80日間宇宙一周

第一章 脱出速度――Escape velocity

12日目

ガレージではライトが機体の下に仰向けに潜り込み、ライトフライヤー号を新しい宇宙船に改造していた。

今日はハデス天皇が直々に視察に訪れている。

「これがあのノーチラス号を凌ぐスピードが出せる宇宙船なのか？」

ハデスは案内役のミグに聞いた。

「はい陛下。この船でノーチラス号の先回りができれば、彼らの地球侵攻を食い止めることができます・・・」

ラムジェットエンジンを見上げながらミグが言った。

主翼の左右に取り付けられた、全長５メートルほどの紡錘型のエンジンは、尖ったスパイクを前方のジェット開口部から飛び出させた、特徴的なフォルムをしている。

ライトの話によれば、そのインテークから吸引した宇宙を漂う僅かな水素原子を、スパイクの内部で磁場をかけて圧縮し、さらに核融合を起こして、後方のノズルから噴射するということだ。

核融合――それは太陽と同じエネルギー源だ。

ミグはこうやってライトと話すまで、自分が乗っている宇宙船が一体どういう原理で動いているかも知らなかった。

「もし向こうの政治家に会ったら言っといてね。ノーチラス号は私の命令じゃないって・・・」

ハデスはエンジンよりも、それだけが気がかりだった。

「あんたらの軍はあの宇宙船にひどい目にあわされてるんや。大丈夫やろ」

ライトが機体の下から這い出してきた。

ハデスはライトのざっくばらんな態度に「相変わらず馴れ馴れしいなコイツは」と嘆いた。

ミグは慌てて冥王星の王に謝罪し「コラ、ライト口を慎め・・・！」と叱った。

ハデスは、寛大に「いいっていいって」と、地球人の無礼を許したが、ライトの方は彼を敬うどころか

「おいハデ、そこの工具箱とってこいや」

と、使いパシリにした。

「ライト！」

「いいっていいって」と、ハデス。

「走れ！走って取って来いボケエ！」

ライトは冥王ハデスの何かがカンに障るらしい。

工具箱を取りに走るハデスの後ろ姿に、彼の取り巻きがざわめいた。