32 / 73
■がんばるテディ
1
しおりを挟む爆発が起こる少し前。あたしは眼下に広がる景色の中に立つ、黒い翼の怪物を見ていた。なんで、来たの。怒り出したい気持ちだった。怒り任せに怒鳴り散らしてしまいたかった。あたしのことは、放っておいてよ。
ふいに、ガルパスおじさんがなにかを察知したようにこちらを振り返った。あたしも自分の後ろを見てみる。地面にテディーが横たわっていた。おじさんは気付かなかったらしく、もしくは汚れたぬいぐるみに危険はないと判断したのか、また顔を前に戻す。
おじさんの視線が逸れると、テディーはむくりと体を起こし、こちらに手を振った。それからポテ、ポテ、と丸い足で、置いてあるリュックへ寄っていく。リュックの横ポケットには、ナイフの柄が突き出していた。
ナイフ……そうだ、ナイフさえあれば、縄を切れる。テディー、助けに来てくれたのね。
テディーはナイフを引き抜―――けなかった。なにせ手が丸いんだもの。掴みようがない。テディーは諦めず、ナイフの柄を両手にはさみ、引きずり出そうとする。
テディーお願い、頑張って。あそこに爆弾が仕掛けられているってこと、コルロルに伝えないと。あたしひとりが死ぬのはいいけど、あたしのせいで誰かが死ぬなんて嫌なの。それがたとえ、怪物のコルロルでも。
ずりずり、テディーはナイフを引きずってこちらへ進んでくると、ナイフを脇にはさんで、あたしの右足にしがみついた。そろりと大男の様子を確認する。彼は爆破スイッチを手に持ち、コルロルたちに見入っている。
右足を後ろへ上げて、ロープが横断している胴までテディーを持ち上げる。まもなくして、ロープが切れる。あたしは口に噛まされていた布を下げてテディーを抱えると、ナイフを手に、思い切り体を下げた。
油断していた男の手がするりと離れる。その場にしゃがむと同時に、ナイフを横へ振り切る。男の踵の少し上、アキレス腱をナイフが横断し、男は小さな叫び声を上げて前のめりに倒れる。
そのとき、爆発音が響いた。爆発によって生じる不自然な強風が、砂利と一緒に吹いてきて、あたし達は倒れまいと足に力をこめて、両腕で顔を庇う。
「くそ、なにも見えん! 探せー! あのバケモノの死体が転がってるはずだ!」
砂埃の中、こちらを見据える銃口が、きらりと光ったのが見えた。前のめりに倒れた男が、こちらに銃を向けていた。あたしは慌てて横へ飛び退く。そのあとを追って、銃声がほとばしる。
飛び退いた勢いを殺さず、二転三転と転がり、ほとんど滑るようにして岩壁を下り落ちる。ところどころに突き出した石が、膝や顔をこすっていく。道へ転がり落ちた。
すぐに上を向く。ずいぶん高いところから落ちた。さっきまでいた場所は、十メートルほど先にあった。そこに男の上半身が這い出してきて、銃を握る腕が下ろされる。あたしは無我夢中で走った。男の視界へ入らないところまで行っても、それでも走り続けた。
コルロル……コルロル……気が付くと、心の中で呼んでいた。コルロル、死んでしまったの? あの爆発だ。いくら怪物でも助からない。無性に腹が立つ。なんで? 怪物のくせに、それくらいで死んじゃうの? 怪物のくせに……怪物のくせに……怪物のくせに……
ガッ、とつま先に硬い衝撃が走る。視界が暗転したかと思うと、今度は肩に痛みがあり、スライディングするみたいに地面を転がった。盛大に転んだんだ、と気づいたのは、目の前に地面が見えてからだった。
口の中に砂利が混じり、鉄錆くさい血の味が広がっていた。横向きに倒れたまま、肩で息をする。満身創痍だ。思い出したように、あちこちで痛みが走り、体中に疲れが充満していく。
「テディー、大丈夫?」
あんなに激しく動きながらも、テディーのことはしっかり抱えていたらしい。汚れは増しているけど、どこも破れていないようだ。テディーは目の前に立ち、両手を広げて見せた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
だから言ったでしょう?
わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。
その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。
ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる