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「興奮しちゃうじゃないですか」
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しおりを挟む彼女は状況を示すように視線を動かし、最後に主任を見上げた。
そっかあ。美雪さんからすれば、今まで見てた主任とあまりに人格が変わってるからビックリしてるんだろうな。
その気持ち、痛いほど分かるよ。
「悪いが美雪、こっちが素の俺なんだ」
困惑する彼女に、主任は冷静に告げる。
そっか~。まだほんのちょっぴりだけ、会社での主任が素の方だと希望を捨てきれずにいたけど、やっぱりこっちが本物なのかぁ……。
「そんな……え、私……それじゃあ、今までの帝人さんは……」
歯切れの悪い言葉は、しんとした響きを持って空気へ溶けていく。
私は思いついた。とてもいいことだ。
美雪さんほど主任を愛している人だ。ずいぶん長い月日を、主任一途へ捧げている。きっとドエムと知ったくらいじゃ、諦めがつかないだろう。
今は混乱しているけど、主任をまるごと受け止めてあげられるのは、この地球上に美雪さんしかいないと思う。
全部まるごと押し付けちゃおう!美雪さんが頑張ってドエスになれば、万事うまく収まるじゃん!
言葉の続かない気まずい二人を見ながら、私は思案した。美雪さんの愛情を維持するには、ちょっとした荒療治だ。
ここで私がバシンと一発ビンタでもかまして、『本当に好きなら全部受け止めてあげな!』みたいなことを叫んでやる。
そうすると美雪さんは、目が覚めたようになって、『はい……!』と涙を流しながら、これからも主任を愛し続けることを固く誓うのだった。
―――よし。これで行こう。
「美雪……」
何事か言いかけた主任の前へ出て、私は頭を垂らす美雪さんの胸ぐらをつかんだ。
彼女はぼんやりと顔を上げる。私は思い切り腕を振り上げて、彼女の頬を打った。
「主任がドエムだったくらいなんですか!まるごと受け止めてやるのが本当の愛でしょう!?」
美雪さんは顔を横に向けたまま、しばし静止する。それからゆっくり頬に指先を触れて、こちらを見た。
よしよし。ここで感涙ながらの『はい……!』がくる。あとは『末永く、お幸せに』とかなんとか言いながら、スっと背を向けてここを去れば完璧。
私へ繋がれた美雪さんの目が潤み―――……
「詩絵子さん……」
ポッと顔が赤らんだ。
……え?
「こんなことされたら、興奮しちゃうじゃないですか……」
「…………」
うそーーーん。
その日はなんと、長文メールが二通も届いた。
「こんばんは。美雪です。詩絵子さん、突然メールを送ってしまい、びっくりされたことと思います。先ほどスマートフォンを部屋に放置されてベランダへ出ていたので、その間にアドレスを控えさせていただきました。今日はたくさん迷惑をおかけしてすみません。今思えば、なんであんなことをしてしまったんだろうと悔やむばかりです。詩絵子さんにビンタをされて、目の前に広い一本道が開けたような覚める思いでした。可愛らしい小さな手形が、私の頬に赤く残っています。私、親にも叩かれたことがなくて……はじめての快感でした。どうにかこの手形を後生残しておきたいのですが、まだ方法を考えついていません。よければ記念として、詩絵子さんの手形をとらせてもらえないですか?部屋に飾っておいて、いつでもこの感覚を思い出せるようにしておきたいんです。それとお願いばかりで恐縮なんですけど、私と友達になってもらえないでしょうか?今日はこのことを伝えたくて、メールを送りました。私、友達ってあんまりいなくて……少し調べたのですが、詩絵子さんも交友関係が広いほうではないようですし、仲良くできたらなと思います。あまりメールが長くなっても目が疲れてしまうと思うので、今日はこの辺りで……あ、すみません、言い忘れていました。そろそろクリスマスがやってきますね。詩絵子さんには、ロウソクがよく似合うと思うのですが(想像しただけで胸キュンしちゃいます///ムチもセットで……!なんちゃって///)、うちにちょうどいいものがありますので、クリスマスの日はぜひ……」
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