怪物コルロルの一生

秋月 みろく

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■行き先とコルロル

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「……盗んだことは認めるのね」

「ああ、ごっそりね」

 ああ、ごっそりね?

「ちょっとちょっと、たんまたんま、冷静になろうじゃないか」

 ふと、叫びに近い声が頭上の方から聞こえてきた。見上げると、ランタンの灯りに染められて、崖から落とされそうになっているライアンの姿が見えた。大男に両脇を掴まれ、今にも放り出されそうになっている。

「ははは、ひとまず話し合おう。なっ、まずはそれからだ」

 ライアンが両足をめいいっぱい突っ張って地面を蹴ると、ぱらぱらと崩れた小石が落ちていく。

「運の悪い男だ」、おじさんは豊かな顎鬚を撫でた。「ついてこなければ良かったものを。見たところ、あれの価値を知っているんだろう? なおさら生かしておくわけにはいかん」

 おじさんは大男に、ライアンを落とすよう顎で指示を送る。

「ま、待ってくれ! 頼むなんでもする、見逃してくれ! こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」

「ほほう、なんでもか。それはいい」、少し思案する間があり「ならばリーススを探し出して崖下に落としてこい。なに、ここで起きたことはすべて、事故として処理される。共犯になれば、きさまも下手な真似はできんだろう。もちろん、どんぐりはやれんが」

「はは、ははは」、力なく、ライアンは断続的な笑い声を漏らす。「あんた、あの子の親戚なんだろう? 小さい頃から知ってて、可愛がってるんじゃないのか?」

「私が? バカな。私が心から可愛く思うのは、金だけだ」

「レーニス、あいつに落とされたんだよね?」、息を潜めるように翼をゆっくり動かしながら、コルロルはおじさんを見上げた。「僕が殺してやろうか」

「え?」

「はは、嘘だよ。もう人は殺さないと決めたんだ」

 冗談めかした言い方。でも、その裏には黒く燃える炎のような、不気味な熱が潜んでいる気がした。

「さあ、きさまが助かる道はひとつしかない」、おじさんは語調を強めた。「リーススを探してこい。正直なところ、この山で人を探すには人手が必要なんだ」

 あたしは、ライアンという人間をよく知らない。今日会ったばかりで、あたしたちを騙した人だ。可愛い姪っ子なんてはじめから存在しておらず、彼の語ったほとんどは嘘だった。嘘つきの盗人。細かな情報を抜いて、最短距離で彼を評するなら、そうなるだろう。

 でも、気が付くと叫んでいた。「ライアン、飛んで!」

『綺麗だな』、頭の中には、夕陽に染まった横顔があった。なぜそのたった一コマを思い出したのかは分からない。けれどその横顔は、彼を助ける理由として、充分な説得力を持っていた。

「レーニス……!」、おじさんは驚愕の表情を顕にする。「なんだその化物は!」
 ライアンはおじさん達の方を向いて「今言おうと思ってたんだけど、少女を殺してまで生きようなんて、俺はそこまで落ちぶれちゃいない」、海へ飛び込むみたいに、彼は勢いよく飛び降りる。あたしはコルロルの腕の中から手を伸ばす。

「ライアン!」「レーニス!」、あたし達は互いに精一杯手を伸ばし―――急速にすれ違った。

「え、おい……!」彼は水の中を泳ぐように、両腕で必死に空を掻く。「受け止めてくれるんじゃないのか!?」

「いや、無骨な男はちょっと」、ペコ、コルロルは通りいっぺんの小さな会釈で、ライアンを見送る。



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