攣ってはいなかっただろうか。

要らないものは要らないと、時には身分も忘れて言えるようになった方がいいのかもしれないと、僕は思った。

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