10 / 73
■行き先とコルロル
3
しおりを挟むなぜ、そんなことを聞くの? 父さんが死んだ。そんことは分かってる。死に顔を見たし、体温が失せた冷たい体にも触れた。死ぬって、そういうことでしょ? 知ってるよ。会えないって、当たり前じゃない。もう肉体が滅んだの。そのことに対してあたしが感じたのは、複雑に重なりあった怒りだけよ。
「もし、私が死んだとしても、あなたは脇目も振らず、コルロルを探し続けるんでしょうね。いいじゃないそれで。一緒に住んでる必要ないわ」
「……リースス、なにが言いたいのか」
「見てられないのよ!」、小さく叫び、彼女は弾かれたように顔を覆っていた手を下ろした。「コルロルを殺して、それでどうなるっていうの? レーニスの感情が、心が、取り戻せるっていうの? それなら私が殺してやるわよ、あなたの笑顔を取り戻せるなら。一緒に笑いあったあの頃に戻れるなら」
リーススの瞳には、いっぱいの涙が溜まっていた。彼女がその目を瞬くと、真珠のような水玉が、いくつも連なって落ちる。はじめて見た。リーススが泣くの。
「笑い合った……って」
「レーニス、あなたは覚えてないの?」、くしゃ、リーススの顔が歪む。「本当に?」
笑いあった? リーススとあたしが?
「一緒に、かくれんぼしたことは? はじめて買い物に行ったことは? かっけこしたり、クッキーを焼いたり……あんなに楽しかったじゃない。なにをするにも、私たちは一緒で……ねえレーニス」、リーススは縋り付くようにあたしの肩を掴んだ。「本当に、なにも感じないの? 父さんに会えなくて、哀しくない? 私といても、楽しくない? どうすれば喜んでくれる? 笑ってくれる? ねえ……」
あたしは石像みたいに硬直して、リーススを見ているしかなかった。思い出せない。本当に? あたしとリーススが仲良しで、笑い合って過ごしていた、という彼女の言い分を、すんなり受け入れることができない。だって、ずっと無表情に生活してきたじゃない。同じ家で、一緒に過ごしてきたけど、それは事務的なものだった。多くは語り合わないし、時間をこなすような毎日だった。
こちらを見つめる瞳が、やがて横を向いてしまう。つられてそっちを見たけど、テントの壁があるだけだった。
「ごめん、レーニス、ごめんなさい。こんなこと言われても困るよね。きっとあなたは、感情を盗まれた時に、楽しかった思い出は全部封じ込めちゃったのよね。思い出しても、辛いだけだから」
涙を流す彼女の瞳は、真摯な心の内側を映し出しているようであるのに、何を思っているのか、読み取ることができない。やっぱりあたしは何を言っていいか分からず、その内にリーススは「ごめんなさい」と言い残し、テントの外へ出て行った。
遠ざかっていく足音も聞こえなくなると、しんとしてしまって、リーススがいなくなった分、このテントからぬくもりが消え去ったように感じた。世界中に自分ひとりしかいないという孤独感は、あんがい簡単に手に入るらしい。
リーススを、泣かせてしまった。
その事実は、井戸の底で打ちひしがれているような、行き場のない窮屈さを運んできた。なんで? リーススは父さんが死んだ時、哀しかったの? 泣きたかったの? いつも通りに見えた。その様子を見て、あたしと同じ感じなんだろうと思った。我慢してたの? なぜ?
途方もない怒りと衝動が、渦となってこみ上げてきて、胸を抑える。
ひっこめ偽物。あたしが今、本当に感じるべきものは、怒りじゃないんでしょう? あたしは今、哀しいはずなんだ。哀しくて、泣きたくてたまらないはずなんだ。だって、リーススが泣いたんだもの。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)
犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。
『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』
ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。
まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。
みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。
でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。
必要ないものは「いりません」と言うことにしました
風見ゆうみ
恋愛
ミドレス国の国王になる人に愛される人には聖なる力が神様から授けられ、王妃になっても聖なる力は持続されるという言い伝えがある。
幼い頃から聖なる力が使えるわたしは、いつか王太子殿下に愛される存在になるのだと言われ、5歳の時に彼の婚約者になった。
それから十三年後、結婚式が近づいてきたある日、浮気を疑われたわたしは王太子殿下から婚約破棄されてしまう。
嘘の話を伝えたのは、わたしの親友の伯爵令嬢で、彼女は王太子殿下だけでなく、第ニ王子をも虜にしていた。
追い出されたわたしは、家族からも拒否され市井で暮らすことに決めた。
なぜか使える聖なる力のおかげで、暮らしに困らなかったわたしだったけど、ある日、国王陛下の遣いがやって来て連れ戻されてしまう。その日のうちに行われたパーティーで、国王陛下はこう宣言した。
「次の国王はソナルナ伯爵家の長女、リアンナを妻にした者とする」
ソナルナ伯爵家のリアンナとは、わたしのことだった。
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
全裸で異世界に呼び出しておいて、国外追放って、そりゃあんまりじゃないの!?
猿喰 森繁
恋愛
私の名前は、琴葉 桜(ことのは さくら)30歳。会社員。
風呂に入ろうと、全裸になったら異世界から聖女として召喚(という名の無理やり誘拐された被害者)された自分で言うのもなんだけど、可哀そうな女である。
日本に帰すことは出来ないと言われ、渋々大人しく、言うことを聞いていたら、ある日、国外追放を宣告された可哀そうな女である。
「―――サクラ・コトノハ。今日をもって、お前を国外追放とする」
その言葉には一切の迷いもなく、情けも見えなかった。
自分たちが正義なんだと、これが正しいことなのだと疑わないその顔を見て、私はムクムクと怒りがわいてきた。
ずっと抑えてきたのに。我慢してきたのに。こんな理不尽なことはない。
日本から無理やり聖女だなんだと、無理やり呼んだくせに、今度は国外追放?
ふざけるのもいい加減にしろ。
温厚で優柔不断と言われ、ノーと言えない日本人だから何をしてもいいと思っているのか。日本人をなめるな。
「私だって好き好んでこんなところに来たわけじゃないんですよ!分かりますか?無理やり私をこの世界に呼んだのは、あなたたちのほうです。それなのにおかしくないですか?どうして、その女の子の言うことだけを信じて、守って、私は無視ですか?私の言葉もまともに聞くおつもりがないのも知ってますが、あなたがたのような人間が国の未来を背負っていくなんて寒気がしますね!そんな国を守る義務もないですし、私を国外追放するなら、どうぞ勝手になさるといいです。
ええ。
被害者はこっちだっつーの!
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
あいつに惚れるわけがない
茉莉 佳
恋愛
思い切って飛び込んだ新世界は、奇天烈なところだった。。。
文武両道で良家のお嬢様、おまけに超絶美少女のJK3島津凛子は、そんな自分が大っ嫌い。
『自分を変えたい』との想いで飛び込んだコスプレ会場で、彼女はひとりのカメラマンと出会う。
そいつはカメコ界では『神』とも称され、女性コスプレイヤーからは絶大な人気を誇り、男性カメコから妬み嫉みを向けられている、イケメンだった。
痛いコスプレイヤーたちを交えてのマウント(&男)の取り合いに、オレ様カメコと負けず嫌いお嬢の、赤裸々で壮絶な恋愛バトルがはじまる!
*この作品はフィクションであり、実在の人物・地名・企業、商品、団体等とは一切関係ありません。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる