光の部屋、花の下で。

それから、

26

　彼が病院に搬送されたことを知ったのは、佳子さんが連絡をくれたおかげだった。入院先の病院から唯一の血縁である彼女に知らせが行ったのだ。
　血縁者をあいだに挟まなければ、恋人が倒れても俺には電話一本こなかった。その事実に直面したとき、しばらく忘れていた感覚を思い出した。
　母親に置いていかれた夏の夕方や、三重の実家でおやじの親戚から透明人間のように扱われた日。自分が取るに足らない存在だと思い知らされ、身体に重い石がつまったように動けなくなった。あの感覚を。
　横浜市ではじまったパートナーシップ制度を利用することにしたのは、行政の証明を取得しておけば、もしかしたら、次に同じことが起きたときは自分に直接連絡がくるような、そういう資格や権利のようなものが手に入るのではないかと思ったからだ。
　指輪は、響野が退院して落ち着いた頃に作りにいった。結婚指輪とは違うし、何て呼べばいいんだろうな、と話し合いながら。
　今さらだ、と彼が言うのも、一理ある……。
「大体、俺が“納得してない”と言ったら、聖は納得するのか？　しないだろう」
「わ……わからないけど、片方にだけ気持ちがあっても駄目だろ、こういうのは」
「だから、何で片方だけとか、そういう……」
　言いかけた相手は、急に口をつぐんだかと思うと、自分の左手を見下ろす。
「そっちこそ、“いつか絶対にいなくなる”なんて言うくせに」
　響野の眉間にぎゅっと深いしわが寄った。だけでなく、真一文字に引き結んだ唇がかすかに震える。
　え？と思った次の瞬間、黒い目からぽろりと涙が落ちた。自分でもそれに気付いたのだろう、動揺したように響野がまたたく。いつも泣きはじめてから気付くのだ。