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■笑顔
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しおりを挟む「ど、どうしたのレーニス」
リーススにまた会えたなら、こうして抱きしめようって、ずっと思っていた。テディと違って、リーススの体は温かくて、肌の柔らかさの奥に、骨の感触が感じられた。ぬいぐるみなら、いくらでも強く抱きしめていいけど、リーススは壊れてしまいそうな気がした。
「リースス……笑っていいの。あたしが、あなたを笑わせなかったのね。でも、もう我慢しなくていいんだよ」、あたしはリーススの顔を両手で包んだ。「笑って? 笑顔を見せて」
そう言ったとたん、リーススの瞳がうるうる光り、大きな粒になって涙が落ちた。あたしは少し困って、彼女の頭を撫でた。
「笑って、って言ったのに」
「ごめんなさい、私……そんなことを言われるなんて……」、ぎこちない言葉。リーススは手で口元を覆った。「いいの? 笑っても……」
彼女は俯いて、肩を震わせた。その姿を見ていると、なんでだか、毎日過ごした家の中を思い起こさせる。
無表情な二人。取り決められたような同じ会話。あたしは何も楽しむことができないし、楽しもうという気も起きなかった。でも、リーススは違ったんだ。楽しい、うれしい、悲しい……。それらの感情がどこからやってくるのか分からないけど、それは人の営みに必要な、自然現象のはずだ。
そういった感情を殺して生活することが、どんな不具合やストレスを生むのか、あたしには推察することしかできない。
『笑って』、その一言で堰を切ったように泣き出したのを見ていると、せき止められていたダムが一気に流れ出したような、パンパンに張っていた水風船が弾けたような、そういう、どうにも処理することができない現象に、リーススは見舞われているみたいだった。
「リーススレーニス」
あたしがなにもできないでいると、呪文を唱えるみたいに、兵士が言った。
「君たちの名前を続けて呼ぶと、意味のある言葉になる。この辺りでは聞かない言語だけど……なにか分かる?」
兵士は軍帽を上げて顔を見せ、にーっと口を横に広げた。「笑顔だよ」
「ライアン!」
「あなただったの?」
「笑っていいかって? そんなの当たり前だ。君たちほど笑顔がふさわしい人はいない」、言っている途中から彼の視線が後方へ動き、「って、とにかく今は逃げるぞっ」、リーススを馬に乗せ、自分も跨り、それからあたしに手を差し出した。
「お待たせ、レーニス」
ライアンはあたしの手を掴んで一気に引き上げた。
「ライアン、無事だったのね」
「ああ、なんとかね。レーニス、よく耐えたな。本当は、もっと早くに助けられたらよかったんだけど」
ライアンは申し訳なさそうに言った。あたしが薪で殴られるのを止めてくれていた兵士。あれはライアンだったらしい。
「事情はあとで説明するとして、急いでここを離れよう。君とレーニスの服も調達できればいいんだけど」
あたしは綿の白いワンピースを着せられていた。でも、裾は焼け焦げているし、腹には穴が開いている。リーススに至っては素っ裸だ。
後ろを振り返る。兵士たちはこちらを指さし、「あいつ、偽物だ!」「待て! 捕まえろ!」、と、ライアンが偽兵士だとばれて、大騒ぎになっている。でも、ライアンが手綱を握る馬は、颯爽と駆け出していた。
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