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■行き先とコルロル
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しおりを挟むでも、コルロルの中には、あたしが彼を愛し、その愛は彼を人間へと生まれ変わらせ、十年の遠距離恋愛の末に結ばれる、という筋書きが完成しているようだった。
「あたしは、あなたを見ているとイライラするし、一緒にいても楽しくないし、嬉しくもないし、ひとかけらも笑わないし、あなたが死んだところで哀しくもないけど、それでも愛することができるって言うの? あたしが向けられる感情は、憎しみだけよ」
ライアンが頭を抑える。「ひどいフリ方だ……」
「ひどいの?」、ぬいぐるみはあたし達を不思議そうに眺める。「ああ、最悪さ」、ライアンがつぶやき答えると、「ひどいんだ……」、刺繍糸の口をへの字に曲げて、ぬいぐるみがあたしを見る。
「いたたまれなくて、コルロルを見れないよ」
「ちょっと待って、あたしは事実を言っただけよ? ひどいことない。それに、怪物がこんなことで傷ついたりする?」
「本当にそう思うか? それじゃあ確認するぞ? 君がひどくないなら、コルロルは平気にしてるはずだ。コルロルの方を振り返ってみるぞ? せーの、一・ニの三」
あたし達は同時にコルロルを見た。やつは岩の上で体育座りをして小さく体を折りたたみ、膝に顔を埋めて突っ伏していた。
「みろ! 手本のような落ち込みっぷりだ! 人間でもこう分かりやすいやつはいない!」
「あ、あたしを責めないでよ。楽しいや嬉しいを盗んでおいて、恋愛してるつもりのあいつがおかしいんじゃない」
「……もちろん、このパターンも考えなかったわけじゃない」、たぶん考えてなかったんだろうと思わせるぎこちない声で、コルロルは言う。「でもちょっと……その辺をひとっ飛びしてくるよ」
そう言って立ち上がろうとしたところで、コルロルはよろめいて岩から落ちた。どすん、と大きな音がする。
「大丈夫?」、ぬいぐるみが駆け寄る。
「大丈夫じゃないよ、見てた? 転んだんだ。痛いに決まってる」、コルロルは起き上がり、自分の顔を指差してぬいぐるみに見せた。「ここ、腫れてない?」
「……レーニス、俺はだんだん、あの怪物のことが恐ろしくなくなってきたよ」
「ひどく気弱なのね。拍子抜けしちゃう」
「そういえば」、ライアンはあたしの隣り、何もない空間を見た。「リーススは?」
あたしはハッとした。
「そうだ……そうだそうだそうだった! リースス!」
一気に狼狽した。あたしは自分の頬を両手で抑える。
その様子に気づき、コルロルは立ち上がった。「リーススって、レーニスのお姉さんだよね? 前に言ってた」
「リーススが、どうしたんだ? そういえば、ガルパスが捜してこいって言っていたが」、ライアンは顔を覗き込んでくる。
どうやったら、喜んでくれる? ねえ……。初めてみたリーススの涙が、思い出される。
「喧嘩したの。それで、リースス、どこかへ行っちゃった。どうしよう、おじさんに見つかってたら……」
見つかってたら、なに? 殺される? それで? なぜあたしはこんなに慌てているの? リーススが死んだって、あたしはきっと、哀しくないのに。
「そうか。そいつは心配だな。でも、この暗い中探すのも危険だ」
辺りは暗かった。頼れるのは、半分になった月明かりしかない。
「朝まで待とう」、とライアンは言ったけど、リーススが今でも泣いているような気がして、落ち着けそうになかった。
「リースス、泣いてたの。今も、泣いてるのかな」
それには答えず、ライアンは「なぜ喧嘩を?」と尋ねてきた。あたしは経緯を説明した。
「レーニス、ここは君のためにはっきり言わせてもらうが」、話を聞き終えたライアンは、その前置きの通りきっぱり告げた。「君が悪い」
「……やっぱりそうなの?」
「あんまりだ、リーススが可哀想だよ。君はコルロルに感情を奪われた。それはもちろん、同情するよ。でも君の十年間の過ごし方は、リーススの感情を奪ったと言えるかもしれない」
「あは、ねえ見てみてー、変な石ー」、ぬいぐるみが柔らかい両手で石ころをはさんで掲げてくる。どうみても普通の石だ。
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